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中国 漳州2号機が送電開始
中国核工業集団公司(CNNC)が福建省で建設を進める漳州(Zhangzhou)原子力発電所2号機(PWR=華龍一号〈HPR1000〉、112.6万kWe)が11月22日、送電を開始した。同発電所では今年1月に1号機が営業運転を開始しており、2基体制での本格稼働により年間約200億kWhの電力供給を見込んでいる。これにより、年間1,600万トン規模のCO₂排出量削減効果が期待されているという。2号機は2020年9月に着工。2025年10月11日より燃料装荷を実施し、11月3日に初臨界を達成した。今後は性能試験を進め、年内の営業運転開始を予定している。漳州原子力発電所は、中国独自の第3世代炉「華龍一号」を計6基整備する計画で、現在3・4号機が建設中、5・6号機は予備工事を進めている。6基体制により、福建省南部の主要都市である厦門(Xiamen)市と漳州市の電力需要の約75%を賄えるという。
- 09 Dec 2025
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東洋炭素グループ 米Xエナジーから高温ガス炉向けの構造材を受注
東洋炭素株式会社は11月7日、同社の子会社であるTOYO TANSO USA, INC.(TTU)が、米国のX-energy社(以下:Xエナジー社)から高温ガス炉用黒鉛製品(黒鉛製炉心構造材など)を受注したと発表した。今回受注したのは、Xエナジー社が開発を進める小型モジュール炉(SMR)の高温ガス炉「Xe-100」(8.0万kWe)向けの製品で、炉心構造材として同社の等方性黒鉛材「IG-110」が用いられる。納品は2028年を予定しており、現在は部品試作・材料認定等を行っている。来年中には最終設計を決定した上で、製造および加工を開始するという。売上高は約50~60億円規模と見込んでいる。「IG-110」がXe-100の炉心構造材等に採用された背景として同社は、優れた熱的・機械的特性と耐中性子照射特性等を備えた信頼性や、日本や中国、フランスの高温ガス炉の試験炉・実証炉・商業炉において採用実績を有していることなどを挙げた。高温ガス炉は、黒鉛を中性子減速材に、ヘリウムガスを冷却材に使用する次世代型の原子炉で、約950℃の高温熱を得られることが特長だ。発電のみならず、水素製造や化学プラントなど幅広い分野への応用が期待されている。高温環境・高線量下で使用されるため、炉心構造材には極めて高い耐熱性と放射線耐性が求められるが、同社の「IG-110」は、長期間にわたり安定した物性を維持し、優れた耐熱衝撃性や高純度・高強度を備える。国内外の公的機関と共同で実施した照射試験データにより、その信頼性が科学的に裏付けられている点も大きな強みだという。今年2月に策定された第7次エネルギー基本計画では、次世代革新炉(革新軽水炉、高速炉、高温ガス炉、核融合)の研究開発を進める必要性が示され、世界的にも次世代革新炉の開発・導入が加速する中で、日本製の黒鉛材料が国際的な次世代炉プロジェクトに採用されたことは、原子力サプライチェーンにおける日本企業の存在感の高まりに繋がっている。Xe-100をめぐっては、米化学大手のダウ・ケミカル社が、テキサス州シードリフト・サイトで、熱電併給を目的にXe-100の4基の導入を計画中。同社は今年3月、建設許可申請(CPA)を米原子力規制委員会(NRC)に提出し、5月に受理された。2026年に建設を開始し、2030年までの完成をめざしている。そのほか、Amazonが出資するワシントン州で計画中の「カスケード先進エネルギー施設(Cascade)」でも、最大計12基のXe-100を導入する計画が進められており、2030年末までの建設開始、2030年代の運転開始を想定している。さらに、Xe-100の展開加速に向けて、韓国の斗山エナビリティ(Doosan Enerbility)および韓国水力原子力(KHNP)が協力し、米国内でのXe-100の展開を支援している。
- 12 Nov 2025
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増井理事長 高市新政権に“一貫性のある原子力政策”を期待
日本原子力産業協会の増井秀企理事長は10月24日、定例記者会見を行い、電気事業連合会による将来リプレース試算への所感や、「原子力産業セミナー2027」と「第11回東アジア原子力フォーラム」への参加報告などについて語った。会見の冒頭、増井理事長は第46回原子力小委員会で電気事業連合会が提示した「将来的に必要な原子力発電所のリプレース規模に関する試算」について、「試算は穏当なもの。その上で、産業界が未来に希望を持てるよう、中期・長期それぞれの見通しを2段階で提示することが適切だろうと進言した」と述べた。また、同委員会で日本電機工業会が示した原子力産業の基盤維持・強化の取組みに関して、「人材の確保と定着、シニア人材の活用など、原子力産業の基盤維持対策の必要性」について進言し、「限られた人員でも現在と同じ成果を維持すべく、自動化・デジタル技術の活用が重要になる」と発言したことを報告した。続いて、原子力産業界の人材確保を目的とした合同企業説明会「原子力産業セミナー2027」の実施を報告。今年は初めて福岡市でも開催し、参加者は3会場(東京・大阪・福岡)で計564名、出展企業数が前年より約10%増加したという。また、電気電子系や文系学生の参加が増えたことを受け、「参加学生の専攻分布や傾向について、今後さらに分析を進めたい」と述べた。次に、韓国・慶州で開催された第11回東アジア原子力フォーラムへの参加を報告。ここでは、日本、中国、韓国、台湾の関係者が一堂に会し、原子力産業の現状と展望をテーマに意見交換した。韓国からは原子力を維持する国家エネルギー政策の重要性と、安全性強化・資源の制約克服に向けた東アジア地域内での協力の必要性が説かれた。中国からは海外向け原子力事業の拡大方針が示された。台湾からは金山原子力発電所の廃止措置計画の進捗など、将来的な具体的なマイルストーンが発表されたという。日本からは増井理事長が「日本の新規建設プロジェクトにおける重要課題」と題して登壇し、新設に向けた課題と展望を発表した。また同フォーラムの翌日から2日間にわたり、慶州市隣接地域の原子力関連施設などを訪問し、関係者と活発な意見交換を行ったと述べ、今後の同地域の関係者間の連携強化に期待を寄せた。その後、記者から就任直後の高市首相に関連する質問が飛んだ。「次世代革新炉やフュージョンエネルギーの早期の社会実装を目指す」と所信表明演説で発言した高市首相について、「原子力に対する理解が深く、原子力の事業環境整備の進展にも意欲を示されており、非常に力強い存在だと感じる」と述べた。特に、事業環境整備の重要性を長らく進言している同協会にとって、同じ志を持った新首相への信頼は大きく、「政府には今後も一貫性のある原子力政策の推進を期待している」と述べた。
- 31 Oct 2025
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「独裁の世紀」― 独裁トリオと予備軍たち ―
「独裁が近づいている」――こんな謎めいたセリフと共に1990年12月、ソ連外相を辞任し、国際政治の表舞台から消えたのは、銀髪と射るような眼差しがトレードマークの故シェワルナゼ氏だった。それから約35年。プーチン・ロシア大統領の独裁の見事な予言となっただけでなく、今や世界は「独裁の世紀」と呼びたいほど独裁・権威主義体制が跳梁跋扈している。最近のニュース映像が脳裏から離れない。中国・北京で9月3日に行われた「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」の記念行事で、習近平・国家主席を真ん中に、向かって右に北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記、左にプーチン大統領の独裁トリオが天安門へと行進する、あのシーンだ。国連制裁や国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているお尋ね者が、白昼堂々揃い踏みをするなんて、かつては考えられなかった。世界も見て見ぬふり。人々がいかに独裁慣れしてしまったかを物語っている。3人の後に続く独裁予備軍の多さにも驚く。スウェーデンの民主主義研究機関V-Demの「民主主義リポート2025」によれば、独裁体制の国・地域は一昨年の35から昨年は45に増えた。ゾロゾロと歩く面々の明日を思うと、何だか悪い夢を見ているような気分になる。小柄ながらサングラスと頭の黒いペチが存在感を放っていたインドネシアのプラボウォ大統領には、とりわけ懸念が増した。国内の治安事情を理由に「欠席」を表明していたのに、ドタキャンとは真逆で急遽、「抗日」式典に駆けつけたのだ。「中国側の必死の巻き返し。きっと首脳会談開催とか投資とかお土産を一杯約束したのでしょう」とは外交筋の解説である。真相は分からない。しかしインドのモディ首相は先立つ上海協力機構(SCO)首脳会議には出席したが、反日色の強い「抗日戦争勝利80周年」は欠席し、日中間を巧みに泳いだ。共にグローバルサウスのリーダーながら、外交手腕はモディ氏の方が何枚も上手だった。日本とインドネシアは2年前、「戦略的パートナーシップ」から「包括的・戦略的パートナーシップ」へ関係を格上げした。東南アジア随一の大国との関係は日本にとって一段と重要になりつつある。なのにこれでは、高関税などで対米関係に苦慮するインドネシアは、中ロの独裁・権威主義体制へますます吸引されて行くだろう。独裁・権威主義体制の広がりは、民主主義陣営のオウンゴールもある。戦後、民主主義を代表して来た米国のトランプ大統領は、第2期政権発足後は内外で民主的規範や価値観を壊して廻り、むしろ独裁・権威主義体制との親和性が滲み出る。先の「民主主義リポート2025」に興味深いデータがあった。誰もが最初から独裁者だったのではない。独裁者45人中27人は民主主義による統治からスタートしているという。キューバの故カストロ首相やフィリピンの故マルコス大統領など独裁者たちへの、我が取材経験を思い起こしても頷ける話だ。独裁者はしばしば有能な統治者として出現する。有能だからこそ独裁者になると言えなくもない。国民も喝采し、歓迎する。ところが彼らの多くは途中から、あるいは徐々に変節し、終には国家や国民に致命的損害を与え舞台を降りる(降ろされる)。なぜ独裁化するか。ことは複雑だ。民主主義があるからと言って安心出来ない。世紀の独裁者、ヒトラーは当時もっとも民主的と言われたワイマール憲法の下、選挙によって合法的に登場した。折しも今年のノーベル平和賞は反独裁を掲げる南米ベネズエラの野党指導者マチャド氏に決まった。平和賞委員会も「独裁の世紀」化を憂慮している証拠だろう。かつて有数の産油国で豊かだったベネズエラは、大衆の圧倒的人気を得た故チャベス大統領の反米・独裁的統治により民主主義は死に、今や破綻国家も同然だ。国外脱出者はこれまでに約800万人にも上る。独裁政治のツケがもたらした最悪の事例の1つと言える。マチャド氏の戦いの強力な支援者は、ノーベル平和賞が欲しくてたまらなかったトランプ氏である。これを機にトランプ氏も反独裁・民主主義擁護に転じてはどうか。評価は確実にアップする。変身トランプを見たい。
- 16 Oct 2025
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第2回日中原子力産業セミナーを開催 福島県と茨城県への視察も
日本原子力産業協会は9月25日、中国核能行業協会(CNEA)と共催で「第2回日中原子力産業セミナー」を7年ぶりに対面で開催した。中国からは、CNEA、中国核工業集団有限公司、中国広核集団有限公司、中国華能集団有限公司、香港核電投資有限公司、清華大学など関連企業・機関から16名が参加。日本からは、日本原子力産業協会、日本原子力発電、電気事業連合会など、関連企業・機関から43名(オンライン傍聴を含む)が参加した。同セミナーでは「原子力発電所の運転および新規建設」をテーマに、両国の原子力産業界がそれぞれ知見を共有し、対話を通じて一層の交流促進と協業の可能性を探った。特に、中国で次々と進められる新規建設プロジェクトに関する実践的な知見について、日本側の参加者から「多くの学びを得られた」との声が上がった。また、中国の訪問団一行は、日本滞在中に、福島県および茨城県内にある複数の原子力関連機関・施設を訪問した。福島県の東日本大震災・原子力災害伝承館、東京電力廃炉資料館への視察では、東日本大震災の発生から今日に至る復興への取り組みについて、映像や展示物を通じて説明があり、関係者との質疑を通じて現状理解を深める場が設けられた。東京電力福島第一原子力発電所構内の視察では、バスから乾式キャスク仮保管設備や多核種除去設備(ALPS)、ALPS処理水を保管するタンクなどを見学し、その後、展望デッキにて1~4号機の廃炉作業、さらに、ALPS処理水のサンプルを用いた海洋放出に関する説明が行われた。参加者からは、発電所構内での作業員の安全確保や放射線管理、今後の解体工程などに関する質問が多く寄せられ、現場の細部に至るまで強い関心が示された。福島県の日本原子力研究開発機構(JAEA)楢葉遠隔技術開発センターへの視察では、同センターの設立の経緯や役割、国内外の機関との連携実績や技術実証事例についての紹介があった。そして、VR/AR技術を活用したシステムのデモンストレーションの実施、施設内の試験棟の視察が行われ、関係者との質疑応答の時間には、将来的な技術交流の可能性に関する話があがった。茨城県のJAEA原子力科学研究所の視察では、世界最大級の加速器施設として幅広い研究に利用されているJ-PARCの見学、また、中性子利用研究の中核拠点であるJRR-3の見学が実施された。それぞれの施設の運用体制や、各分野への活用・応用事例が示され、中国出身の研究者による中国語での解説を交えた活発な質疑応答が行われた。〈詳細はこちら〉
- 14 Oct 2025
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日本製ジャイロトロン ITERに初号機据付け完了
量子科学技術研究開発機構(QST)は8月21日、南フランスのサン・ポール・レ・デュランス市で建設中の国際核融合実験炉(ITER)にて、日本製の高出力マイクロ波源「ジャイロトロン」の初号機の据付けを完了したと発表した。「ITER」プロジェクトは、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドが協力し、核融合エネルギーの実現に向けて科学的・技術的な実証を行うことを目的とした国際プロジェクトだ。日本は、主要機器の開発・製作などの重要な役割を担っており、QSTが同計画の日本国内機関として機器などの調達活動を推進している。据え付けが完了したジャイロトロンの開発では、日本が高いプレゼンスを発揮しており、ITERで使用する全24機のうち8機が日本製だ(キヤノン電子管デバイス株式会社が製造)。QSTは、ジャイロトロンの研究開発を1993年に開始し、2008年に世界で初めてITERが要求する出力、電力効率及びマイクロ波出力時間を満たすジャイロトロンの開発に成功した。このほど、世界に先駆けて1号機を設置したことは、同分野における日本の技術的な優位性を改めて示す結果となった。ジャイロトロンは出力のマイクロ波を発生させる大型の電子管(真空管)で、磁力線に巻き付いた電子の回転運動をエネルギー源としている。名前の由来は、磁場中の回転運動(ジャイロ運動)から来ている。核融合反応を起こすために高温状態をつくりだす役割を担っており、電子レンジのようにマイクロ波を発生させて加熱する。装置の全長は約3メートルで、出力100万ワットは電子レンジの約2000倍に相当する。
- 27 Aug 2025
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三菱重工 中国の発電所向けに循環水ポンプ供給へ
三菱重工業は7月2日、中国三大重電機器メーカーの東方電気グループ傘下にある東方電機(東方電機有限公司:Dongfang Electric Machinery Co.Ltd.)と共に、中国の三門原子力発電所5、6号機向けに4基の循環水ポンプを受注したことを発表した。受注額や工期は非公表。両社は今年3月、パートナーシップを締結しており、今回の受注は、両社の協業による初の受注。兵庫県の高砂製作所にて製造され、順次納入される予定だ。両社は今後、中国の原子力ポンプ市場でのシェア拡大を目指すという。循環水ポンプは、タービンから排出される蒸気を冷却して水に戻す復水系統で用いられる大型機器で、原子炉の安定運転を支える重要機器だ。同社は、これまでに500基超の納入実績がある。三門原子力発電所は、中国南東部の海岸沿いに立地し、今回、循環水ポンプを供給する5・6号機は、稼働中の1・2号機(PWR、125.1万kWe)、建設中の3・4号機(PWR、125.1万kWe×2)に次いで建設される予定で、PWRの「華龍1号/HPR1000」を採用している。
- 25 Jul 2025
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日立とQST ITER向けダイバータ部品の試作に成功 認証試験に合格
日立製作所と量子科学技術研究開発機構(QST)は7月23日、国際核融合実験炉「ITER」向けに、炉内機器のひとつであるダイバータの主要部品「外側垂直ターゲット」の試験体を製作し、ITER機構による認証試験に合格したと発表した。「ITER計画」とは、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7か国と地域が協力し、核融合エネルギーの実現に向けて科学的・技術的な実証を行うことを目的とした国際プロジェクト。現在、実験炉の建設がフランスのサン・ポール・レ・デュランス市で進められている。日本は、ダイバータやトロイダル磁場コイル(TFコイル)をはじめ、ITERにおける主要機器の開発・製作などの重要な役割を担っており、QSTは、同計画の日本国内機関として機器などの調達活動を推進している。ダイバータは、トカマク型をはじめとする磁場閉じ込め方式の核融合炉における最重要機器のひとつ。核融合反応を安定的に持続させるため、炉心のプラズマ中に燃え残った燃料や、生成されるヘリウムなどの不純物を排出する重要な役割を担っている。トカマク型装置の中でプラズマを直接受け止める唯一の機器で、高温・高粒子の環境にさらされるため、ITERの炉内機器の中で最も製造が困難とされる。日立は、長年にわたる原子力事業で培った技術と経験を結集し、高品質な特殊材料の溶接技術と高度な非破壊検査技術を開発し、検証を重ねた結果、ITER機構から要求される0.5ミリ以下の高精度な機械加工と組み立てを実現。また、製作工程や費用の合理化を図るため、ダイバータ専用に最適化した自動溶接システムを開発した。2024年7月には、三菱重工業がすでにQSTとプロトタイプ1号機を完成させていたが、今回、日立の製作技術も正式に評価されたかたちだ。QSTはこの部品を全58基に納入予定。うち、18基は先行企業が製作を担当し、残る40基の製作企業は今後決定される見通し。
- 24 Jul 2025
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日本政策投資銀行 SMRの動向と産業戦略に関する調査研究を公表
日本政策投資銀行は7月11日、「電力需要増加への対応と脱炭素化実現に向けた原子力への注目~海外で取り組みが進むSMRの動向と産業戦略~」と題した調査研究レポートを発表した。著者は同行産業調査部の村松周平氏。同レポートでは、電力需要の増加と脱炭素化の実現に向け、世界的に原子力発電の重要性が再認識されていると指摘。革新軽水炉・高温ガス炉・高速炉・小型モジュール炉(SMR)および核融合などの次世代革新炉の開発が加速するなか、それらの導入に向けた論点や日本の産業競争力強化に向けたあり方を提言している。特にSMRは、技術成熟度の観点から実現可能性が高く、大型軽水炉における課題を克服し得る特徴を有しており、米国などではSMR導入に向けた規制や政策的支援の整備が進んでいる。日本もこうした動きに呼応し、先行する海外プロジェクトへの参画が大きな意味を持つ、との見方を示した。一方で、次世代革新炉の初期の実装においては、多様な不確実性に対処する必要があり、サプライチェーンの整備、規制と許認可プロセスの合理化と確立、政府や電力需要家を含めた適切なリスクシェアなどの議論が不可欠と強調している。また、日本では2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画において、「原子力の最大限活用」が明記され、単一電源種に依存しない電力システムの構築が急務となっていることを指摘。太陽光や風力といった再生可能エネルギーの導入が進む一方で、その発電量の不安定さから需給バランスの課題についても言及されている。さらに、西側諸国で長期間にわたり新規建設が途絶え、1,000万点にも及ぶ原子力サプライチェーンが崩壊の危機に瀕したこと、また、その間に中国とロシアは政府が主導して原子力サプライチェーンを戦略的・継続的に強化したことを踏まえ、原子力発電所の新設やサプライチェーンの維持・強化は自国の電力システムのみならず、国際的な安全保障や産業競争力にとっても重要な意味を持つとした。その他、同レポートでは、各種次世代炉の技術的特性、また、FOAKリスク(First of a Kind、初号機)への対応の必要性が記されている。同様に、諸外国のSMR開発・社会実装の動向を踏まえ、日本としても、中長期的なSMRの導入可能性を見据えて、海外プロジェクトへの参画や人材・部品供給の支援を通じて、競争力強化と安全保障上の優位性確保が急務であるとした。そして最後に、安全性への客観的な判断と丁寧な対話を通じた社会的受容も不可欠であり、脱炭素化やエネルギー安全保障の実現に向け、政治・産業界による継続的な支援の必要性を強調している。
- 18 Jul 2025
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原産協会・増井理事長 年次大会を総括
日本原子力産業協会の増井秀企理事長は5月30日、定例の記者会見を行い、4月に開催された「第58回原産年次大会」の総括をはじめ、最近の海外出張の報告や今後の取組みについて説明した。増井理事長はまず、4月8日、9日に開催された原産年次大会の総括が30日に公表されたことを受け、その概要を報告。「原子力利用のさらなる加速―新規建設の実現に向けて」を基調テーマとして掲げた同大会について、「安定したサプライチェーンと人材確保、国による明確なビジョンと戦略が不可欠という認識が改めて共有された」と総括した。さらに、海外登壇者を招いたセッションでは、海外の成功事例や教訓を踏まえた課題と対応策の議論を通じて、「新規建設の重要性を改めて発信する機会となった」と振り返った。記者から、「国内外の若手技術者による講演や、学生パネリストを交えたグループディスカッションに特に大きな盛り上がりを感じたが、この熱気をどのように一般の人に伝えていくか」と問われたのに対し、増井理事長は、「当協会が長年実施している出前授業が果たす役割は大きい。エネルギー問題への関心が高まるような施策を、これからも進めていきたい」と今後に意欲を示した。 また、増井理事長は、4月15日~17日にカナダ・オタワで開催されたカナダ原子力協会(CNA)の年次大会に参加。さらに、4月29日~30日に韓国・ソウルで開催された「第40周年記念韓国原子力産業協会(KAIF)年次大会」にも出席し、それぞれの参加概要を報告した。韓国では、日本の原子力発電の現況を発信するとともに、国際展開を志向する会員企業を海外企業に紹介したことなどを説明した。このほか、中国核能行業協会(CNEA)主催の「中国原子力開発フォーラム―2025年国際サミット春(CNESDS)」や、同時開催された「第16回中国原子力産業国際展示会(CIENPI)」にも参加。JAIFブースの出展に加え、CNEA協力のもと、中国の原子力関係施設への視察を行ったことも明らかにした。
- 02 Jun 2025
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トランプ大統領の「最大の脅威は中国」は本当か
トランプ米大統領の60か国・地域への相互関税発表(9日発動)以来、課せられた国々の反発、株式市場の暴落、インフレ・景気後退懸念など、予想を超える激震が続いている。しかしこれはまだ序の口である。もしかするとトランプ氏は、世界を未踏の領域へと道連れにしつつあるのかもしれない。それにしても中国(34%)にはもう少し高くても良かったのにと思う。先行の追加関税を加えた54%は各国の中では確かに高い。しかし商務省によれば昨年の米国の貿易赤字額は中国が2,954億ドルと断トツのトップである。なのに赤字額で言えば微々たるカンボジアの49%を筆頭に、ラオス48%、ベトナムに46%、ミャンマー44%はヒドイ。これでは小国いじめだ。タイ36%、インドネシアと台湾32%などを併せ考えると、これは東・東南アジアへの狙い撃ちも同然で、対中政策の要・インド太平洋をどうしようというのかと勘繰りたくなる。もっと言わせて頂けば相互関税は中国だけに絞れば良かったのだ。その方が問題が分かり易い。「暴論」かもしれない。しかしトランプ関税自体が暴論なのだ。暴論には暴論を。というのもトランプ氏が第1期政権以来一貫して「最大の脅威は中国」と言い続けて来たにしては、言葉と行動が未だ合致していないこともある。例は相互関税だけに留まらない。トランプ氏がウクライナ停戦を急ぎ、ロシアのプーチン大統領にすり寄るのも、デンマーク自治領グリーンランドを召上げようというのも、さらにはパナマ運河の再支配を目論むのも、すべては真の敵・中国との戦いに持てるリソースのすべてをつぎ込み、集中するためと解説されてきた。果たして本当にそうだろうか。トランプ戦線は「標的」が増えるばかり。これでは一体何時になったら本命・中国に立ち向かうのか?たとえ本当でも時間切れにならないか?トランプさん、貴方はそもそも中国とどうしたいの?疑問が次々と湧く。24時間で終わらせてみせると一時豪語したウクライナ戦争は、停戦協議が未だ進行中だ。ロシアのプーチン大統領は手練手管でトランプ氏の気を引きつつ時間を稼ぎ、ウクライナは一寸の虫にも五分の魂で粘る。協議が長引けば対中戦は遅れる。加えて米中和解に中ソ対立を利用したニクソン元大統領の逆張りを行くロシアへの接近と中ロ離反策も、肝心の中国との紐帯は揺らぐ気配はまったくない。おまけにカナダやデンマーク、パナマ、NATO(北大西洋条約機構)など同盟国や友好国へのつれない態度に比して、ライバル中国には思いの外に大人の対応だ。アベコベではないだろうか。今年1月、インドネシアがASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国では初めて中ロ主導のBRICS(新興5か国=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)に加盟、内外に衝撃を与えた。一昨年、サウジアラビア、イラン、エジプトなど6か国もの加盟承認を発表した際に、インドネシアのジョコウィ大統領(当時)は欧米中心の先進国クラブと言われるOECD(経済協力開発機構)加盟優先を理由に、加盟の誘いを断った。プラボウォ大統領が僅か1年余りで豹変したのは、BRICSの勝利と言えなくもない。ASEANではタイ、マレーシアも加盟希望を表明済みだ。マレーシアのアンワル首相は「もう米国は怖くない。気にすることはない」と言ったとか。真偽のほどは不明だが、ASEAN諸国の空気を代弁しているように感じる。今回のASEAN6か国への高関税は、米国頼むに足りずどころか不信感を増し、こうした流れに拍車を掛け兼ねないと懸念する。離米・反米の流れが世界に広がる可能性だってある。喜ぶのは中ロだ。トランプ氏の疲れを知らぬ獅子奮迅ぶりは持ち時間が限られていることもあると言える。再選はなく(当人はウルトラCを望んでいるが)、来年はもう中間選挙である。中間選挙で与党苦戦の通例を覆せず共和党多数派議会が崩れると、大統領は急速にレイムダック化する。トランプ氏を見ながら思い浮かぶ諺は「急いては事を仕損じる」である。以上、トランプ氏の「中国は最大の脅威」論を巡る疑問を呈してきた。ひょっとしてトランプ氏は米ロ中3極による世界3分割支配を考えているのではないかというのが、疑問への私なりの答えである。あくまで仮説だが、そう考えた方が腑に落ちる。トランプ氏は米国の世界への責任や支配などに関心は薄く、とにかくアメリカ・ファーストである。同盟国カナダにかくも攻撃的なのも、吸収して南北アメリカを手中に収めたいのだ。その先のグリーンランドも買収すればさらに結構。小国パナマは言うに及ばず。欧州はロシアに、アジアは中国に、それが嫌なら自分たちで戦って彼らに勝て。春眠暁を覚えず、何やら悪い夢を見てしまったのだろうか。
- 07 Apr 2025
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中国 漳州1号機が運開 基数でフランスを抜く
中国・福建省で昨年11月から試運転中だった、中国核工業集団公司(CNNC)の漳州(Zhangzhou)1号機(PWR、112.6万kWe)が2025年1月1日、営業運転を開始した。炉型は、中国開発のPWRである華龍一号(HPR1000)。同機は2019年10月に着工、国内の商業炉としては57基目となり、基数では世界第2位のフランス(56基)を抜いた。華龍一号としては国内5基目となる。漳州サイト内では、今回運開した1号機のほか、計3基が建設中。2号機が2020年9月に着工し、漳州第Ⅱ発電所1、2号機は、2024年2月と9月にそれぞれ着工した。さらに、CNNCは、華龍一号を2基採用した漳州第Ⅲ発電所を計画中である。総投資額1,000億人民元(約2兆1,500億円)超の漳州プロジェクトは、CNNC(51%)と中国国電公司(49%)の合弁企業である国電漳州エナジー社が運営している。華龍一号は、中国が知的財産権を有する第三世代の原子炉。設計上の運転期間が60年で、運転サイクル期間は18か月。安全系に動的と静的両方のシステムを装備し、格納容器は二重構造となるなど、中国は最高の国際安全基準を満たす原子炉と誇っている。また、中国の主力輸出炉としても位置付けられ、海外への輸出実績もある。既にパキスタンのカラチ原子力発電所で2021年5月に2号機が、2022年4月に3号機がそれぞれ営業運転を開始している。昨年末には、同じくパキスタンで、華龍一号を採用したチャシュマ5号機が着工したばかり。そのほか、2022年2月には、アルゼンチンの国営原子力発電会社(NA-SA)とCNNCが、アルゼンチンへの華龍一号の建設に向けてEPC(設計・調達・建設)契約を締結したほか、トルコなどへのプラント輸出の動きもある。
- 10 Jan 2025
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WEO2024「原子力はクリーンエネルギー移行に不可欠」
国際エネルギー機関(IEA)は10月16日、最新の年次報告書の「ワールド・エナジー・アウトルック(WEO)2024年版」を公表。原子力の拡大を予測するとともに、クリーンエネルギーへの移行を加速・拡大するためには、より強力な政策と大規模投資の必要性が高まっていると指摘した。報告書によると、地政学的緊張が続く一方で、2020年代後半に石油と天然ガスが供給過剰となり、太陽光や蓄電池など、主要なクリーンエネルギー技術の製造能力も大幅過剰となるとの見通しを示し、これまでとは異なる新たなエネルギーの市場環境になると予測。燃料価格の圧力から解放され、クリーンエネルギーへの移行に対する投資強化と非効率な化石燃料補助金の撤廃に取り組む余地が生まれることにより、政府や消費者による選択が、今後のエネルギー部門と気候変動に対する取組みに大きな影響を及ぼすとの見方を示した。WEOは、世界のエネルギー・ミックスに関する2050年までの見通しを次の3通りのシナリオで解説している。現行のエネルギー政策に基づく「公表政策シナリオ」(STEPS)各国政府の誓約目標が期限内に完全に達成されることを想定した「発表誓約シナリオ」(APS)2050年ネットゼロ目標を達成する「2050年実質ゼロ排出量シナリオ」(NZE)報告書は、STEPSでは、2030年までに世界の電力の半分以上を低炭素電源がまかない、石炭、石油、天然ガスの需要はいずれも同時期にはピークを迎えると分析。一方で、クリーンエネルギーへの移行は急ピッチで展開されつつあるものの、世界の平均気温の上昇を産業革命以前との比較で1.5℃以下に抑えるというパリ協定の目標達成は難しいと警告している。また、過去10年間の電力消費量は総エネルギー需要の2倍のペースで増加しており、今後も世界の電力需要の伸びはさらに加速するとし、STEPSでは、毎年日本の電力需要と同規模の電力量が追加され、NZEでは、さらに急速に増加する。F. ビロルIEA事務局長は、「エネルギーの歴史は、石炭、石油の時代から、今や急速に電気の時代へと移行している」との認識を示している。さらに、クリーンエネルギーが今後も急速に成長し続けるためには、とりわけ、電力網とエネルギー貯蔵への投資を大幅に増やす必要があると指摘。現在、再生可能エネルギーなどに不可欠な支援インフラがクリーンエネルギーへの移行に追いついていない現状を問題視したうえで、電力部門の確実な脱炭素化には、これらへの投資を増やす必要性を強調している。世界の電力供給と原子力再エネに代表される低炭素電源は、すべてのシナリオで電力需要よりも速いペース(出力ベース)で増加し、それに伴い化石燃料の発電シェアは低下。2023年には、再エネの発電シェアは前年同数の30%だったが、化石燃料の発電シェアは60%(2022年: 61%)に減少し、過去50年間で最低となった。STEPSでは、2035年までに太陽光と風力の発電シェアは世界で40%を超え、2050年には60%近くまで増加する。一方、原子力の発電シェアは、どのシナリオでも10%近くにとどまる見通し。原子力について、報告書は、手頃な価格で確実なクリーンエネルギー移行の鍵となる7つの技術(太陽光、風力、原子力、電気自動車、ヒートポンプ、水素、炭素回収)のうちの一つであると指摘。これらの技術は、APSとNZEでは、2050年までのCO2排出削減量の4分の3を占める一方で、電力網や貯蔵インフラなど、これらの導入に対する障壁を克服することが最優先事項と強調した。原子力の現状についてIEAは、COP28での「原子力3倍化」宣言、欧州を中心とした原子力回帰の動きを受け、「原子力発電に対する政策支援が高まっている」と指摘。原子力発電設備容量と発電電力量はともに、他の低炭素電源よりも遅いペースではあるものの、いずれのシナリオにおいて拡大すると予測した。具体的には、世界全体で2023年に4億1,600万kWだった原子力の発電設備容量が、2050年にはSTEPSで6億4,700万kWに、APSで8億7,400万kWに、NZEでは10億1,700万kWにそれぞれ拡大すると予測しており、この拡大には、主に中国、その他の新興市場や開発途上国における開発が貢献すると分析したほか、いずれのシナリオでも、中国が2030年頃までに原子力発電規模において世界第1位になるとの見通しを示した。また、現在、世界各国が開発にしのぎを削る小型モジュール炉(SMR)については、適切なコストで市場投入に成功すれば、世界市場で原子力発電の新たな機会を創出する可能性があると分析した。すでにSMRが稼働している中国とロシア以外では、2030年頃に最初のプロジェクトが運転を開始すると予想している。
- 21 Oct 2024
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中国 漳州第Ⅱ発電所2号機が着工
中国・福建省にある中国核工業集団公司(CNNC)の漳州第Ⅱ原子力発電所2号機(PWR=華龍一号(HPR1000)、112.6万kWe)が9月27日、着工した。同一サイトの漳州第Ⅰ発電所では「華龍一号」の1、2号機(各112.6万kWe)が建設中で、それぞれ2024年、2025年に営業運転を開始予定。同2号機では冷態機能試験の準備が進行中だ。第Ⅱ発電所1号機(華龍一号、112.6万kWe)は今年2月22日に着工している。さらに、CNNCは「華龍一号」×2基採用の漳州第Ⅲ発電所を計画中。全6基が運転を開始すると、年間発電量は635億 kWhに達すると予想される。なお、今年に入ってからCNNCの原子炉の着工は3基目。中国全体では、6基目となる。
- 30 Sep 2024
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処理水放出から一年 新聞は「歴史の記録者」としての任に堪えられるか
二〇二四年九月二十日 新聞の役割とは何だろうか。世の中で起きている数々の現象を伝えることが主な役割であることは間違いない。だが、もうひとつ重要な使命として、歴史的な記録資料を残すことが挙げられる。三十年前の日本がどんな状況だったかを知ろうとすると、やはり新聞が筆頭に上がるだろう。では、福島第一原発の処理水放出から一年経ったいまを記録する資料として、新聞はその任に堪えているだろうか。 処理水の放出から一年が経った八月下旬、どの新聞社も特集を組んだ。中国が日本産水産物の輸入を禁止したことによって、その後、日本の水産物がどうなったかは誰もが知りたい情報だろう。そして福島の漁業がどうなったかも知りたいはずだ。そういう観点から、新聞を読んでみた。福島の漁業に活気は戻っていない? 毎日新聞の社会面(八月二十三日付)を読んだ。主見出しは「福島の海 活気返して」で、副見出しは「操業制限 漁師、東電へ不信なお」。地元の漁師を登場させ、「放出への不安や東電への不信感を拭えずにいる。いまも操業制限が続いており、かつてのような活気は戻っていない」と処理水の放出から一年経っても、活気は戻っていないと極めて悲観的なストーリーを載せた。 その一方で、福島の水産物の価格は高い水準を維持し、放出前より高値を付けることもあり、風評被害は出なかったと書く。ならば福島の水産物の明るい部分もあるはずだが、そのレポートはない。逆に、国と東電は「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」と約束したのに、海へ放出し、いまも県漁連は反対の姿勢を崩していないと書き、国や東電への不信感を強く印象づける記事を載せた。 さらに三面では、東京電力は二三年十月から風評被害を受けた漁業者や水産加工業者などに賠償手続きを開始したが、約五五〇件の請求のうち、支払いが決まったのは約一八〇件(約三二〇億円)しかなく、賠償が滞っている様子を強く訴えた。しかも、大半は門前払いで泣き寝入りだという大学教授のコメントも載せた。同じ三面の別の記事では水処理をめぐるトラブルを取り上げ、見出しで「後絶たぬトラブル 東電に疑念」と形容するなど東電への批判を繰り返した。 かなり偏った内容(歴史的記録)に思えるが、同じ毎日新聞でも千葉支局の記者がルポした千葉版の記事(八月二十七日付)は違った。こちらは見出しが「福島原発でヒラメ飼育 1号機『普通の服装』で見学 処理水の安全、魚でテスト」と、敷地内の様子を極めて素直な目線でレポートしていた。これを読む限り、処理水の放出と廃炉作業は少しずつではあるが、前進している印象を与える。 ただ、毎日新聞からは水産物のその後の全体像はつかめず、一紙だけでは歴史的記録としては不十分なのが分かる。東京新聞はネガティブな印象を強調 毎日新聞の記事は全体として悲観的なトーンだが、東京新聞はさらにネガティブだ。一面で「七回で五・五万トン 収まらぬ漁業被害」「今も反対、政府は責任を」「首相近く退陣 漁師不安」と不安を強調し、二面では「汚泥 待ち受ける難題 タンク解体」「過酷作業 被ばくの不安」と、今度はタンクの「解体」や汚染水の処理過程で発生する「汚泥」の保管・処分をどうするかという難題が立ちはだかると厳しい内容を載せた。記事からは課題は分かるものの、前進している材料は全く見えない。これも歴史的記録の一面しか伝えていないように思える。読売・産経はホタテの脱中国に着目 毎日新聞と東京新聞を読む限り、暗い気持ちになるが、読売新聞(八月二十五日付)を読むと、一面で「処理水放出一年異常なし」、社会面では「処理水放出 不屈の漁業」「国内消費拡大・輸出『脱中国』へ」との見出しで明るい面を強調した。社会面の記事では「風評被害の拡大も懸念されたが、好調な国内消費や支援の声に支えられ、漁業関係者らは踏みとどまってきた」と書き、希望を持たせる印象を与えた。 社会面記事は、北海道湧別町のホタテ漁の写真を載せ、「今の湧別町には活気がある。官民挙げて取り組んだ消費拡大キャンペーンの結果、国内消費が好調であるためだ」と書いた。ホタテはふるさと納税の返礼品としても人気があり、別海町は二三年度の寄付額が百三十九億三百万円と前年度の二倍になったという内容も載せ、脱中国に向けて欧米への輸出にも取り組む様子を力強く伝えた。 三面では「政府、水産業支援を継続」という文言を見出しにし、「タンク解体、来年にも開始」とほぼ計画通りに進む様子を伝えた。 読売新聞の記事を読むと、毎日新聞や東京新聞とは全く逆の印象を受ける。毎日新聞に登場する漁業関係者は東電への批判を口にするが、読売新聞では漁業関係者が以前の日常に向けて頑張っている様子が伝わってくる。 産経新聞(八月二十五日付)は三面で「ホタテ輸出 脱中国進む、上期ゼロ、米向けなど急増」との見出しでホタテの輸出が増えている様子を伝えた。ホタテに着目した点は、読売新聞と同じであり、内容も読売新聞と似ている。朝日は意外に穏当か では、朝日新聞はホタテの状況をどう報じたのだろうか。八月二十四日付の社会面を見ると、「ホタテ『王様』復活なるか 国内消費上向き 中国への輸出見通せず」との見出しで「(中国への輸出の)主役だったホタテは行き場を失い危機的な状況に一時陥ったが、国内消費は上向きで回復に向かっている」と明るい要素もあることを報じた。国は基金や予備費を使い、約一千億円を投入、北海道の森町などは水産加工業者からホタテを買い取り、全国の学校給食に無償提供したと書き、自治体の奮闘ぶりを紹介した。また、ホタテの輸出量は減ったものの、米国、ベトナム、タイの三か国が中国の禁輸で行き場を失った分の約五割をカバーしたとも書いた。「楽観はできない」と書きつつも、朝日の記事は読売のトーンに近く、意外に穏当な内容だ。歴史的な記録は全紙が揃って初めて成立? これまでの記事を読み、みなさんは新聞の歴史的な記録を残す価値をどう思われただろうか。同じ現象を報じた歴史的な記録と言いながら、中身は新聞によってかなり異なることが分かるだろう。どの新聞も現象の一断面を切り取って記録していることがよく分かる。 つまり、一紙や二紙では歴史の記録者としての任は果たせない。裏返せば、新聞社の数(記者の数)が多いほど、歴史の多面的な現象を後世に伝えることが可能になる。そういう意味では、いま新聞の販売部数(記者の数も)が減少の一途をたどり、新聞社がつぶれそうな状況になっているのは、多様な歴史的な記録物を残す観点からみると極めて由々しき事態だといえる。 では、新聞社を残す方法はあるのだろうか。提案したいのは、読売新聞の読者はたまには産経新聞を読む、そして朝日新聞の読者はたまには毎日新聞や東京新聞を読むといった「交互購読」で大手五紙を共存させる方法だ。新聞社が減れば、いまの歴史の真実を後世に残す手立てが消えることに通じる。処理水から一年経った各紙の記事を読み比べてみて、そのことに気づいた。前回のコラムの最後に「重大なことに気づいた」と書いたのは、このことである。
- 20 Sep 2024
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処理水放出から一年 奇しくも朝日と産経が 絶妙なコンビで中国批判
二〇二四年九月六日 福島第一原発の処理水の海洋放出が始まって、一年がたった。大手新聞がどんな報道をしたかを読み比べしたところ、驚愕の事実を発見した。なんと朝日、毎日、産経の各新聞が足並みを揃えたかのように、中国の日本産禁輸を批判する内容を載せた。特に朝日と産経が似た論調を載せたのは極めて異例だ。いったいどんな論調なのか。最大の武器は「自己矛盾」を突くこと だれかを批判するときに最も効果的な武器は、相手の言い分の「自己矛盾」を鋭く突くことである。相手に「痛いところを突かれた。勘弁してくれ」と言わしめる急所を突く論法である。 では、処理水の自己矛盾とは何だろうか。 中国政府は処理水を「核汚染水」と呼び、国民の健康と食品の安全を守るためと称して日本からの水産物の輸入を禁止した。これは言い換えると「日本の沖合で取れた魚介類は核汚染水で汚染されていて危ないから、中国の消費者には食べさせない」という国家の意思表示である。 ところが、中国の漁船は日本の沖合に堂々と来て、魚介類を取り、中国で販売している。同じ太平洋の海で捕獲しながら、日本の漁船が取って、日本に持ち帰った魚は危ないが、中国の漁船が取って、中国の港に持ち帰った魚は安全だという中国の論理は、どうみても自己矛盾の極みである。 中国の禁輸措置を批判する場合、いろいろな言い方はあるだろが、私は、大手新聞がこの自己矛盾をどう報じたかに注目した。朝日新聞は地図入りで矛盾を指摘 すると、なんと朝日新聞は八月二十四日付朝刊の一面トップで「処理水放出 漁続ける中国 日本産禁輸でも近海で操業」という大見出しで中国の自己矛盾を大きく報じた。 記事によると、当初、中国は日本の汚染水は放出から八か月で中国の沿海に届くと言っていた。この通りだとすれば、中国の漁船が中国の沿海で漁をすることは不可能になる。ところが、そんな事情にお構いなく、中国の沿海では八百隻を超える漁船が漁を続けている。中国の漁師は「もし汚染があれば、国(中国政府)は我々に漁をさせない」と意に介さない様子だ。福建省全体からは日本沖の太平洋に向かう漁船が毎日出漁している。 さらに日本の近海でも中国の漁船が多数出漁し、北海道の東方沖の公海にはサンマ、サバ、イワシなどの中国漁船が活発に活動している。そうした中国漁船の操業状況がひと目で分かるよう、朝日新聞は「明るい部分ほど盛んに操業」との解説を入れた日本周辺の海図を載せた。この記事を読んだ朝日新聞の読者はきっとこう思ったに違いない。 「中国は言っていることと、やっていることが全く矛盾している。日本産水産物の輸入を禁止したのは、食の安全とは全く関係ないことがこれで分かった」。 この朝日新聞の記事は、中国の矛盾した態度を鋭く突く、拍手喝采ものの傑作だろう。産経新聞も朝日新聞と同様に鋭く突いた 驚いたのは、産経新聞の八月二十五日付朝刊の一面トップ記事と、三面の特集記事を見たときだ。朝日新聞とそっくりの内容なのだ。三面の見出しは「中国、禁輸でも日本沖で操業」と、朝日新聞の「日本産禁輸でも近海で操業」とほぼ同じ内容だ。 産経新聞の三面記事の前文の締め言葉は、「中国は禁輸措置の一方、中国漁船が日本沖で取った海産物を自国産として流通させる矛盾した対応を取り続けている」と厳しく断じた。 そして、産経新聞も朝日新聞と同様に、「中国漁船が操業している日本周辺の水域」と題した地図まで載せた。そのうえで、はっきりと「中国漁船が福島県や北海道の東方沖の北太平洋でサンマやサバの漁を続けている。同じ海域で日本漁船が取ったサンマは日本産として輸入を認めない半面、中国漁船が中国の港に水揚げすれば、中国産として国内で流通させている。日本政府関係者は不合理としか思えないと批判する」と書いた。 言わんとしていることは産経も朝日と同じである。おそらく新聞の題字(ロゴ)を隠して記事を読み比べたら、どちらが産経か朝日か見分けにくいだろう。毎日新聞も社説で矛盾を指摘 おもしろいことに、毎日新聞も八月二十四日付社説で中国の矛盾した態度を指摘した。社説は後半で「中国政府は『食品の安全と国民の健康を守る』と禁輸を正当化しながら、中国漁船による三陸沖の公海などでの操業は規制していない。これでは矛盾していると言わざるを得ない」ときっぱりと言い放った。 朝日、毎日、産経が横並びで中国の禁輸措置を「矛盾」と形容して批判する記事は、そうそうお目にかかれない。朝日新聞の記事を喜ばない読者もいる! 最後に、この一連の報道に関する、私のちょっとした考察を述べてみたい。 普段は真逆の朝日と産経が的確な記事を報じたわけだが、それぞれの読者層からは、いったいどう評価されているのだろうか。今回の朝日の記事を私は高く評価するが、左派リベラル層はおそらく苦々しく思っていることだろう。 朝日新聞が一年前に中国の禁輸に対して「筋が通らぬ威圧やめよ」と書いたところ、「朝日はおかしくないか。批判すべきは海洋放出を強行した政府ではないか」と主張するネット記事が出た。そう、左派リベラル層が朝日に期待しているのは中国への批判よりも、日本政府や巨大企業への鋭い批判である。だとすると、朝日新聞が地図まで示して中国の矛盾を鋭く突けば突くほど、朝日の読者層は「最近の朝日はおかしくないか」との思いを募らせるであろうことが想像される。一方、産経の論調は首尾一貫しており、読者層は「よくぞ書いた」と喝采を送っていることだろう。 朝日新聞の記者とて、矛盾が明らかな以上、中国の禁輸の矛盾を書かないわけにはいかない。ただ、記者が鋭い記事を書いても、それを喜ばない読者層がいることを思うと、記者の悩ましいジレンマが伝わってくる気がする。 処理水の報道をめぐっては、もうひとつ重大なことに気づいた。それは次回に詳述する。
- 06 Sep 2024
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中国 寧徳5号機と石島湾1号機が着工
7月28日、中国で新たに2基の原子力発電所が着工した。着工したのは、中国広核集団(CGN)が事業主体となる福建省の寧徳(Ningde)5号機(PWR、108.9万kW)、および中国華能集団(China Huaneng:CHNG)が事業主体となる山東省の石島湾(Shidaowan)1号機(PWR、115.0万kW)の2基で、両機ともに中国が独自開発した第3世代PWR「華龍一号」(HPR1000)を採用している。今回の2基を合わせ、中国では2024年に入り、計5基(漳州Ⅱ-1、廉江2、徐大堡2、寧徳5、石島湾1)を着工した。 寧徳原子力発電所ではすでに、第2世代のPWR設計「CPR-1000」を採用したⅠ期工事の1、2、3、4号機がそれぞれ営業運転中で、1号機は2008年2月に着工、2013年4月に営業運転を開始した福建省初の原子力発電所。Ⅱ期工事となる5、6号機は、2023年7月31日に国務院が建設を承認しており、6号機についても「華龍一号」を採用予定である。CGNによると、両機の1基あたりの年間発電量は約100億kWhだという。一方、石島湾1号機は、華能山東石島湾サイトにⅠ期工事として建設が開始されたもの。CHNGは同サイトに華龍一号を最終的に4基・計480万kWを2期に分けて建設する予定で、Ⅰ期工事にあたる1~2号機は2029年に完成、運開予定だ。 同サイトには、2023年12月に世界初の第4世代炉の小型モジュール炉(SMR)である華能山東石島湾(HTGR=HTR-PM、21.1万kW)が営業運転を開始しており、2024年3月にはその原子炉熱を利用し、地域暖房プロジェクトが始動している。CHNGは、同サイトが第3世代炉と第4世代の先進原子力技術を同時に採用する一大拠点になると強調している。華龍一号は、中国の主力輸出炉としても位置付けられ、海外への輸出実績もある。既にパキスタンのカラチ原子力発電所で2021年5月に2号機が、2022年4月に3号機がそれぞれ営業運転を開始している。2022年2月には、アルゼンチンの国営原子力発電会社(NA-SA)とCNNCがアルゼンチンでの華龍一号の建設に向けてEPC(設計・調達・建設)契約を締結したほか、英国やトルコなどへのプラント輸出の動きもある。
- 02 Aug 2024
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中国 徐大堡2号機が着工
中国東北部の遼寧省で7月17日、中国核工業集団公司(CNNC)の徐大堡原子力発電所2号機(PWR=CAP1000、129.1万kWe)が着工した。徐大堡(Xudabao)原子力発電所は、遼寧省最大のクリーンプロジェクトの1つ。1、2号機は、米ウェスチングハウス(WE)社製「AP1000」の中国版標準炉モデルである「CAP1000」を採用している。1号機(125.3万kWe)は2023年11月に着工した。両機の投資総額は480億元(約1兆円)を超え、それぞれ2028年と2029年に運転を開始する予定だ。3、4号機は、ロシア型PWRである「VVER-1200」(各127.4万kWe)を採用し、それぞれ2021年、2022年に着工済み。両機とも設備設置段階に入り、2027年と2028年の運転を開始予定だ。全4基合わせて、年間約360億kWhの発電電力量が予想されている。
- 22 Jul 2024
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中国 UAEやフランスとの関係強化
中国の北京において5月30日、中国の習近平国家主席とアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領の立会いのもと、原子力の平和利用に関する二国間協力文書が調印されたことを受け、中国核工業集団(CNNC)と首長国原子力会社(ENEC)は、戦略的協力に関する覚書(MOU)を締結した。CNNCの余剣鋒理事長とENEC社のモハメド・アル・ハマディCEOが調印した本MOUは、短期および長期の燃料サイクル調達、民生用原子力施設の運転・保守(O&M)におけるベストプラクティスの開発などにおける協力の枠組みとなる。研究開発における協力分野には、水素製造技術や海水淡水化などにおける原子力利用が含まれている。本MOUは、2023年12月にUAEで開催された第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)にて両社が締結した高温ガス炉(HTGR)などの第三国での新規原子力発電所の建設と先進原子炉技術の展開の機会を探るための覚書をベースにしている。また同じく5月30日、CNNCの余剣鋒理事長はフランス電力(EDF)のL.レモント会長兼CEOと会談し、原子力に関連する様々な分野での協力の一層強化をはかるため、両国間の原子力エネルギーに関する包括的協力協定を締結したほか、先進的な原子力発電所建設に関する特別協力協定も締結した。今年は中国とフランスの外交関係樹立60周年、EDFの中国原子力市場への参入40周年にあたる。5月上旬の習近平国家主席の訪仏を機に、5月6日にパリで開催された第6回中仏企業委員会において、中国広核集団(CGN)の楊長利理事長とEDFのレモント会長兼CEOは「原子力分野での協力深化に関する基本合意書(LOI)」に調印。原子力エンジニアリング、建設、人材育成などの分野での協力をさらに拡大・強化するとしている。CGNとEDFは、中国とフランスの民生用原子力協力の戦略的パートナーとして、広東省の大亜湾原子力発電所の建設以来40年間緊密な協力関係にある。
- 12 Jun 2024
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脱炭素報道に見るCO2削減は、だれも抗えない「不可侵な目的」なのか
二〇二四年六月十日 東京都が新築住宅に太陽光パネルの設置(二〇二五年四月から施行)を義務づける問題で五月二十八日、杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹ら四人が記者会見を行い、設置義務化の中止・撤回を求める請願書を知事に提出した。翌日のニュースでは夕刊フジを除き、記事にはなっていないが、この会見を聞いていて、メディアの盲点に気づいた。それは何か。中国のジェノサイドに加担か? この問題での会見は二〇二二年十二月に次いで二回目だ。今回は杉山氏のほか、経済安全保障アナリストの平井宏治氏、「全国再エネ問題連絡会」共同代表の山口雅之氏、上田令子・東京都議会議員の四人が会見に臨んだ。杉山氏は「日本の太陽光パネルの約八割は中国からの輸入品だが、その約半分は強制労働の疑いが強い新疆ウイグル自治区で生産されている。しかも、石炭火力を使ってパネルを生産しており、CO2を発生させている」と衛星画像の写真を示しながら、東京都の設置義務化はジェノサイド(集団的な残虐行為)に加担するものだと訴えた。左から上田都議、杉山氏、平井氏、山口氏 さらに「太陽光発電の平均利用率は一七%程度なので、太陽光が稼働していないときは火力発電が必要になり、二重投資だ。太陽光発電が増えた西欧では電気代が上がっている」と語り、小池知事は設置義務に伴って増える費用負担が全国民に及ぶことを説明すべきだと強調した。再エネ賦課金は再エネ事業者への贈与 平井氏は、英国の二名の専門家が中国での太陽光パネルの生産実態を克明に報告したレポートを片手に「中国製太陽光パネルには人権侵害(強制労働)で製造されたポリシリコンを使用しているものがあり、東京都は人権侵害サプライチェーンに組み込まれる。メディアはこの問題をもっと報道してほしい」と訴えた。 固定価格買取制度(FIT)とは、太陽光や風力などの再生可能エネルギー業者が、電力会社に固定価格で二十年間売電し、電力会社がこれを買い取ることを国が約束する制度である。その買取費用は電気を利用するすべての人が再エネ賦課金として負担し、その額は年間約三兆円にもなる。平井氏は「再エネ賦課金は、全ての電気利用者から電気代とは別に強制徴収されるもので、全電気利用者から再エネ事業者への贈与である」と語り、太陽光発電事業者などが、再エネ賦課金を原資とする利益の一部を「再生可能エネルギー普及拡大議員連盟」の議員に政治献金としてキックバックする利権構造が、再エネ推進のひとつの原動力になっていると指摘した。 山口氏は「太陽光発電は土砂災害、災害時の感電、環境破壊、悪質な事業者の存在、人権侵害など問題だらけだ」と訴えた。 会見には私も含め、約十名の記者が出席していた。前回の会見ほどの記者は集まらなかったが、杉山氏らの熱い訴えは記者たちの心に通じたと感じた。印象に残ったのは、東京新聞の記者が「太陽光以外に二酸化炭素を減らす方法はあるのか」と尋ね、NHKの記者も似たような質問をしたことだ。杉山氏は「原子力などがある。蓄電池を使っても、太陽光の平均利用率が低い壁は超えられず、三重投資になるだけだ」と答えていた。CO2削減はもはや「神」のような存在か そうしたやりとりを聞いていて、ハッと気づいたことがある。記者たちは「今はCO2を何としても削減しなくてはいけない。そのためなら、太陽光の利用率が低くても、また電気代が上がっても、また全国民に負担が増えても、それはそれでしかたがない」と思っているのではないか。そんな気がしたのである。 世の中の空気やメディアの動きを見てみよう。少しでもCO2が減るならば、日本が誇るべき高性能の石炭火力産業が滅んでもやむを得ない。少しでもCO2が減るならば、日本が世界に誇るべきハイブリッド車が滅んでもやむを得ない。少しでもCO2が減るならば、西欧に追随するのもやむを得ない。そんな空気があるのではないだろうか。 大手金融機関が石炭火力など化石燃料事業への融資を止める愚かな所業を見ていると、もはや「CO2の削減」は、だれも逆らえない絶対的な至上命令であり、まるで宗教の原理主義もしくは神聖不可侵の「神」かのような存在にみえる。「目的」を問うことが重要 この「神」は新型コロナの流行時に恐るべき威力を発揮した。新型コロナが猛威を振るった当時を冷静に振り返ってみよう。感染リスクを防ぐという絶対的な目的の前に、人々はいともたやすく外出・移動制限を受け入れた(=移動の自由の権利を手放した)。そして、会食や会議も開かず、イベントの開催も中止、ちょっと咳をするような人がバスに乗ろうものなら、一斉にその人を非難した。飲食店がつぶれて、自殺者が続出してもみな沈黙していた。身内に重症患者が出ても面会にも行けず、親しい死者を弔う葬儀へも行けなかった。 そこに立ち現れたのは、お互いがお互いを監視する恐るべき社会だった。 当時、私の友人は神経性の病で余命一か月と宣告された。私は病棟へ行こうとしたが、コロナ感染防止を理由に面会が許されなかった。友人は一か月後に他界した。長年の友に「ありがとう」の一言さえ言えなかった。コロナ感染を防ぐという緊急事態の前に、全国民がひれ伏すしかなかった。 これが何を意味するかと言えば、「コロナ感染を防ぐ」という「目的」が正しければ、どんな横暴な手段も正当化され、抗えないということだ。目的を達成するための手段が非合理なものでも、異議を唱えることが難しくなる。それが新型コロナ感染のときに繰り広げられた恐怖の構図だ。もうお分かりだろう。「CO2の削減」が絶対的に正しい目的なのであれば、いかにおかしな政策でも、抗うことが難しくなるのである。「CO2減じて国破れたり」 「国破れて山河あり」をもじって言えば、「CO2減じて国破れたり」だ。CO2をいくら削減したところで、自国産業が滅んでは意味がない。たとえCO2が減っても、日本のGDP(国内総生産)が減れば、何の意味があろう。CO2を減らしたけれど、貧困は改善されず、経済格差も縮小されない。そんな結果になっても、CO2が減ったからよかったではないか、とでもいうのだろうか。 二〇五〇年、CO2は減ったけれども、裕福な国や層しか生き残っていない。そんな世界に突き進んでいる気がする。 東京都は再生可能エネルギーの促進などに千九百七十億円(二四年度予算)を投入する。杉山氏は千九百七十億円を費やしても、「気温の低下は〇・〇〇〇〇〇〇二度に過ぎない」との試算結果を示す。ほとんど効果なしである。しかし、CO2を削減するためなら、税金の無駄遣いも、電気代の負担増も、中国への依存も許されるのだろうか。 CO2を削減するために何をなすべきか、ではなく、そもそもCO2の削減は本当に正しい目的なのかをいまこそ問うべきではないだろうか。仮に洪水被害の防止が目的ならば、CO2削減よりも確実な対処法はいくらでもある。また仮に異常気象による被害を抑えるのが目的ならば、経済的な力を蓄えておくほうが手際よく対処できる。いったい、東京都はCO2を削減して、何を達成しようというのだろうか。 今こそ、みなが当たり前だと思い込んでいる「目的」を冷静に考え直すことが必要ではないか。目的が正しいとメディア、国民が思っている限り、行政による膨大な無駄遣いは続く。記者会見を聞いていて、そう気づいた。 なんと東京新聞が六月八日、「多額の税金を投入して見合う効果が出るのか疑問視する声も上がる」との見出しで、この問題を記事にした。太陽光の問題点として水没時の感電や廃棄時のコスト高に言及し、肝心の中国のジェノサイドへの依存や都民以外にも電気代アップのツケを回す点には触れなかった。とはいえ、会見の模様を写真付きで載せ、問題を提起した意義は高い。東京都庁の記者のほとんどは小池シンパと聞いていただけに、記者魂の一端を感じた。 【参考文献】『目的への抵抗・シリーズ哲学講話』(國分功一郎著・新潮新書)『ウイグル人に何が起きているのか』(福島香織著・PHP新書)『在日ウイグル人が明かすウイグル・ジェノサイド』(ムカイダイス著・ハート出版)『フェイクを見抜く』(唐木英明・小島正美共著・ウェッジブックス)
- 10 Jun 2024
- COLUMN
