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原油は再びインフレの要因となるのか?
(原油市況アップデート)イスラム教過激派組織ハマスによるイスラエルへの攻撃以前より、原油価格が不安定化している。直接の切っ掛けは、9月5日、サウジアラビアが7月から継続している日量100万バレルの自主減産について、同じく30万バレルを減産しているロシアと共に年末まで延長する方針を発表したことだった。両国の連携が継続しているのは、西側諸国、特に米国にとっては頭の痛い問題だろう。ロシア大統領府は、翌6日、ウラジミール・プーチン大統領がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と電話で会談、エネルギー市場の安定で同意したと発表した。なお、この自主減産の幅は、OPEC+で設定された生産枠が基準になっている。OPEC+は、OPEC加盟13か国と非OPECの有力産油国10か国の協議体だが、生産調整を行っているのはOPEC加盟国のうちイラン、リビア、ベネズエラの3か国を除く20か国である。2022年における当該20か国の原油生産量は日量4,420万バレル、世界シェアは60.5%に達していた。今年6月4日に開催された第35回閣僚会合では、2024年の生産量を日量4,043万バレルと決めたのだが、このうちの50.2%をOPECの盟主であるサウジアラビアと非OPEC最大の産油国であるロシアが占めている(図表1)。ロシアによるウクライナ侵攻以降、事実上、サウジアラビアがこの枠組みの主導権を握った。結果論になるが、米国の中東政策の失敗がサウジアラビアをOPEC+重視へ走らせたと言っても過言ではない。 シェール革命は親米サウジアラビアを反米に変えたOPEC+の実質的な初会合は2016年12月10日に開催された。同年11月30日、OPECはウィーンの本部で総会を開き、8年ぶりに日量120万バレルの協調減産で合意したのだが、同時に非OPECの主要産油国を含めて協議を行う方針を決めたのである。2019年7月2日の第6回閣僚会合において、共同閣僚監視委員会(JMMC)の設置が決まり、OPEC+は実質的に常設の協議体になった。背景にあったのは、米国におけるシェールオイル・ガスの急速な供給拡大だ。2010年に548万バレルだった同国の産油量は、2016年に885万バレルへと増加した。バラク・オバマ大統領(当時)は、2014年1月28日の一般教書演説において、「数年前に私が表明した全てのエネルギー戦略が機能し、今日、米国は過去数十年間よりもエネルギーの自立に近付いている」とシェール革命を自らの業績として誇っている。しかしながら、この米国の急速な生産拡大により世界の石油の需給関係が大きく崩れ、2014年6月に107ドル/バレル だった原油価格は、2016年2月11日に26ドルへと下落した(図表2)。『逆オイルショック』に他ならない。経済の多くを原油に依存していた有力産油国にとり、非常に厳しい事態に陥った。これを契機として、OPEC+は生産量の管理に乗り出したのだ。言い方を変えれば、OPEC+はシェール革命に沸く米国に対抗する既存有力産油国の苦肉の策だったわけである。逆オイルショックでシェールオイルも減産を余儀なくされた。しかしながら、価格の復調とともに生産は再拡大、2019年の米国の産油量は1,232万バレルに達し、サウジアラビア、ロシアを抜いて世界最大の産油国になったのである。その直後に世界に襲い掛かったのが新型コロナ禍だ。急速な需要の落ち込みに直面して、OPEC+は米国に協調減産を迫ったものの、2020年4月10日、復活祭の会見に臨んだドナルド・トランプ大統領(当時)は、「米国は市場経済だ。そして、石油市況は市場により決まる」と語り、米国政府主導の減産を実質的に拒絶した。シェール革命以降のサウジアラビアの産油量を見ると、米国の生産拡大に応じて減産を行い、国際的な原油市況を支えようとしてきた意図が透けて見える(図表3)。サウジアラビアの指導者層の対米感情は、この一連の米国の動きを受け大きく悪化しただろう。さらに、2018年10月2日、サウジアラビア人ジャーナリストであるジャマル・カショギ氏がトルコのサウジアラビア領事館内で殺害されたとされる事件では、トランプ大統領、その後任であるジョー・バイデン大統領が共に殺人を教唆したとしてムハンマド皇太子を厳しく批判した。この件は、サウジアラビアの最高実力者となった同皇太子の対米観に大きな影響を与えたと言われている。新型コロナ禍から経済が正常化する過程での原油価格の急騰を受け、昨年7月15日、サウジアラビアを訪問したバイデン大統領はムハンマド皇太子と会談した。この会談は友好的に進んだと伝えられるものの、8月3日、OPEC+が決めたのは日量10万バレルの増産に過ぎない。当時、国内のシェール開発を促す上で、米国も原油価格の急落は望んでおらず、バイデン大統領が了解した上での小幅増産の可能性があると考えていた。しかしながら、その後の経緯を見ると、サウジアラビアの頑なな姿勢は、長年に亘る友好関係をシェール革命でぶち壊しにした米国に対する静かな怒りの表明だったのではないか。 OPEC+が狙う原油のジリ高現下の米国が抱える問題の1つは、そのシェール革命が行き詰まりの兆候を見せていることだ。新型コロナ禍の下で日量970万バレルへと落ち込んでいた米国の産油量は、今年8月に入って1,290万バレルまで回復してきた。これは、新型コロナ感染第1波が米国を直撃し始めていた2020年3月下旬以来の水準である。ただし、稼働中のリグ数は、当時の624基に対して、足下は512基にとどまっている(図表4)。地球温暖化抑止を重視するバイデン政権の環境政策に加え、既に有望な鉱床の開発が峠を越え、米国においてシェールオイルの大幅な増産は難しくなっているのだろう。サウジアラビアなど既存の有力産油国は、そうした状況を待っていたのかもしれない。主要国、新興国の多くが2050年、もしくは2060年までにカーボンニュートラルの達成を目指すなか、探査と採掘に莫大なコストを要する石油開発への投資は先細りが予想される。一方、需要国側が直ぐに化石燃料の使用を止めることはできない。つまり、これから10~20年間程度は、供給側が市場をコントロールできる可能性が高いのである。主要産油国にとり石油で利益を挙げる最後のチャンスなので、安売りは避けたいだろう。もっとも、価格が高くなり過ぎれば、需要国側において脱化石燃料化への移行が加速するため、急上昇は避けると予想される。そうしたなか、当面の原油市況に対する最も大きな不透明要因は、緊迫するパレスチナ情勢と共に、世界の需要の16%程度を占める中国である。OPECは、8月の『月間石油市場レポート』において、2023年後半の中国経済の成長率を5%程度と想定、原油需要を7‐9月期が前年同期比4.9%、10-12月期は3.8%と想定している(図表5)。また、世界全体では、7-9月期2.5%、10-12月期3.8%と緩やかな伸びを見込んだ。サウジアラビアとロシアが自主減産を行っているため、足下の需給関係は引き締まっているのだろう。言い換えれば、OPEC+の生産能力を考えると、中国経済が急激に悪化しない限り、供給量の調整によって原油価格をジリ高歩調とすることは十分に可能と見られる。最大の懸念材料であった米国景気が堅調に推移したことで、原油のマーケットは売り手市場になったと言えるかもしれない。それは、日米を含む世界の物価にも影響を与えることになりそうだ。 米国の神経を敢えて逆なでするサウジアラビア足下の需給の引き締まりを強く反映しているのは、ロシアの主力油種であるウラル産原油の価格動向ではないか。昨年12月、G7及びEUなど西側諸国は、ロシア産原油の輸入価格について、上限を1バレル当たり60ドルとすることで合意した。ロシアからの原油の輸入はやむをえないとしても、価格を統制することにより、同国の貴重な財源に打撃を与えることが目的だ。もっとも、ウラル産原油の価格は7月中旬に60ドルを突破した(図表6)。足下は制限ラインを20%以上上回る70ドル台後半で推移している。中東産などと比べて割安感が強いため、引き合いが増えているのだろう。ロシアは減産を行っているものの、それが価格の上昇に貢献している面もあり、西側諸国の制裁措置はあまり機能していない。この件は、米国のジョー・バイデン大統領にとって二重の意味で頭が痛い問題なのではないか。第1には、当然ながらウラル産原油の価格上昇はロシアの財政を潤し、ウクライナへの侵攻継続に経済面から貢献する可能性があることだ。第2の問題は、米国国内におけるインフレ圧力が再び強まるリスクに他ならない。バイデン大統領の支持率が急落したのは、2021年の秋だった。アフガニスタンからの米軍撤退に際し、テロ事件によって米軍兵士13人が亡くなるなど大きな混乱があったことが契機だ。その後はインフレ、特にガソリン価格の動向が大統領の支持率と連動してきた(図表7)。雇用市場の堅調は続いているものの、原油価格の再上昇によりインフレ圧力が再び強まれば、2024年11月へ向けたバイデン大統領の再選戦略に大きな狂いが生じるだろう。バイデン大統領は、2021年11月23日、原油価格を抑制するため、日本、インド、英国、韓国、中国などと共に米国政府による石油の戦略備蓄を放出する方針を明らかにした。その後も数次に亘って備蓄を取り崩した結果、2020年末に19億8千万バレルだった国全体の備蓄残高は、足下、16億2千万バレルへと減少している(図表8)。これは、米国の石油消費量の80日分程度であり、さらなる放出は安全保障上の問題になりかねない。シェールオイルには多少の増産余地があるとしても、最早、備蓄の取り崩しに頼ることはできず、産油国側の供給管理による原油価格の上昇に対して、米国の打てる手は限られている。バイデン政権にはこの問題に関して手詰まり感が否めない。昨年6月、消費者物価上昇率が前年同月比9.1%を記録した際は、エネルギーの寄与度が+3.0%ポイントに達していた(図表9)。運送費や電力価格など間接的な影響を含めれば、インフレは明らかにエネルギー主導だったと言えるだろう。一方、原油価格が低下したことにより、今年8月のエネルギーの寄与度は▲0.3%ポイントだった。現在は賃金の上昇がサービス価格を押し上げ、物価上昇率は高止まりしているものの、実質賃金の伸びが物価上昇率を超えてプラスになり、米国経済の基礎的条件としては悪くない。堅調な景気の下での雇用の安定、そして株価の上昇は、バイデン大統領の再選を大きく左右する要素だ。それだけに、原油の供給量をコントロールして価格のジリ高を演出するサウジアラビアの動向には無関心ではいられないだろう。サウジアラビアのムハンマド皇太子は、そうした事情を熟知した上で、ロシアとの協調により減産継続を発表したと見られる。8月24日に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議には、サウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハーン・アール・サウード外相が出席、アルゼンチン、エジプト、イラン、エチオピア、UAEと共に2024年1月1日よりこの枠組みに参加することが決まった。敢えてこの時期にロシア、中国が主導するグループに入るのは、米国の苛立ちを楽しんでいるようだ。BRICS首脳会議で演説したサウード外相は、同グループの意義について、「共通の原則による枠組みを強化しており、その最も顕著なものは国家の主権と独立の尊重、国家問題への不干渉」と語っている。これは、人権問題を重視する米国など西側諸国にはあてこすりに聞こえても不思議ではない。 求められる日本独自の判断逼迫した雇用市場に支えられ、米国経済は堅調であり、原油価格がジリ高となっても、その基盤が大きく崩れることはないだろう。ただし、インフレの継続が市場のコンセンサスになれば、連邦準備制度理事会(FRB)による高金利政策が長期化する可能性は否定できない。また、米国の国民はガソリン価格に対して非常に敏感であり、バイデン大統領の再選戦略への影響は避けられないだろう。もちろん、原油価格のジリ高が続けば、日本経済も影響を受ける。日本の消費者物価上昇率が今年1月の前年同月比4.4%を天井にやや落ち着きを取り戻したのは、米国と同様、エネルギー価格の下落が主な理由だった。消費者物価統計のエネルギー指数は、円建てのWTI原油先物価格に3~6か月程度遅行する傾向がある(図表10)。9月に入って以降の原油価格、為替の動きにより、円建ての原油価格は前年同月比11%程度の上昇に転じた。この状態が続けば、2024年の年明け頃から日本の物価にも影響が出ることが想定される。さらに、パレスチナ情勢の緊迫が、原油市況の先行き不透明感を加速させた。サウジアラビアなど主要産油国が強硬姿勢を採る可能性は低いものの、市場は神経質にならざるを得ない。再び原油高と円安のダブルアクセルになれば、貿易収支の赤字も再拡大するだろう。インフレの継続と貿易赤字は円安要因であり、円安がさらに物価を押し上げるスパイラルになり得る。政府・日銀が上手く対応できない場合、市場において国債売りや円売りなど、想定を超える圧力が強まる可能性も否定できない。現段階でそこまで懸念するのは気が早過ぎるかもしれないが、サウジアラビアとロシアの関係強化の下でのパレスチナ情勢の緊迫は、日本を含む主要先進国にとって潜在的に大きな脅威だ。パレスチナに関しては、次回、改めて取り上げさせていただきたい。1991年12月に旧ソ連が崩壊して以降、国際社会は米国主導の下でグローバリゼーションが進み、先進国の物価は概ね安定した。しかしながら、世界は再び分断の時代に突入、資源国が影響力を回復している。資源の乏しい日本としては、米国に依存するだけでなく、自分の力で考えて、エネルギーの安定的調達を図らなければならないだろう。脱化石燃料が直ぐに達成できるわけではない以上、中東は引き続き日本にとって極めて重要なパートナーである。
- 27 Oct 2023
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エネルギー価格と日本に忍び寄るインフレのリスク
世界的にインフレの懸念が高まりつつある。例えば米国の場合、新型コロナ禍前の2019年までの20年間、消費者物価上昇率は年平均2.1%、変動の激しい食品とエネルギーを除いたコアベースでは2.0%だった。それが、昨年12月は総合指数が前年同月比7.0%、コア指数は5.5%上昇した。総合指数は39年ぶり、コア指数も30年ぶりの高い伸びだ。欧州主要国でも軒並みインフレ圧力が急速に強まっている。この物価上昇について、当初、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、新型コロナ禍からの景気回復期における「一過性の現象」と指摘していた。しかしながら、このところは見方を変え、インフレが長期化するリスクを懸念しつつある。FRBは、新型コロナ禍への対応で実施した歴史的緩和の方針を既に転換し、米国の金融政策を決める3月15、16日の次回連邦公開準備委員会(FOMC)で利上げに踏み切るとの見方が大勢だ。世界的にインフレ圧力が強まりつつある背景については、様々な要因が考えられる。そのなかで、最も根本的な変化は、国際社会が「グローバリゼーション」から新たな「分断の時代」へ突入したことではないか。 ゲームチェンジャーとしての新型コロナ過去60年間における主要国の消費者物価上昇率を振り返ると、1960~80年代はインフレの時代だった(図表1)。一方、1990~2010年代は物価安定の時代だ。2つの時代の境目で起こった象徴的な事件は、1989年11月のベルリンの壁崩壊、そして1991年12月の旧ソ連消滅だろう。それ以前は東西冷戦期であり、世界のサプライチェーンは統一されておらず、米ソ両ブロックが陣地獲りと資源の争奪戦を繰り広げていた。さらに、2回の石油危機に象徴される地域紛争が資源価格を高騰させ、世界経済を極度のインフレに導いたのである。ちなみに、第1次石油危機のきっかけは、1973年10月6日、エジプト、シリアを主力とするアラブ連合軍が、ゴラン高原に展開するイスラエル軍を攻撃して始まった第4次中東戦争だった。この時、アラブ諸国を支援していたのは旧ソ連であり、イスラエルは米国を後ろ盾としていたのである。しかしながら、旧ソ連が消滅して以降、世界は唯一の覇権国になった米国を軸として単一市場の形成に向け大きく動き出した。特筆されるのは、1995年に設立された世界貿易機構(WTO)を中心に国際的な通商ルールが確立されるなか、中国、東南アジア諸国、メキシコなどが急速に工業化し、その供給力によって需要超過の米国もインフレから解放されたことだろう。一方、冷戦下で米国への輸出により高成長を遂げた日本は、新興国に対し競争力を失って過剰供給による構造的なデフレに陥った。もっとも、30年間に亘って続いてきたグローバリゼーションの時代は、新たな転換点を迎えようとしているのではないか。その表面的な契機は新型コロナ禍だ。中国の武漢市で発生したと言われるこの国際的な疫病が米国へ飛び火した2020年初頭以降、ドナルド・トランプ大統領(当時)は急速に対中批判を先鋭化させた。それ以前は貿易収支の不均衡で対中圧力を強めていたものの、自身の別荘であるフロリダ州のマールアラーゴへ習近平中国国家主席を招待するなど、両国関係はむしろ良好だったと言える。しかし、自身の再選を目指す大統領選挙まで1年を切った段階での新型コロナの感染急拡大により、トランプ大統領は中国への姿勢を大幅に硬化させた。ただし、新型コロナはあくまで象徴的出来事であり、米中対立の本質は中国が将来において米国から覇権を奪取する意図を隠さなくなったことではないか。近年における人民解放軍の急速な近代化と東シナ海、南シナ海、フィリピン海への海洋進出、国家による支援を後ろ盾とした国営企業による通信、半導体、人工知能(AI)など最先端技術の開発、そしてアジア・太平洋、アフリカ、中南米などにおける外交・経済両面でのプレゼンスの拡大は、米国にとり中国による挑戦と見えても不思議ではない。経済的交流がほとんどなかった東西冷戦時代の米ソと異なり、現代の米中両国は相当規模での相互依存関係を築いてきた。例えば、米国にとって中国は最大の農産品の輸出先であり、中国は発行された米国国債の約5%を保有している。従って、米中が覇権を争うとしても、1950〜80年代と同じタイプの冷戦にはならないだろう。しかし、米国と中国による新たな分断の時代は、30年間続いた世界的な物価安定の終焉を意味する可能性がある。好例はウクライナ情勢だ。2月4日、北京冬季五輪の開幕式に合わせて行われた中ロ首脳会談において、習近平国家主席は中国はロシアが最も懸念する北大西洋条約機構(NATO)の拡大に反対の立場を鮮明にし、ウラジミール・プーチン大統領は台湾を中国の領土であると再確認した。エネルギー部門を含めた中ロの連携強化は、ウクライナ情勢などを通じて国際的な資源価格の高騰の背景となり、インフレ圧力を強める可能性がある。また、習近平政権は新たな経済政策の目標として「共同富裕」を掲げた。その直接的なイメージは貧富の格差の是正だろう。もっとも、本質的な狙いは個人消費主導の経済成長ではないか。消費拡大は、国民の生活水準向上であり、即ち一党独裁制を敷く共産党への国民のローヤリティを高める道に他ならないからだ。加えて、世界最大の人口を使って世界中から財貨を購入することにより、米国と同様、世界経済における中国の存在感の向上、国際社会における発言力の強化を狙っていると見られる。問題は14億人の消費水準向上が世界の資源需要に与えるインパクトだろう。エネルギーや食料の需給関係が引き締まり、国際的な価格の押し上げにつながることで、インフレの油に火を注ぐ可能性がある。本質的な要因ではないにせよ、新型コロナ期を転換点、即ちゲームチェンジャーとして、米中両国は次世代の覇権を巡り対立を深める時代に入ったようだ。結果として、今後、世界的な地域紛争の激化と資源の争奪戦、サプライチェーンの寸断による製造・物流コストの上昇などの現象が起こり、インフレ圧力が恒常化するリスクを考えなければならないだろう。 日本が物価安定を飛び越してインフレに陥るリスク2012年12月26日、第2次安倍晋三内閣が発足した。同年9月26日の自民党総裁選以降、安倍氏が訴えたのはデフレからの脱却だ。2013年1月22日、『政府・日銀共同声明』により日銀は「安定的な物価目標」として初めて生鮮食品を除くコア消費者物価で前年同月比2%のインフレターゲッティングを導入した。さらに、3月に就任した黒田東彦総裁の下、日銀は「量的・質的緩和」を採用、この政策は金融市場で好感され、円高の是正と株価上昇が急速に進んだのである。もっとも、肝心の物価目標については、世界の主要中央銀行に類を見ない大胆な金融緩和を続けてきたにも関わらず、消費税率引き上げの影響が反映された時期を除けば、この9年間で1度も達成されたことがない。今年1月21日、総務省は昨年12月の消費者物価統計を発表した。それによると、総合指数が前年同月比0.8%、生鮮食品を除くコア指数が同0.4%、それぞれ上昇している(図表2)。依然として目標には全く届いていないのだが、翌22日付けの日本経済新聞は、『インフレ率、春2%視野 資源高が暮らしに波及』との見出しでこの件を報じた。つまり、今後、急速に物価が上がる可能性を日経は指摘したのだ。その背景にあるのは、特殊要因が剥落(はくらく)し、世界的なインフレの影響が日本にも波及するシナリオだろう。米国の消費者物価と異なり、日本の統計ではエネルギー価格がコア指数に算入される。12月の消費者物価統計を詳しく見ると、コア指数に対する寄与度はエネルギーが+1.2ポイント、通信は▲1.6ポイントだった(図表3)。つまり、エネルギーがコア指数を1.2ポイント押し上げる一方、通信は1.6%押し下げ、エネルギー、通信以外が0.8ポイント押し上げたことになる。通信がコア消費者物価全体を大きく下げる方向へ寄与しているのは、菅義偉前首相の政策に依ると言っても過言ではない。第2次安倍政権の官房長官時代から通信料金引き下げの必要性を強く主張し、2020年9月の自民党総裁選挙では公約の柱とした。内閣総理大臣就任後、業界に価格体系の見直しを迫り、2021年3月より大手3社はデータ容量20GBの新たな料金プランを導入している。サービスの開始日は、ソフトバンクの“LINEMO”が同3月17日、auの“povo”は同23日、ドコモの“ahamo”は同26日だ。2021年の消費者物価統計における通信の価格を見ると、2月は前年同月比1.1%の上昇だったが、新プランが始まった3月は同0.7%下落し、4月は新価格体系による実質的な値下げがフルに寄与した結果、同24.6%の大幅な低下となっている。2021年12月の消費者物価統計では、通信の下落率は34.3%に達していた。新料金プランの導入から1年が経過するため、今年4月以降、この通信による消費者物価への影響が解消される。結果として、2022年度については通信価格による消費者物価全体への寄与度は概ねゼロになるだろう。マイナスの寄与度がなくなることで、通信部門は実質的に消費者物価を押し上げる見込みだ。一方、1月17、18日に開催された政策決定会合に伴い、日銀は年4回の『経済・物価情勢の展望(展望レポート)』を発表した。それによると、総裁、2人の副総裁を含む政策委員9人の物価見通しの中央値は、2021年度のコア消費者物価上昇率が前年度比横ばいで昨年10月から据え置かれる一方、2022年度は前回の0.9%から1.1%へ、2023年度も同じく1.0%から1.1%へ、いずれも小幅ながら上方修正されている。日銀は、展望レポートのなかでエネルギー価格が落ち着くことにより、通信とは逆の効果をもたらすと指摘した。黒田総裁は、会合後の記者会見で「利上げを検討しているか」と聞かれ、「一時的な資源価格の上昇に対応して、金融引き締めを行うことは全く考えていない」と答えている。ただし、足下、原油市況はWTI先物価格が1バレル=90ドル台に達し、じり高歩調を崩していない。今後についても、世界的な脱化石燃料化の潮流の下で新たな開発への投資が難しくなっている上、国際社会の分断により中東やウクライナにおいて地政学的な緊張が高まり、むしろ石油、石炭、天然ガス価格は上昇を続ける可能性がある。消費者物価指数統計におけるエネルギーのコア消費者物価への寄与度は、概ね原油市況と連動してきた(図表4)。今後、価格の上昇率は縮小しても、原油価格のじり高歩調が続けば、天然ガスや石炭を含めた燃料コストの上昇により、エネルギーの物価全体への寄与度はプラス圏を維持するのではないか。その場合、前述の通り4月になれば通信価格値下がりの影響がほぼ解消される一方、エネルギー価格はコア消費者物価指数を引き続き押し上げることになる。他方、エネルギーや通信を除く広範な分野において、日本国内でも値上げの動きが顕在化してきた。国際的なインフレ圧力により、昨年12月の企業物価は前年同月比8.5%上昇した(図表5)。これまではコスト削減努力により消費者物価への転嫁が抑えられてきたものの、企業にとって今後も値上げを我慢するのは難しいだろう。つまり、通信・エネルギー以外の分野のコア消費者物価上昇率に対する寄与度は、今後、プラスの幅を拡大する可能性が強い。結果として、日経の記事が指摘していたように、4月以降、コア消費者物価上昇率が日銀の安定的目標である2%を超える事態も起こり得るのではないか。必要なエネルギー政策の再構築中央銀行が2%の物価目標を提示し、それに向けてマネーの供給を大幅に増やすと、世の中のマインドがインフレ期待に転換され、物価上昇前に消費や投資をしようとする動きが強まって実需が拡大、結果的にインフレターゲットが実現する…これが量的・質的緩和に関して日銀が描いてきたシナリオだ。つまり、内需が盛り上がるなかでの適度なインフレであり、当然、賃金が物価を上回るペースで上昇するため、好景気が持続する。しかしながら、現実に日本経済が直面しつつあるのは、資源高などにより、国内で価格転嫁が避けられなくなって起こるインフレのリスクだ。このケースでは、石油などの購入価格が値上がりするため、海外への支払いが増えて日本の富が流出する。当然、賃上げは難しく、日本の平均世帯の購買力が低下するため、インフレと不況が同居するスタグフレーションになる可能性も否定できない。1973年の第1次石油危機に端を発した「狂乱物価」は、正にそうしたスタグフレーションの典型的な状態だった。もっとも、1974年の消費者物価上昇率は23.2%だが、賃上げ率はそれを上回る25.5%に達し、実は消費者(=勤労者)の実質購買力は低下していない。日本経済が青年期で人口が増加し、内需も旺盛だったからだろう。さらに、この危機下において日本は短期間に産業構造の転換を成し遂げ、1980年代における自動車や電気製品・部品の輸出拡大への基盤を築いたのである。また、エネルギー戦略を見直し、燃料資源の海外依存度を低下させるため、原子力発電所の建設を強力に推進した。現在の日本経済には1970年代のような体力はなく、国際情勢も大きく変化している。人口が減少するなかでのスタグフレーションは、日本の消費者の実質購買力を失わせる結果、生活の質が大きく低下しかねない。マクロ的に見ても、それは縮小均衡のシナリオだ。そうしたリスクを軽減するためには、財政・金融政策や成長戦略の見直しだけでなく、エネルギー政策も再構築する必要があるのではないか。特に長期的な化石燃料の価格上昇を想定し、カーボンニュートラルと経済安全保障を両立させなければならない。岸田文雄政権には、2011年3月の東日本大震災以後に止まってしまった時計を再稼働させ、原子力政策の推進を期待したいところである。
- 28 Feb 2022
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災後の歴史を選ぶ
福島県相馬市に、松川浦という潟湖があります。「小さい松島」と評され、日本百景のひとつにも数えられているこの場所は、2011年の津波で壊滅的な被害を受けました。災害後1年が経ってもなお陸からは橋の残骸と枯れた松林が残る砂洲だけが見え、その陸側も一部が水没し、海の中に街灯が立ち並んでいたことを覚えています。先日久しぶりにこの場所を訪れ、復旧した松川浦を歩いてみました。波のない内海の砂洲に細い遊歩道が作られ、海の上を歩くような感覚で阿武隈山系を眺めながら散歩することができます。「ここら辺はいつも風が強いんだよ」友人にそう説明しながら歩く若い方の姿に、再び「ふるさと」となっていく街の姿を目の当たりにした気がしました。今、相馬漁港には道の駅ならぬ「浜の駅」が作られ、橋を渡って地元の海産物を買いに来る客で駐車場がいっぱいになるほど賑わっています。それは、震災直後に人々が思い描いたふるさとの姿とは決して同じではないのでしょう。しかしその風景には、そこで歩み続けた方たち全ての歴史が詰まっている。長年相馬を眺めてきた者として、そう感じます。ぶれない人もちろんその歩みは皆が一律、というわけではありませんでした。たとえば災害直後には、皆が被害の大きさに呆然とする中で最初に立ち上がった方々がいます。その方々の行動は、今から見ても驚くほど迷いがないものでした。津波の直後、まずご先祖のお墓を建て直すことを優先させた方。何の知見も得られないうちから、津波で飲まれた畑の塩とセシウムを排除できる、と信じて試行錯誤を繰り返された方。科学的合理性に全く欠けるような行動もたくさんあり、思わず「なぜそんなに迷わずいられるのですか」とお聞きしたこともあります。しかし多くの方はきょとんとして、むしろ理由や理屈がなければ動けない意味が分からない、という反応を示されるばかりでした。当時放射能の健康影響の説明を続けていた私たちは、しばしば「どうせ結論ありきで話をしているだろう」と揶揄されることがありました。しかし私の目から見れば、復興最前線で突き進む人たちこそ、その目的や価値観が決してぶれない方々だった、と思います。迷う人のSOSしかし一方で、災害によって自身の価値観が揺らぎ、人生の目的を見失ってしまった方がたくさんいらしたのも事実です。震災から2年ほどが経過した後も何も手につかない、将来が真っ暗だ、と言われる方や、当時を思い出して突然泣き出してしまう方を毎日のように見ました。また一方で「結局安全か危険かどっちなんだ、専門家なんだからさっさと決めてくれよ!」「分からないとか自分で決めろとか、無責任だろう!」そう言って我々医師に向かって怒り出す方々もいました。今から思えばその怒りもまた、「どう生きればよいか分からない」という切実なSOSだったのだ、と思います。今回の新型コロナウイルスパンデミックにおいても、自称・他称を問わず専門家の流す情報への過剰な依存が「インフォデミック」とも呼ばれる社会混乱を引き起こしました。また一方で誰かの責任追及に明け暮れ、何を解決したいのか分からないような報道やSNS上の批判も後を絶ちません。当時の福島を鑑みれば、それらの反応は、権威に依存したり、逆に権威を攻撃することで、自身の喪失感を紛らそうという人々の防衛反応なのかもしれない。そう思うことがあります。歴史を選ぶ権利そういう迷いや喪失を抱える方の為に、何かを断言して「叩き台」となることもまた災害時の専門家の大切な役割だ、という意見もあるかもしれません。しかし私はそれでも、すっきりした「正解」を示すことは「もったいない」と考えています。迷う人、迷わぬ人、いずれの選択も、災後の歴史を選ぶ権利だった、福島の災後の歴史を眺めてきた者として、そう感じるからです。今、コロナ禍の世界でも、「ニューノーマル」を模索する人々の一挙手一投足がアフターコロナの歴史を編んでいます。その歴史は10年後にしか分からない。そう考えると、心が躍るような、神妙に頭を下げたくなるような、不思議な心持ちになることがあります。もちろん今も多くの方が亡くなり、あるいは苦しんでいるコロナ禍を楽観的に見ることはできません。しかし先の災害でも多くを失い、未来が全く見えない中で強かに「ニューノーマル」を作ってきた方々を思い出すことこそが、今このコロナ禍に必要なことなのではないでしょうか。この10年の福島を作ってきた先人たちに倣い、私も10年後の「元・被災地」の歴史の一部となるべく、一日、一日を選んでいきたいな、と思います。
- 19 Nov 2020
- COLUMN
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「当たり前」の世界
大災害により人々の不安が増す時期には、大勢に頼ることで自分の立ち位置を安定させたい、という空気が生まれます。それは社会が混乱から回復するための自浄作用なのかもしれません。しかしその欲求は時に、「大きな声」を「多くの声」より優先し、サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)を生み得ます。自分の住む社会の当たり前が本当はどこにあるのか。その素朴な疑問の声を上げられるためには、時によそ者の空気を読まない一言も必要です。福島の「物言わぬ多数派」「原子力発電所事故後の福島では、放射線による直接被害以上に避難などによる間接的な健康被害が大きかった」今このような発言をしても、多くの人はあまり違和感を覚えないのではないかと思います。では、このことはいつから普通に語れるようになったのでしょうか。私がこのテーマにつき「福島浜通りの現状:敵は放射線ではない」という記事を書かせていただいたのは、原発事故から3年半が過ぎた2014年9月のことです。今コメント欄を見てみても、当時こういう記事はほとんど出ていなかったことが分かります。現場では明らかに起きていることなのに報道されない。その主な理由は、当時、放射能が「相対的に安全」という記事ですら炎上する、という傾向があったためです。実際にこの記事の後、私も「自覚せずに御用学者をやっているエア御用学者」などのコメントをいただきました。サイレントマジョリティの逆転しかしその数年後には逆の現象がおきました。復興モードが高まるにつれ、放射能は怖い、という声がむしろ上げづらくなってしまったのです。県外の避難先から帰還された方々は放射能の情報があまり入らない環境にいたため、放射能への不安が強かったようです。「いろいろ事情があって戻りましたが、放射能はやっぱり怖いです。でもそれを口に出すと、活動家の仲間と思われそうで…」2017年頃にはそういう声も聞きました。「放射線以外だって大変なことが起きている」「でも放射線も何となく怖いよね」どちらも、当時多くの方が当たり前に感じたことではないでしょうか。なぜそんなことが日常で口に出せなかったのか。振り返ってみれば不思議な気すらします。しかし有事には、そういう当たり前のことを口に出せない「空気」が作られてしまい、何年もの間続くことすらあるのです。新型コロナ対策の理想と現実今般のパンデミックにもこのようなサイレントマジョリティがいると感じています。先日、保育士さんたちと新型コロナウイルス対策のお話をさせていただく機会がありました。無症状の子どもたちが感染を広げる、などというニュースもある中、お子さんを預かる保育施設の方々は日々重圧を抱えながらお子さんと向き合っています。しかし、子どもの感染対策には大人以上に正解がありません。子どもは大人と違い、徹底した感染対策は健康や発達に影響を与え得るためです。「私の施設では室内でのドッチボールや縄跳びが盛んです。盛り上がってくるとつい大きな声で叫んだり、息が上がったりします…苦しそうなのでマスクを外させたいのですが飛沫感染などを考えると心配で」ある保育士さんからはこのような声も聞きました。たしかにコロナウイルスだけを見れば、お子さんにも三密を避けさせ、消毒を徹底し、距離を開けさせるのが良いのでしょう。しかし、それはそもそも可能なのでしょうか。たとえば幼稚園のお子さんが、先生に言われたからといってずっとマスクを外さず、周りのものを決して口に入れないなどということができるのでしょうか。あるいは食事の時にしゃべらない、大声を出さない、などと教えることは、子どもの情緒に影響を及ぼさないのでしょうか。さらにそれを守らせようと保育士さんが神経質になることは、保育士さんにとっても、子どもにとっても、感染症以上の悪影響を及ぼさないのでしょうか。私は子どもには詳しくないので、偏見はあるかもしれません。しかし素人目に見ても、幼稚園や学校で子ども同士の感染を完全に防ぐ、という事には限界があるように思います。よそ者の一石毎日お子さんと接している方々の中には、私と同じように「そこまで徹底するのは無理」「なんでここまで頑張らなくてはいけないの?」と考えている方もいるかもしれません。しかし、当事者がそれを口に出せるでしょうか。「じゃあ子どもが感染したらどう責任を取るのだ」そういう非難が必ず出てきます。そしてどちらが「正義」かといえば、恐らく後者でしょう。それが分かるからこそ、人であれば当然思ってしまうであろう当たり前のことを口に出せない。災害後の福島と同じような「空気感」が、今の社会には漂っているように思います。 その空気に風穴を開けられるとすれば、それは現場の人間ではなく、むしろコミュニティの部外者である「専門家」「有識者」というよそ者です。コミュニティと一定距離を保てるよそ者は、万一反感を買ってもそこから逃げることができるからです。「皆もそう思っている気がするけれども怖くて口に出せない」そういう硬直した空気に一石を投じることで、コミュニティ内の対話を促すきっかけになるのではないでしょうか。「檄文」が封じる声しかしそのようなよそ者・有識者の意見は過激であるべきではありません。檄文調の発信は容易にイデオロギー化し、穏やかに過ごしたい方々の意見をむしろ抑制してしまうからです。福島県内で「放射能が怖い=活動家」のような雰囲気が作られてしまったために、本当に不安な方の声が聞こえづらくなったこともこの現象です。今、過剰な自粛に反発するように「コロナパーティー」のような活動を時折見かけます。これもまた、鬱憤の溜まった人々の声を代弁しようという活動なのだと思います。しかしこの活動で一番心配なことは、「過剰な対策に疑問の声を上げることは、ああいう反社会的な人の仲間と見られるのでは」と、むしろ普通の方が声を上げられなくなってしまうのではないか、ということです。一人一人の恐怖感が少しずつ違うリスクへの対応は、その妥協ラインを周りの人と丁寧に話し合っていく必要があります。その過程を踏まずに突然「コロナパーティー」のような極端な行動に出ることもまた、コミュニケーションの破綻と言えるでしょう。極端な断言により更に多くのサイレントマジョリティを生み出さないこと。よそ者はよそ者なりに、その責任感を持つ必要があります。当たり前のことを、当たり前に言えること 不安な時には誰でも、正義や正解を頼みたくなります。完璧なコロナ対策という正解、それに反発する人々の正義。しかし本当の日常は、論文の中にも檄文の中にもありません。「これは正しくないことだけれども、誰でも思ってしまうことでは?」そのような疑問が湧いた時、それを当たり前に声に出せること。福島では、その当たり前を取り戻すために何年もの歳月がかかりました。“Withコロナ”と呼ばれる世界がその二の轍を踏まないために私たちにできること。それは大きな声の陰にある多くの声を拾いあげるための対話を繰り返すことだと思います。時には怖がり、時には怠け、時には悪いことも考えるふつうの人間が、メディアに溢れる正義に振り回されずに話し合える日常こそが「新しい生活様式」であれば良いな、と思っています。
- 20 Aug 2020
- COLUMN
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新型コロナに見る「不思議のASEAN」
新型コロナウイルスが猛威を振るう中、欧州や南北米など世界のどの地域よりも感染が軽微なのがASEAN(東南アジア諸国連合)の国々だ。世界の累計感染者は既に1,000万人を突破、死者も50万人を超えたが、7月9日現在、人口約9,500万のベトナムの感染者は僅か369人、死者は0。人口5,000万強のミャンマーも感染者318人、死者6人、タイの感染者3,202人も人口7,000万の国としては軽微だし、死者は7人と少ない(本文中の東南アジア各国の数字は共同通信系のNNAニュースに基づく)。2億6,000万と世界4位の人口大国インドネシアはさすがに感染者68,079人、死者3,359人と桁が違うが、同6位のブラジル((編集部注:ブラジルは7/13時点で感染者186万人、死者72,100人))とは雲泥の差だし、人口1億のフィリピンの感染者50,359人と死者1,314人も、人口8,000万台のトルコの感染者は20万超だからやはり格段に少ない。カンボジアは統計の信頼度に難があるものの感染者141人と死者0人だし、ラオス、ブルネイは今や感染者を発表していない。感染爆発は起きていないということだろう。地理的にも経済的にも中国と関係密なASEAN10カ国は、本来なら感染爆発してもおかしくない。ベトナム、ラオス、ミャンマーは国境を接し、タイ、マレーシアなど大半の国が経済を中心に中国との往来が盛んだし、華人が多数暮らす国も少なくない。つまり感染爆発を招く要因は沢山ありながら、不思議にもASEANは感染爆発せず、感染爆発したのは中国から遠く離れた欧州諸国だった。一体なぜか。ここからは独断になるのだが、ASEAN諸国は中国と関係が近いからこそ感染爆発や医療崩壊を免れたのではないかと思う。一番の好例がベトナムだ。国境を接し、カンボジア問題を巡って戦火を交えた仇敵同士。南沙諸島の領有権問題でも、対中姿勢はASEANでもっとも厳しい。一方で同じ一党独裁国家として党同士は友党関係が長い。国境を素早く閉鎖し、中国人の流入をブロック、感染拡大を抑え込めたのも、このように中国の本質と手の内を知っていればこそだった。このことは中国と関係がより深い台湾をみれば、一層明らかだ。台湾は中国が武漢市の異変を公表した昨年大晦日、即注意喚起を発表、1月2日には検疫体制を強化するなど迅速な初動対策でコロナ封じ込めに奏功した。中台確執の歴史を通して、台湾は中国の隠蔽・欺瞞体質を熟知する。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が習近平国家主席の言い分を疑わず、言われるままに中国との往来をすぐには禁止せず、パンデミックを招いてしまったのとは大違いだ。もちろんASEANで感染が軽微な理由はこれだけではない。SARS(重症急性呼吸症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)など過去の感染症の経験と教訓、さらにはアジア通貨危機やリーマンショックなど国家的危機の経験もASEANの体質を強化し、域内連携や協力の重要性を育んだ。また欧州のような高齢社会でないことも有利に働いただろうし、保健衛生も南アジアやアフリカなどとはレベルが違う。水資源に恵まれ、手洗いや水浴の慣行などもコロナ対策に寄与したはずだ。しかし私には対中経験の言わば試練の差が、東南アジアと欧州や他の地域の明暗を分けた大きな要因のように思える。隣人・中国の巨大な風圧をまともに受けながらASEANは半世紀近くをサバイバルして来たのだ。「不思議の」という形容詞がASEANには似合う。個々の国々は小さくても10カ国まとまると数字以上の存在感を発揮するし、ベトナムとカンボジア、マレーシアとシンガポールのように犬猿関係にありながら最後通牒までは行かないなど、不思議だがナットクさせられる。近年のASEANは、中国の強大化、カンボジア、ラオスなど後発途上国の囲い込み、巧妙な分断外交などの結果、「もはや中華圏」の声も聞かれた。しかし今回のパンデミックでは、発生元・中国と上手く一線を画し、感染爆発も医療崩壊も回避する不思議ぶりを示したと言える。6月末のテレビによるASEAN首脳会議で、久々に南沙諸島問題で中国に物申すことが出来たのも、議長国がベトナムの理由が大きいとは言え、もしコロナ対策に失敗していたら、南沙どころではなかっただろう。中国からの巨額援助に一時、領有権問題を棚上げしたフィリピンのドゥテルテ政権も、援助が額面通りではないと分かるや、対中・対米外交の仕切り直しに入った。インドネシアも中国独自の九段線に基づく領海の主張を認めない書簡を国連に送ったばかりだ。新型コロナウイルスは国の形、地域の有り様を赤裸々に映し出している。中国と不思議のASEANの紆余曲折はまだまだ続くだろう。
- 13 Jul 2020
- COLUMN
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建設中のUAEバラカ発電所 4号機の冷態機能試験が完了
アラブ首長国連邦(UAE)で原子力発電の導入を担当する首長国原子力会社(ENEC)は5月19日、アラブ諸国やUAE初の原子力発電プラントとして建設中のバラカ発電所(PWR×4基)で、最終ユニットとなる4号機の冷態機能試験が無事に完了したと発表した。2012年7月に1号機が本格着工した同発電所では、その後約1年ごとに後続ユニットの建設工事を開始。現在、4基の韓国製140万kW級PWR「APR1400」の作業が同時並行的に進められており、連邦原子力規制庁(FANR)は今年2月、1号機に対して60年間有効な運転許可を発給した。同炉ではその後、3月に燃料の初装荷が完了、今後数か月以内の起動に向けて準備作業は最終段階を迎えている。2~4号機の建設進捗率もそれぞれ95%、92%および84%以上に達するなど、発電所全体では94%以上完成したことになる。ENECによれば、4基すべてが完成した場合、同発電所は合計560万kWのクリーンなベースロード電源としてUAEにおける総電力需要の最大約25%を賄いつつ、年間2,100万トンのCO2排出を抑制。これは年間320万台の車両が排出するCO2と同等であると強調した。4号機に関してENECは、同プロジェクトの主契約者である韓国電力公社(KEPCO)とともにタービン発電機や炉内構造物の設置といった主要な作業を2019年末までにすべて完了した。冷態機能試験ではシステム内の圧力を通常運転時より25%上昇させ、同炉の品質の高さと耐久性を実証している。また、冷態機能試験の実施に先立ち、ENECは同炉の原子力蒸気供給系に純水を流入したほか、圧力容器上蓋や冷却材ポンプ軸シールを設置。同試験の開始後は、原子炉冷却系の溶接部や連結部、配管・機器、関係する高圧システムについても確認を行った。ENECのM.A.ハマディCEOはこのような作業の進展について、「新型コロナウイルス感染拡大に直面する中、バラカの作業が継続的に進められたことを誇りに思う」とコメント。パンデミックに対してUAEは確かな事前対策を講じており、それが発電所作業員の健康と安全の確保に向けて、タイムリーかつ安全最優先のアクションを取ることにつながったと述べた。また、そうしたアクションに優秀な作業員の努力が加わり、4号機の冷態機能試験は成功裏に完了。安全面や品質面、セキュリティ面においても、最も厳しい基準を満たしたと評価している。(参照資料:ENECの発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの5月19日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 20 May 2020
- NEWS
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災害と因縁
災害は、規模が大きければ大きいほど長期にわたって社会に予測外の間接影響を与え得ます。それは普段から目に見える形で残っているとは限りません。何かの折に、かさぶたが剥がれるように過去の災害の因縁が顔を出す。そんな影響が、2011年の東日本大震災・津波・原子力災害のトリプル災害の後にも見られています。しかしそこで顔を出すものは必ずしも悪いものばかりではありません。災害によって奪われたものと同じように、与えられたものもまた未来へとつながっている、と感じています。令和元年東日本台風と2011年の避難指示昨年10月に2度にわたって繰り返された水害は、福島県にも広範囲な浸水被害をもたらしました。その被災地には、旧避難区域である南相馬市の小高地区も含まれます。約1600世帯が帰還していた小高地区では、水害により20戸以上が床上浸水以上の被害を受けました。被害が大きくなってしまった一つの原因は、水門の閉め忘れによる河川の逆流です。「震災前までは水門を閉めるのは区長さんの役目でした。区長さんがまだ避難中のところも多いし、帰還した人も水門の申し送りまではされてなかったようです」そんな説明を受けつつ訪れたある水門には、川から逆流してきた大きな木の根ががっちりとはまり込み、水門機能は完全に失われていました。別の地域では田畑用の用水路が溢水し、多くの家屋が浸水しました。放射性セシウムが泥に沈着することを知ってから用水路の泥かきは全くしていなかった、という家もあり、用水路が浅くなっていた可能性もあるとのことです。また地域の水路だけでなく、一級河川の整備にも問題があります。2008年以降、一級河川の管理権限が国から都道府県に移管されるようになりました。そんな中にトリプル災害が起き、護岸工事や除染作業が最優先となった福島県では河川自体の整備する余力が残っていなかった可能性も指摘されています。そう考えれば、昨年起きた福島県の水害の一部は、9年以上の時を経て顕在化したトリプル災害の間接被害ともいえるかもしれません。差別の連鎖そのような間接影響は今般の新型コロナウイルスパンデミックでも垣間見られます。たとえば福島県のある地域では、新型コロナウイルスが陽性になった方のご自宅に石が投げ込まれる事態が起きました。「あそこは賠償金の関係で元々周囲の反感も大きかったから…」とは、町の噂で聞こえてきた話です。ウイルス感染の噂は、原子力災害以降蓄積していた鬱憤を顕在化するきっかけとなってしまったのかもしれません。このような差別もまた、パンデミックと原子力災害が複雑に絡み合った複合的な被害であるとも言えるのです。もちろん水害や差別は複雑かつ多くの交絡因子を含んでおり、これをもって無用な責任論に発展させてはいけないでしょう。しかし災害というものが10年近くの年月を経てもなお人々に影響を与え得る、という側面を知ることは大切です。今パンデミックという災害を生きる私たちもまた、このような二次災害の芽を日々生み出している可能性があるからです。災害から生まれたものもう一つ大切なことは、私たちが生み出しているのは「二次災害」というマイナスの芽だけではない、という事です。東京に緊急事態宣言が出された直後のことです。小高地区に住む方から「防護服が50着余っているので、困っている病院に無償提供できないか」というメールをいただきました。感染症指定病院ではない病院やクリニックがパンデミックの脅威に恐々としているさ中のことです。情報を流したところ、すぐに「ぜひ欲しい」というご希望が寄せられ、ある病院とクリニックの2か所に郵送いただきました。防護服を受け取った施設からは「本当に感謝してもし足りない」というお礼が、私にも届けられています。また、震災後のご縁のあった方々から、温かいメッセージと共にお花やコーヒーなど様々な差し入れもいただきました。感染リスクの最前線で毎日働いている臨床検査技師さんたちと一緒に、感謝と共にいただいています。何かをいただく時に私たちが感じるのは、物への感謝だけではありません。私たちがそこから受け取るのは、誰かが自分たちのことを考えてくれているという希望と、この困難な時にも自分が何かに感謝をできる有り難さです。ご自身も決して楽ではないはずのこの有事の中、それでも人に何かを与えることができる方々がいる。その気持ちが、このパンデミックの現場に浸透しています。こういう時にも人に与えることができる。そういう方々はもしかしたら、2011年の災害時に同じように心に触れる支援を誰かから受けたのかもしれません。その心が連鎖し、9年後に別の被災地で誰かの心を救っているのであれば、このような正のつながりもまた災害の遺産であると言えるでしょう。未来の災害へ向け未曽有の災害が思い出したようにふと影を落とすことがあります。それと同様に、あるささやかな支援が時間も空間も飛び越えて誰かの光明ともなることもあるのです。その正負の遺産は、今社会の表層を賑わしている大所高所論たちではなく、その足元で過ぎて行く人々の暮らしから日々生まれているのではないでしょうか。ふとした折にいただいた感謝の気持ちを覚えていること、それだけのことが、未来の大災害時に誰かを救う布石なのかもしれない。そう思うと今の非日常が何か貴重なものにすら思えてきます。これまで色々な方からいただいた縁と恩を、いつ、誰に、どうやって返せるのか。まだ分からない恩返しを夢見ながら、今を大切に過ごしたいと思っています。
- 18 May 2020
- COLUMN
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コロナ報道に見る「見える死」と「見えない死」
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の勢いがようやく収まってきたようにみえる。これまでの報道(以下、略してコロナ報道)を見ていて、死が「平等」に報道されていないことに気づく。ある特定の死だけに過大な関心を向け過ぎると、知らぬ間に他の死亡リスクが増えていることもありうる。新型コロナウイルスによる死亡数は他の死亡リスクと比べて、どれくらい多いのだろうか。「子宮頸がん」の死亡者は新型コロナウイルスより多い若い女性で増加傾向にある「子宮頸がん」はウイルス(ヒトパピローマウイルス)感染で起きる。新型コロナウイルスとは異なるウイルスとはいえ、ウイルスによる感染という点では同じだ。その子宮頸がんで毎年約3,000人が死亡している。1日あたり8人だ。しかも毎年、約1万人が子宮頸がんにかかり、子宮を摘出する手術を受けている。1日あたり27人だ。新型コロナウイルスによる死亡者の数は5月17日時点で756人。子宮頸がんの死亡者数のほうがはるかに多い。きょうも明日も、子宮頸がんでだれかが死ぬだろうが、報道はゼロだ。「死」というものがみな平等な価値をもつというなら、そして年間3,000人という死亡者数の多さなら、コロナ報道と同様に報道されてもおかしくないはずだが、なぜか報道はほとんどない。子供の自殺は深刻みなさんは、子供の自殺が年間どれくらいあるか、お分かりだろうか。驚いてはいけない。警察庁と厚生労働省の調査によると、2019年の10~19歳の未成年者の自殺は659人にも上る。新型コロナウイルスによる死亡者数(756人)と大して変わらない。深刻なのは、10代の自殺者数は年々じわじわと増えていることだ。新型コロナウイルスによる死亡者は高齢者が中心なのに対し、これら10代の死亡は日本の未来を担う若い命だ。同じ命とはいえ、その重みは大きい。しかし、10代の自殺が毎日2人程度あっても、その都度報道されることはない。これが見えない死亡だ。報道される死亡は、無数の死のほんの一部に過ぎない。日本国内で起きている「死」は何も子宮頸がんや子供の自殺に限らない。それこそ無数の死が日常的に起きている。「無数の死亡」は全く報道されないでは、どんな死亡がどれくらい発生しているのだろうか。厚生労働省の人口動態統計(2018年)によると、日本全国の死者の総数は男女合わせて約136万人に上る。その内訳をみると、がん(腫瘍)が約38万6,700人(約28%)、次いで心血管・脳血管疾患が約35万2,500人(約26%)だ。驚くのは、新型コロナウイルス感染症と同じ分類に相当する呼吸器系疾患(肺炎、インフルエンザ、急性気管支炎、喘息など)による死亡者が約19万1,356人もいることだ。19万人といえば、1日あたり520人の死だ。新型コロナウイルスによる死亡者数は2月~5月半ばまでの累積で約800人だ。従来の呼吸器系疾患で死ぬ人はたった1日で平均500人もいるから、こちらのほうがはるかに多い。しかし、そのような死亡は報道されない。このほか、ウイルス感染という点では同じのウイルス性肝炎(B型とC型)による死亡者は年間3055人もいる。これも新型コロナ感染の死亡者より多い。いうまでもなく、ウイルス性肝炎による死亡が報道されることはない。しかし、これだって、もし毎日ウイルス性肝炎での死亡者を詳しく報じれば、おそらく人々の関心は高くなるだろう。さらに他の死亡例をみていこう。2018年の1年間の自殺者数は約2万人。1日あたり55人だ。交通事故死は4,595人。驚くべきことに転倒・転落・墜落で9,645人も死んでいる。さらに不慮の溺死だけでも8,021人も死んでいる。自殺、交通事故死、転倒、溺死、どれをとっても、新型コロナウイルス感染による死亡者よりもはるかに多い。しかし、だれも関心を示していない。特殊なケースを除き、報道されることはほとんどないからだ。同じ「死」でも価値は異なるこれらのどの無数の死も、それぞれの当事者、家族にとっては例外なく、痛ましいドラマ、悲嘆、挫折、絶望が伴うだろう。しかし、現実にはどれもニュースにはならず、どの死もみな人知れず忘却に消えていく。では、なぜ新型コロナウイルスの死亡だけはこれほど大きなニュースになるのだろうか。それは、新型コロナウイルスで死んだ場合にはニュース性があるからだ。どの死の価値にも差はないはずだが、報道(ニュース)の世界ではニュース性という視点が加わるため、「死」は偏った形で伝えられる。恐怖が死の価値を高めるでは、なぜコロナ報道ではバランスの良い「死の報道」が存在しないのだろうか。その鍵は「恐怖心」にある。ハーバード大学ロースクールのキャス・サンスティーン教授が著した「命の価値」(勁草書房)がそのヒントを与えてくれる。サンスティーン教授は米国司法省勤務などを経て、2009~2012年、オバマ政権のもとでホワイトハウス情報規制問題局(OIRA: Office of Information and Regulatory Affairs)局長を務めた行政経験豊富な法学者だ。サンスティーン教授は同著「命の価値」(第7章)で人々の「恐怖」がいかに思考停止、確率無視の行動に導くかを述べている。その恐怖状態の心理の特徴を3つ挙げている。ひとつ目は「多く報道された出来事は、非現実的なほどふくれ上がった恐れを引き起こす」という点だ。ある特定の死亡事例(怖い現象)が来る日も来る日も、あらゆるマスコミで報道されれば、人々の恐怖心はいやがうえにも膨れ上がるだろう。2つ目の特徴は、「人々は馴染みのない、コントロールしにくそうなリスクについては、不釣り合いなほどの恐怖を示す」という点だ。3つ目は、人々の間で「感情が強く作用しているときは、人々は確率無視の行為に及ぶ」という点だ。人は感情的になると確率を無視した行動に出るわけだ。国民が極度に感情的になった例は過去にたくさんある。9.11の同時多発テロのあと、新型インフルエンザ(2009年)が大流行したとき、何度かあった大災害や大森林火災のあと、中国産輸入品の残留農薬問題のあと、BSE(牛海綿状脳症)が発生したあと、子宮頸がんなどを予防するHPVワクチン接種後に起きた諸症状の報道のあと、などが思い浮かぶ。そういう大事件・大事故・大災害のあと、人々の恐怖心は頂点に達する。米国の同時多発テロのあと、人々は飛行機を恐れ、車に乗り換えた。その結果、車による事故死の件数が以前より増えたという例はあまりにも有名だ。この副作用ともいえる交通事故死の増加はあとになって統計的な死亡数として分かるまでだれも気付かない。人は恐怖心に怯えると低い確率を無視し、結果的に高いリスクのほうを選んでしまう場合が生じうるということだ。これが死のトレードオフ(何かを得ると別の何かを失う二律背反の関係)である。東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故のあと、放射線による死亡リスクよりも、あわてて避難したことによる死亡リスクのほうがはるかに高かったのも、この例にあたるだろう。同じ死亡でも、「いま見える死」と「今は見えない死」があることが分かる。「恐怖」は世界を一瞬で伝わる確かに新型コロナウイルスによる死亡は恐怖を呼び起こす要素に満ちている。馴染みがなく、コントロールもできず、予測不能な振舞いで有名人をあっという間に死亡させる怖さ。まさに「新奇のニュース性」に富む要素を備えている。しかも、いまはインターネットの時代。世界中の人が恐怖におののく光景を、世界中の人々がリアルタイムで見ている。恐怖はインターネットを通じてウイルスよりも早く伝染する。恐怖心は飛行機よりも速く、そしてウイルスよりも速く伝わることが今回の惨劇で証明された。経済活動の縮小で自殺増加の可能性しかし、冷静に考えてみれば、大切な人を失った家族や友人にしてみれば、ことさら新型コロナウイルス感染による死だけが悲しみや嘆きの対象なわけではない。新型コロナウイルス感染による影響で職を失い、収入の道を絶たれ、だれかが自殺したら、その家族は新型コロナウイルス感染以上の悲しみに暮れるだろう。家族や友人から見れば、どの「死」も等価だからだ。新型コロナウイルスによる死亡だけを減らそうとすると、いつか目に見えない副作用が襲ってくる。4月30日朝、TBS「グッとラック」で藤井聡・京都大学教授は「このままだと1年後にコロナが収束しても、その後の20年間で自殺者が14万人増える」と話していた。経済の悪化で自殺者が増えるという試算だ。現在の年間の自殺者は約2万人。その数に7,000人が加わる計算だ。この7,000人の予測数は、新型コロナウイルスによる死亡者数(756人 5月17日現在)よりはるかに多い。経済悪化による悪影響は自殺に限らない。失業、貧困、盗難や強盗などの犯罪、会社倒産、精神的ストレス、家庭内暴力、虐待、教育格差などさまざまな副作用を生むだろう。人の命を支えているのは医療経済資源(医師関係者や医療器具、病院、医療制度など)だけではない。もろもろの経済活動もまた人の命を支えているという事実を忘れてはいけない。もちろん新型コロナウイルス感染を抑えることは重要だが、メディアの立場としては、今後の10年間も見据えた時系列的な全体の死亡数をいかにして抑えていくか、という視点も忘れないようにしたい。
- 18 May 2020
- COLUMN
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コロナとの「新しい戦争・II」から見えた世界
世界は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で景色が一変してしまった。昨年末、中国武漢市で発生し、感染が東アジアや欧米へと広がって行った時、私は、これは新しい戦争パートIIの始まりだと思った。2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センターが、イスラム原理主義過激派アルカーイダのテロ攻撃により猛火に包まれ、轟音とともに崩れ落ちた時、「世界は新しい戦争の時代に入った」と言われた。従来型の国対国でなく、国対テロリストという非対称戦争だったからだ。今度も同じ非対称だが、敵は9.11よりずっと手強く思える。姿は見えないし、テロリストのように犯行声明も出さず、ヒトではない「生物と無生物の間を漂う」(生物学者 福岡伸一氏)ウイルスなのである。アニメや映画の世界ならともかく、ウイルスが勝者になることはあり得ないし、あってはならない。しかし終わりは未だ見えず、今や誰もがこの戦いは長期戦になると考え始めている。ただし見えない敵にも、既に見えている事実は少なくない。医学的分野は専門家の知見に譲るとして、これらを今後の長い戦いのために、「見える化」しておくのも無駄ではないだろう。第1に感染の隠蔽は絶対にご法度ということだ。今回のパンデミック(世界的流行)危機は、習近平中国国家主席の初動の失敗が大きい。武漢封鎖で感染拡大を制圧したとして、今はその成功物語の宣伝や感染国支援に余念ないが、失敗はそんなことでは相殺出来ないほど致命的である事実に、習近平氏は頬かむりしている。第2は世界保健機関(WHO)の機能不全の顕在化だ。テドロス事務局長は訪中しながら現地を視察せず、「中国は例を見ないほどよくやっている」と称賛し、緊急事態宣言もなかなか出さなかった。かつて2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の際、北京入りしたWHOチームは、中国当局の感染者の過少報告を賢明にも糺した。当時の胡錦濤国家主席が「感染症を制御できず、ましてや国際社会に拡散させることになれば、われわれは中国の国家指導者として13億人の中国人民と各国人民に申し訳が立たない」と記者会見で述べたのも、習近平氏とは大違いだ。WHOと中国指導部は今回、二人三脚でウイルスを増殖させたと言える。第3は欧米の油断である。発生源に近い台湾や韓国ではなく、なぜ遠い欧米で驚くべき感染爆発が起きたのか。東アジアの状況を対岸の火事と見て、手をこまぬいた慢心や危機意識の薄さは拭いようがない。第4に「失敗は成功の元」が証明された。台湾は院内感染などから多数の死者を出したSARSの、韓国も2015年の中東呼吸器症候群(MERS)の手痛い経験を生かし、現在までのところ感染拡大を制御し、医療崩壊を食い止めている。これも欧州と東アジアの明暗を分けた。日本はSARS、MERS、さらに09年の新型インフルエンザも死者が世界最低とも言える成功体験を持つ。逆に言えば失敗のないのが怖い。いきなり大失敗とならない保証はない。緩い緊急事態宣言で爆発を本当に抑え込めるのか、今、日本と日本人の底力が問われている。第5は社会インフラとくに医療、福祉の安易な削減は禁物だ。イタリアの医療従事者たちの惨状は財政危機による医療体制の劣化と、アメリカの黒人やヒスパニックなどマイノリティの感染率の高さは国民皆保険制度の欠如と深くリンクしている。以上5点を見えてきたことだとすれば、以下にCOVID-19との付き合い方3点を記して、私の中間総括としたい。第1にグローバリゼーションの再考である。20世紀初頭のスペイン風邪を持ち出すまでもなく、SARSやMERSと比較にならない感染スピード。グローバル化はコロナの大好物なのだ。何が不要不急か、検討すべきは外出だけでない。私たちの生き方そのものではないか。第2に多国間協力と国際機関はやっぱり不可欠だ。いくらWHOが問題児でも、トランプ米大統領のように分担金削減や、まして脱退(ブラフだと思うが)は解決策ではない。中国の国際機関への覇権を増大させるだけである。第3に環境保護がますます重要だ。SARSも新型コロナウイルスもこうもりが媒介役と言われている。今、ヒトとの境界線を越えて餌を求める動物たちが増えている。動物たちとの「新しい戦争・III」が始まったら大変だ。こうもりを森の奥深くへ帰してやろう。結局のところ、新型ウイルスは現代文明にどっぷりつかった私たちの生活に再考を促す警報かもしれない。
- 14 Apr 2020
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OECD/NEAの事務局長、加盟国にNEAのパンデミック対応を説明
経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)のW.マグウッド事務局長(=写真)は4月8日に声明文を発表し、新型コロナウイルスによる感染が拡大するなかで、NEAとしては加盟する33か国がこのような状況に対応できるよう支援する覚悟であり、有効な措置に関する情報や良好事例、アイデア等の迅速な交換を可能にする手段を構築中であると説明した。仏国パリにあるNEAの事務局では3月12日から全スタッフがテレワークに入ったが、同事務局長は「パンデミックの脅威が速やかに終息することを望む一方、多くの専門家は5月から6月にかけても、あるいは9月から10月にかけて第二波の感染発生のリスクがあると予想している」と指摘。NEAでは緊急の事態に対応するだけでなく、このように長期的な対応の準備も進めていると強調している。マグウッド事務局長によると、グローバリゼーションや相互連携の時代に人類が直面している今回の危機は、これまでに経験したことのないものであり、すべての経済大国が影響を受け人々は脅威にさらされている。大方の予測では、この危機はあと数か月間続くと見られているが、短期的に見て如何なる国においてもパンデミック対応戦略で重要な柱となるのは信頼性の高い電力供給である。これなくしては、近代生活における重要インフラの大部分が機能できないが、パンデミックによって発電施設の職員が長期にわたって直接的、間接的な影響を受け、その施設の操業が脅かされることになる。同事務局長の認識では、近代社会におけるその他すべての分野と同様、原子力発電部門は感染者数の削減に貢献している。すなわち、世界中の原子力発電所が安全かつ効率的に稼働することで、テレワーク中の膨大な数の人々や自宅待機中の人々、対応キャパシティを超えて活動中の医療施設に対しても信頼性の高い電力が供給される。しかし、原子力発電部門自体もパンデミックの影響を受けるため、絶え間なく変化する前例のない不確かな状況にも臨機応変に対処しなければならないとした。原子力発電部門では、慎重に分析した結果や膨大な数の見解を考慮した上でプロセスや手順を変更するのが常であるが、同事務局長によれば、今現在直面している危機はすべてにおいて迅速な対応を必要としている。規制当局は発電所の点検計画の妥当性を審査しなければならないし、事業者は発電所の定期検査や改修日程を延期せざるを得ない。通常とは異なる作業環境で使われる技術は全く新しい方法で適用する必要があり、原子力発電所における安全性の確保は、今後もすべてに優先する事項であると述べた。同事務局長はまた、今回のパンデミックはNEA自身の安全文化をも評価する試金石になったと指摘。NEAは原子力施設の運転に関する出版物の中で運転員や住民の安全と健康を第一とする文化を強調しているが、今回はこれと同様の安全文化がNEA自身にも適用されている。NEA全体は3月12日からテレワーク体制に入っているが、職務に混乱が生じることはほとんどなく、重要な業務のいくつかは延期となったものの、複数の委員会の活動業務は続けられている。パンデミック関連のイベントも近々ウェブ上で主催する予定だが、これらは皆NEAスタッフが加盟国と緊密な連携の上、主導している献身的業務の賜物であり、現時点でどれほどの問題に直面しようと、明るい未来が必ず来るというNEAの原子力部門のメンバーすべての確信に基づくものだと説明している。(参照資料:OECD/NEAの発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの4月9日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 10 Apr 2020
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ロシア、バングラデシュの建設サイトのロシア人にチャーター機手配
ロシア国営の原子力総合企業ロスアトム社は4月7日、バングラデシュ初の原子力発電所サイトで建設工事に従事する4,000名以上の作業員のうち、新型コロナウイルスの感染拡大にともないロシアへの一時帰国を希望する178名にチャーター機を手配したと発表した。同国では、首都ダッカの北西160kmの地点でルプール原子力発電所1、2号機(各120万kW)がそれぞれ2017年11月と2018年7月に本格着工。これらでは国際的な安全要件をすべて満たした第3世代+(プラス)のロシア型PWR(VVER)設計「ASE-2006」を採用しており、同国の原子力導入初号機となる1号機は2023年、2号機は2024年の営業運転開始を予定している。今回、下請け企業社員を含む一部の作業員が一時的に帰国するものの、建設プロジェクトをスケジュール通り遂行する上で支障はないとロスアトム社は強調している。同工事はロスアトム社傘下のASEエンジニアリング社が請け負っており、同社の本拠地ニジニ・ノブゴロドには6日夜、ロシア連邦政府の許可を受けた最初のチャーター機がダッカから帰国希望者を乗せて到着した。これらの帰国者すべてにコロナウイルス検査が義務付けられ、その後は2週間にわたって地元の医療管理付き診療所で隔離されることになる。発表によると、建設サイトではコロナウイルス感染の蔓延を防ぐために様々な対策が講じられている。サイトの正面玄関や事務所ビルの入口、食堂など複数の場所で作業員の体温を遠隔検温する体制を導入したほか、すべての事務所スペースを消毒、雇用者全員に対してマスクを支給した。ロスアトム社としては、ウイルス感染の世界的拡大がサプライチェーンに及ぼす悪影響を最小限にとどめるとともに、契約書に明記された完成日程を順守するため、あらゆる手段を講じるとしている。同社のA.リハチョフ総裁による4月1日付の声明文では、ロスアトム社関係の感染者はこれまでに4例報告されており、1名は同社がハンガリーで進めているVVER建設計画の関係者(ハンガリー人)。残り3名はロスアトム社傘下の民生用原子力発電公社の職員だが、同社が関わるすべての都市では追加的な医療措置や組織的対策が取られている。同総裁はまた、国外の原子力発電所建設計画に携わるロシア人で、一時帰国を希望する者には数日以内にその機会が与えられるとも述べていた。なお、在バングラデシュの日本大使館によると、同国政府は感染の拡大防止目的で国際線フライトの乗り入れ停止措置を4月14日まで延長したが、対象国・地域のなかにロシアは含まれていない。また、日本貿易振興機構(JETRO)の現地通信は、バングラデシュにおける6日時点の感染者数は合計123名で、このうち12名が死亡したことを伝えている。(参照資料:ロスアトム社の発表資料①(英語)、②(ロシア語)、原産新聞・海外ニュース、ほか)
- 08 Apr 2020
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日本の新聞は科学的な分析よりも政権批判が優先か!
新型コロナウイルスによる感染が国内外で深刻を極めている。この感染問題に対する日本の新聞報道をどう評価したらよいか、あれこれ考えているうちに、ひとつの重大な特徴に気付いた。科学的なリスクを的確に伝えることよりも、安倍政権への批判が優先している点だ。いわば科学と政治の混同だ。いったいどういうことか。安倍首相を「科学軽視」と批判ここでの考察は日頃、安倍政権に批判的なスタンスを貫く毎日新聞と朝日新聞を対象とする。私がまず驚いたのは、安倍首相が2月27日、全国の小中高校の一斉休校を要請したことに対する毎日新聞社の論調だ。毎日新聞社は3月10日付けの社説で「首相は科学的分析尊重を」の見出しで科学的分析という言葉を3回も織り交ぜて科学的分析の重要性を指摘した。その一部を紹介する。「全国の小中高校の一斉休校の要請も、中韓を対象とする入国規制強化も、安倍首相は専門家会議の意見を聞かずに打ち出した。・・科学的分析に基づかない判断は大きな副作用を招く恐れもある。・・政府の対策本部は拙速な判断を避け、科学的分析を踏まえて今後の対応を決めてほしい」日頃、多くの新聞メディアは科学的分析をさほど重視して報道しているとは思っていなかったので、新聞が時の首相に向けて「科学的な分析を尊重せよ」という言論はとても新鮮であり驚きであった。日本が一斉休校を要請した当時、英国は休校措置を取っていなかった。これを受けて、毎日新聞は「英国は入国制限や学校閉鎖の措置を取っていない。科学的な根拠に基づき政策決定しようとする英国とは対照的な(日本の)姿勢に、専門家は『科学が政治に負けた』と憤る」(3月18日付)と書いた。その紙面では英国のジョンソン首相の「スポーツイベントの禁止は、感染拡大防止には効果が小さいというのが科学的助言だ」との言葉も紹介している。メディア自らは科学を重視してきたか?これを読んで、そこまで安倍首相を批判するほど日本の新聞は過去に科学的分析を重視してきたのだろうかと大いに疑問を抱いた。私は毎日新聞の記者(東京本社で1986年〜2018年)として、科学的なリスクにかかわる様々な問題を追いかけてきたが、首相の言説に対して、新聞社が「もっと科学的な分析を尊重せよ」と厳しく迫った論調は記憶にない。この首相への科学軽視批判は、別の言い方をすると「私たちメディアは科学的な分析を重視して報道しているのに、安倍首相は軽視している」という物言いである。では、過去の新聞のリスク報道はどうだったのだろうか。福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質のリスク。BSE(牛海綿状脳症)の感染リスクと全頭検査。子宮頸がんを予防するHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンのリスクとベネフィット(便益)。福島第一原子力発電所のタンクにたまるトリチウム水のリスクと放出問題。遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品の安全性に関する問題。放射線を当てて殺菌する照射食品の問題。これら一連の問題を振り返ると、政府がいくら科学的な分析・根拠を尊重したリスクを示しても、新聞メディア(もちろん新聞社によって濃淡はある)は、消費者の不安を持ち出したり、異端的な科学者の声を大きく取り上げたりして、常に政府を批判していた。決して科学的分析を尊重してこなかった。新聞はコミュニケーターの役割を果たしていない例を挙げよう。いくら政府の科学者たちがゲノム編集食品は従来の品種改良と変わりなく安全だと科学的に説明しても、朝日新聞や毎日新聞はどちらかといえば(同じ紙面でも社会面、経済面、生活面、科学面でやや異なるものの)、科学的な側面を軽視して、「それでも消費者は不安だ」「本当に安全か」などと書いてきた。もし本当に新聞社が科学的な分析・根拠を重視する姿勢をもっているなら、そうした分析結果を分かりやすく解説して、消費者にしっかりと理解してもらうのが科学者と市民の間をつなぐコミュニケーターとしてのメディアの役割だろうと思うが、そういうリスクコミュニケ—ションはしていない。日ごろは科学をさほど尊重していないのに、安倍首相を批判するときには「科学的な分析を尊重せよ」とカッコよく言われても面食らってしまう。結局、新型コロナウイルスでも、子宮頸がん予防のHPVワクチンでも、メディアは科学的な事実を正確に伝えようとする姿勢、つまり、科学的なリスクを的確に伝えるコミュニケーターとしての役割を果たしていないことが分かるだろう。これはおそらく政府を批判することが記者の使命、記者の正義だと思い込んでいる意識が多くの記者にあるからだろう。もちろん政治の問題で政府を批判することは大いに必要だが、科学的な分野は別のはずだ。緊急事態宣言では科学を度外視!このメディアの政治と科学を混同する姿勢は、3月14日に緊急事態宣言を可能にする新型インフルエンザ等対策特別措置法改正が参議院本会議で可決されたときにも如実に現れた。朝日新聞はさっそく「新型コロナの蔓延時などに、首相が緊急事態宣言を出し、国民の私権制限もできるようになる」(3月14日付一面トップ)と書き、感染拡大を抑えるリスク削減効果よりも、安倍政権による私権制限に危機感を抱かせるようなトーンに重きを置いた。同じ朝日新聞の3月20日付の「耕論」ではコメディアンの松元ヒロさんを登場させ、「独裁的な首相に、こんな権限を与えて大丈夫でしょうか。歴史を振り返ると戦時に歌舞音曲が禁止されました・・」などの見方を紹介した。リスクの問題がなぜ政治の話になるのだろうか。読売新聞が緊急事態宣言を「都道府県知事の行政権限を強めることが可能になる」(3月14日の一面トップ)と解説したのと対照的だ。いま重要なのは新型コロナウイルスの感染リスク拡大をいかにして食い止めるかである。そのような極めて科学的な判断が真剣に試される究極の場面でも、なお時の政権を批判することに重点を置いた論調を展開する。これでは科学を正しく伝えられないのではないか。読者が知りたいのは緊急事態宣言でどの程度感染リスクが削減されるかだ。感染症に対する緊急事態宣言(※旧民主党政権が新型インフルエンザに対してつくった極めて制限の緩い法律を踏襲した内容であることを知っておきたい)は戦前の治安維持法ではない。国民の健康、安全をどう確保するかという極めて科学的な分析を要するリスクコミュニケーションの問題である。それに徹した科学報道を期待したいが、朝日新聞と毎日新聞はどうも政権への批判が優先しているようだ。もちろん大手2紙にも良いところはたくさんあり、このコロナ報道だけで新聞の良し悪しを判断してはいけないことは承知している。ただ、科学と政治の問題を分けて報道することが大事だと強調したい。一斉休校は良い意味で予防原則だった話題を冒頭の科学的な分析の話にもどそう。毎日新聞が安倍首相を批判した当日の3月18日、ジョンソン首相は20日から学校を休校すると発表した。英国の判断のほうが甘かったのである。この休校問題に限れば、安倍首相の唐突な決断が結果的には、科学無視と批判されるような愚かなものではなかったことになる(もちろん、休校にかかわるさまざまな副作用は発生したが)が、それをフォローする記事は出てこない。「科学的分析を尊重せよ」は一時の首相批判に持ち出された道具に過ぎなかったようだ。「一斉休校」という安倍首相の決断は、善意に解釈すれば、科学的な判断が難しい場合に市民団体や野党の議員たちがよく口にする大好物の「予防原則」にのっとったものだった。しかし、嫌いな安倍政権が予防原則を実行するとメディアは「科学的根拠がない」と批判し、安倍首相が予防原則を実行しないときは逆に「早く予防原則を実行すべきだ」と迫る。結局いつも政権批判である。それほど科学的な分析・根拠が大事だというなら、新聞社自らが多数の専門家の意見を聞き、科学的な分析を駆使して、「感染を食い止めるためにはいまこそ、科学的な意味での緊急事態行動が必要だ」と具体的な対策項目を前面に押し出して国民に訴えればよいだろうと思うが、そういうリスキーなことはしない。政府が何をやっても「後手、後手だ」と批判するような野党的な感覚でリスク報道をされたのでは、読者はいつまでたっても的確な科学的情報を新聞からは得られない。福島第一原子力発電所で増え続けるトリチウム水のタンク。安倍首相に「科学的分析を尊重せよ」と訴えた誇り高き姿勢をこの問題でも示してほしいものだ。緊急事態宣言は6日か7日にも出されそうだ。安倍首相は専門家の意見を尊重して、ぎりぎりまで科学的根拠を重視していた。まさか「遅かった緊急事態宣言」と書かないだろうね!
- 06 Apr 2020
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米サザン社、新型コロナウイルスの流行でボーグル3、4号機建設工事の遅れを懸念
米国で約30年ぶりの新設計画としてA.W.ボーグル原子力発電所3、4号機(PWR、各110万kW)増設計画を進めているサザン社は4月1日、新型コロナウイルスによる感染の発生にともない、同増設工事の混乱や遅れなど、同社とその子会社は様々なリスクにさらされているとの認識を表明した。これは、米証券取引委員会に対する2019年末の年次財務報告におけるリスク要因補足文書の中で同社が明らかにしたもの。これまでに世界保健機関(WHO)と連邦疾病管理予防センター(CDC)が感染の世界的流行(パンデミック)を宣言し、全米を含む多くの国にウイルス感染が広がるなか、その対応として各国は旅行や人の密集の禁止、特定のビジネスの自粛など数多くの制限を設けている。複数の電気事業子会社の供給区域にも経済活動の混乱という深刻な影響が生じてきており、資本市場では株価が乱高下した。このコロナウイルス感染拡大に関連して、サザン社の電気事業子会社は電気代を滞納中の一部顧客に対して、電気の使用停止を一時的に解除している。感染が拡大し続けていることや政府の対応等によってサプライチェーンや資本市場にも混乱が広がり、労働力や生産性の低下、経済活動の縮小といった状況が継続、サザン社は同社とその子会社にも様々な悪影響が及ぶことになると指摘した。具体的にはエネルギー需要量の低下、特に法人需要が少なくなり、営業権や長期性資産が減損、同社と子会社が施設を設計・建設・操業したり、金融機関や資本市場から資金調達する運用にも陰りが出てくる。とりわけボーグル3、4号機に関しては、建設工事や試験の実施、その監督・支援活動にも遅れの生じる可能性も出ている。子会社の一つであるサザン・ニュークリア・オペレーティング社はこれまで、建設サイトでウイルスの伝染リスクを軽減するため、感染症状が出た人員や感染者と濃厚接触した人員を隔離したり、作業者間で距離を取るなどの措置や手続きを実行してきた。しかし、感染者の急激な増加で建設工事のスケジュールや予算にどのような影響が及ぶか、見極めるのは今のところ時期尚早との見方を示している。サザン社は現時点で、ボーグル3、4号機の稼働開始日程をそれぞれ、2021年11月と2022年11月に設定。3号機については昨年7月に初装荷燃料を発注したほか、同年12月には遮へい建屋に円錐形の屋根を設置した。また、4号機についても今年3月、格納容器に上部ヘッドを設置したと発表している。(参照資料:サザン社の報告資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの4月3日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 06 Apr 2020
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IAEA、コロナウイルスによる感染拡大時の緊急時支援演習を実施
国際原子力機関(IAEA)は3月30日、新型コロナウイルスによる感染の拡大時に取られる支援方策として「国際緊急時対応演習(ConvEx)」を同月24日から26日まで実施したと発表した。ConvExの中で、支援の要請と提供の仕組みを試験する演習「ConvEx-2b」に35のIAEA加盟国と世界気象機関(WMO)の2つの地区特別気象センター(RSMC)が参加。コロナウイルス感染の世界的流行(パンデミック)にともない原子力事故または放射線緊急事態が発生したことを想定し、IAEAの「事故・緊急事態対応センター(IEC)」が中心となってウィーンから遠隔操作で支援方策を行った。IAEAは「この種の緊急事態対応で準備し過ぎるということはない。だからこそ、その演習シナリオには発生確率は低くてもリスクが高く、能力を試されるような事象が含まれるべきなのだ」と指摘した。IAEAのR.M.グロッシー事務局長も、「自然災害やパンデミック、その他の危機にともなう事象から、原子力事故や放射線緊急事態が発生する可能性に備えなくてはならない」と強調した。「コロナウイルスにより、我々の生活すべてが深刻な混乱に陥っている時期に今回の演習を行ったことで、緊急時の対応能力を絶えず維持するというIAEAの強い決意が示された」と指摘。如何なる事由や危機的状況の下におかれても、IAEAは効果的な国際対応を調整するため迅速に行動するとしている。ConvExの実施は、チェルノブイリ事故を契機に1986年のIAEA総会で採択された2つの条約「原子力事故早期通報条約」と「原子力事故援助条約」に基づいている。「ConvEx-2b」では、支援要請する発災国の役割を演じる国とそれを提供する役割の国それぞれが、関係活動と情報交換の効率性と有効性を試されことになっており、IECのE.ブグロバ・センター長は「世界中で同時発生する様々な危機への対応で、迅速かつ効率的な支援を加盟国に提供することは戦略的に重要な要件になる」とした。今回の演習では、IAEAの17加盟国が発災国役を演じる一方、18加盟国と2つのRSMCが支援提供国役を務め、パンデミック対応の安全・セキュリティ対策に集中的に取り組んだ。発災国役が仮想の緊急事態に必要な支援をIAEAに要請した後、IECは支援提供国役の所管官庁に指定されている機関および関係する国際機関に要請内容を伝達。これにより、発災国に対してどのように支援提供していくか決定する手続きが発動され、IECは発災国役と支援提供国役双方と協議した上で「支援行動計画」を作成、これには双方の役割と責任、および両者間で合意・調印した活動内容が記された。また、このような環境下での初期対応は非常に困難との認識から、発災国役は支援提供国役が派遣する現地支援チームに対して追加で予防的な防護プランを提示。また、IECの「支援行動計画」には、現地支援チームの到着と同時にウイルス検査を実施することや、個人用防護装備の提供等が盛り込まれたとしている。(参照資料:IAEAの発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの4月1日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 02 Apr 2020
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EDFエナジー社、コロナウイルスの影響でサイズウェルC原子力発電所の申請書提出を延期
仏国資本のEDFエナジー社は3月26日、英国南東部のサフォーク州で進めているサイズウェルC原子力発電所(PWR、163万kW×2基)建設計画について、新型コロナウイルスによる感染の拡大に配慮し、今月末までに予定していた「開発合意書(DCO)」の申請書提出を数週間延期すると発表した。「開発同意」は、申請された原子力発電所等の立地審査で合理化と効率化を図るための手続きである。「国家的に重要なインフラプロジェクト(NSIP)」に対して取得が課せられているもので、コミュニティ・地方自治省の政策執行機関である計画審査庁(PI)が審査を担当、諸外国の環境影響に関する適正評価もPIの担当大臣が実施する。本審査が完了した後は、PIの勧告を受けてビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)の大臣がDCOの発給について最終判断を下すことになる。EDFエナジー社は今回、DCO審査プロセスが公開協議段階に入った場合は、国民の参加登録期間に余裕をもたせると明言。これにより、地元住民が十分な時間をかけて申請書を検討できるとした。同社の原子力開発担当常務も、「地元コミュニティを含むサフォーク州民の多くが、現在コロナウイルス感染への対応に追われている。DCO申請書の提出は延期するものの、過去8年以上にわたる関係協議で当社はプロジェクトの透明性に配慮するとともに、プロジェクトに関心を持つ国民一人一人が意見を言えるよう努力を重ねており、今の難しい局面に際してもこの努力を続けたい」と述べた。同プロジェクトに関して、EDFエナジー社は2012年以降すでに4段階の公開協議を実施しており、1万人以上の地元住民や組織がこれに参加した。サイズウェルC発電所では、南西部サマセット州で建設中のヒンクリーポイントC(HPC)発電所と同じ欧州加圧水型炉(EPR)設計を採用しているため、同社は建設コストをある程度削減することが出来ると説明。サフォーク州のみならず英国全土に雇用や投資の機会をもたらすとともに、常時発電可能な低炭素電源として英国政府が目指すCO2排出量実質ゼロへの移行を後押しするとしている。なお、EDFエナジー社は3月24日にHPCプロジェクトの現状を公表し、作業員や地元コミュニティの安全を最優先に、新型コロナウイルスによる感染拡大から防護する措置を広範に取っていると強調した。(参照資料:EDFエナジーの発表資料①、②、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 27 Mar 2020
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米NEI、パンデミック時の燃料交換など原子力発電所への支援をエネ省長官に要請
米原子力エネルギー協会(NEI)のM. コースニック理事長は3月20日、エネルギー省(DOE)のD. ブルイエット長官に書簡を送り、新型コロナウイルスによる感染が世界的な流行(パンデミック)となる中、国内原子力発電所でこの春に燃料交換やメンテナンスを実施する際、必要となる支援の提供を要請した。同理事長はまず、「パンデミック対応時に特に重要となる送電網の維持で原子力発電所は必須のインフラである」と国土安全保障省が位置付けている点に言及。実際に国内の原子力発電所では、パンデミック時にも運転を継続できるよう複数段階のプランを設定し、地元の状況に応じてすでに実行中である。これまでのところ全国の原子力発電所は順調に運転を続けているが、これらは18か月毎あるいは24か月毎に取替用の新燃料を装荷する必要があり、その他のメンテナンスも含めて2~4週間、稼働できない期間があるという点をDOE長官に伝えておきたいとした。燃料交換は通常、電力需要量が最も少なくなる春や秋頃に行われ、発電所毎に数100人規模の専門作業員が30~60日間動員されるが、これらの作業員が宿泊するホテルや地元住民宅、食事のためのレストラン等が必要である。また、このような作業に使われる医療用レベルの手袋やマスク、使い捨ての消毒布や体温計といった放射線防護のための個人用装備がパンデミック時には不足することが予想される。コースニック理事長によると、米国では今春、21州に立地する32の原子力発電所が燃料交換を予定しており、これらを含めた原子力発電所ではすでに、このような作業期間中にコロナウイルスのリスクを最小限に抑える予防的措置が取られている。具体的には、具合の悪い従業員を自宅待機とすることや感染者数の多い国に最近渡航した従業員の除外、発電所ゲートにおける従業員や契約請負作業員等の健康チェック、カフェテリアなど従業員が集まる場所の閉鎖や入場制限などを挙げた。その上で同理事長は、国内の原子力部門が発電所の運転や経済活動を途絶させないために、DOEの支援を緊急に必要とする個別のアクションを以下のように特定した。国内のエネルギー需要を、今日だけでなく明日以降も長期的に、また、安全で信頼性が高く価格も適正な原子力発電で満たせるよう、これらに対する政府の助力が不可欠だと訴えている。・原子力発電所の運転や燃料交換など、重要業務の担当従業員を連邦政府が確認する、・これらの重要業務の履行にともない作業員の発電所への移動を許可する、・これらの重要業務の履行に必要な宿泊所や飲食物の提供サービス等を維持する、・発電所サイトや宿泊所、飲食物のサービス施設などへ移動で、作業員が州境やコミュニティの境界を自由に越えることを許可する、・放射線防護のための個人用装備や新型コロナウイルスの検査キットなどを原子力作業員が優先的に入手できるようにする、・高度に特殊な技能を有する外国人作業員が米国に入国することを許可する、である。(参照資料:NEIの発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの3月25日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 26 Mar 2020
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仏電力、コロナウイルスの影響で原子力による今年の目標発電量を下方修正へ
仏国の商業用原子炉57基すべてを所有・運転するフランス電力(EDF)は3月23日、新型コロナウイルスによる感染影響について現状を公表し、2020年の「金利・税金・償却前利益(EBITDA)」は現段階で目標とする金額幅175億~180億ユーロ(2兆1,000億~2兆1,700億円)の低い方の数値に留めるものの、原子力発電所における目標発電量については下方修正中であることを明らかにした。発表によるとEDFグループは、感染影響下においても発電事業者としての重要な活動を維持するため全精力を傾注中。国内で予期される発電シナリオすべてに対応可能な運転能力と資金力があり、昨年末時点の現金同等物と売却可能な短期金融資産の総額は228億ユーロ(2兆7,400億円)にのぼるなど、健全な状態にあるとした。電力需要量の低下が送配電事業に及ぼす財政上の影響も限定的だと見ており、脆弱な小規模企業の電気料金で一時的な救済措置を取るため同グループの必要運転資金が暫時増加するものの、その影響は年末までに解消されるとした。その一方、E.マクロン大統領が3月17日に発表した2週間の「外出禁止令」により、発電設備のメンテナンス作業が中断され、EDFでは定期検査日程の再調整を余儀なくされている。2020年に予定していた原子力発電所による発電量3,750億~3,900億kWhも下方修正に向けた見直し作業中であり、設備利用率の見通しや関連コストが明確になってからこれらの目標数値の改定版を作成するとしている。2021年の影響見通しについては、現段階では正確に評価できないとEDFは述べた。現在進めている定期検査日程の再調整は、2020年末から2021年にかけて冬季の利用率を最大限にすることが主な目的だが、発電量は2021年もマイナス影響を受けると予想される。同様に電力卸市場においても価格の低下が見込まれており、これによって同年末時点の負債比率に深刻な影響が及ぶ可能性があるとしている。なお、EDFが運転するフェッセンハイム、ベルビル、カットノン3つの原子力発電所について、3月11日付のロイター電は「新型コロナウイルス検査で各1名ずつ合計3名の従業員に陽性反応が出た」と報道した。これに関してEDFからの発表はなかったが、濃厚接触があったその他の従業員とともにこれら3名を14日間の自宅待機とし、通常通りの運転を続けた模様。EDFが国家計画に沿って2009年に策定したという「パンデミック時に人員を削減して運転を継続するプラン」は、発動されなかったと伝えている。(参照資料:EDFの発表資料、ロイター電、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの3月24日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 25 Mar 2020
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IEA事務局長:「コロナウイルス危機に際しすべての発電オプション維持が重要」
国際エネルギー機関(IEA)のF.ビロル事務局長(=写真)は3月22日に「LinkedIn」に投稿し、「新型コロナウイルスがもたらした危機によって、電力の供給保証がこれまで以上に重要欠くべからざるものであることが再認識された」とコメントした。原子力発電の設備容量に関しても「確実な電力供給を支える重要要素」と位置付けており、「電力供給保証に対する貢献など、様々な電源がもたらす恩恵に見返りを与えられるような市場を政策立案者が設計する必要があり、これによって実行可能なビジネスモデルの構築も可能になる」と説明。クリーン・エネルギー経済に移行する中で、あらゆる発電オプションを維持することが重要だと強調している。ビロル事務局長によると、コロナウイルス危機による経済活動の大規模な途絶は、近代社会がどれほど電力に依存しているか明確に示した。数百万の人々が自宅に閉じこもってテレワークで仕事をこなし、買い物は電子商取引サイトが頼り。このようなサービスのすべてが信頼性の高い電力供給によって支えられているが、これを当然のことと思い込んではならない。アフリカでは今なお、数億もの人々が電力を使用できない環境にあり、病気その他の危険に対し非常に脆弱な状態にさらされている。我々の生活の中で電力の果たす重要な役割が、今後数年先あるいは数十年先にどの程度大きく拡大・進化していくか、コロナウイルス危機は手がかりを提供している。多くの経済圏がこの危機に対し強力な封じ込め対策を取っているが、工場や事業活動が停止したことにより電力需要量は約15%低下。そうした経済圏のなかで、スペインや米国のカリフォルニア州は風力と太陽光の発電シェアが世界でも最も高いが、気象条件が普段と変わらないなかで電力需要が急落すると、これらの発電シェアは通常より高まることになる。 ビロル事務局長は、「需要量が低下すれば発電設備は十分だと見なされがちだが、実際に近年、最も注目された停電のいくつかは需要量が低い時期に発生している」と指摘。風力や太陽光からの発電量で需要量の大半が満たされていても、電力系統の運用者は日没など電力供給パターンの変化に備えて、その他の電源による発電量を素早く増やせるよう柔軟性を維持しなければならない。このため、風力や太陽光からの発電シェアが常に高い状態になれば、送電網の安定性を維持することは一層難しくなると説明した。今回のように、大規模なパンデミックで国全体が封鎖されるような事態においては、欧州の大部分で経済活動が突然停止し電力需要量も低下。これは、電力系統から柔軟性のある主要電源を取り除くことにもなるため、政策立案者は極限の状況下で柔軟性の高い電源を利用できるか注意深く評価する必要がある。同事務局長の認識では、現状で多くの電力系統運用者が頼りとしているのは天然ガス(LNG)火力発電所だが、これらが仮に送電システムにおける需要量の調節のみに使われれば、多くのLNG発電所が赤字を出すことになる。今般のコロナウイルス危機においても、電力需要量が低下したことでこのようなプレッシャーが加わっていると警告した。ビロル事務局長はまた、「コロナウイルス危機によって、電力関係のインフラやノウハウの持つ重要な価値が明確に示されたが、これらはまた、クリーン・エネルギー技術の台頭で将来の電力システムが変化した場合においても、その信頼性を維持するために政策立案者が何をすべきか等について極めて重要な示唆をもたらした」と指摘。各国政府は国民の健康上の緊急事態に対応するため適切な策を取っているが、これらの政府はまた電力の供給保証についても警戒を怠らず、市場が乱高下するなかでも生命維持に必要な資産を守らねばならない。このように異常な事態において人々は、「他のものはどうでも、電力なしではどうにも生きられないのだ」と強調している。(参照資料:IEAビロル事務局長の発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの3月23日付け「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)
- 24 Mar 2020
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