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今も続く米国原子力の危機
電力部門の炭素放出量を減少させる上で、原子力発電の活用は非常に効果的だ。炭素放出量を減少させる上で費用対効果が最も大きな手段は既設原子力発電所をできるだけ長期にわたって運転し続けることだ。にもかかわらず、米国内の複数の既設原子力発電所が早期閉鎖され、さらに他にも早期閉鎖されそうな発電所が多くある。この市場の失敗に対して合衆国政府には動きがなく、各州政府のみが対処をはかっているようにしか見えない。最近の経緯2013年以降、3基の既設原子力発電所が純粋に経済的な理由から閉鎖されている。キウォーニが2013年5月に、バーモントヤンキーが2014年12月に、そしてフォートカルホーンが2016年10月に閉鎖された。これらの発電所では自由化市場からの収入では発電所の運転費用を賄うことができなかった。さらにこれらの発電所の他、クリスタルリバーとサンオノフレの2発電所が大規模保修のコストがかさんだことで早期閉鎖されている。クリスタルリバーは2013年2月に、またサンオノフレは2013年6月に閉鎖された。もしも原子力発電所が生む電力の価値がもっと高く評価されていたとすれば、これらの発電所を所有する電力会社はそうした大規模保修の費用を支出してでも全出力で再度稼働させることが正当化できる、と考えたかもしれない。ニュージャージー州のオイスタークリーク原子力発電所は2018年に早期閉鎖された。許認可上、同発電所は2029年までの運転が可能であった。またエクセロン社とニュージャージー州は、2019年までは多額の費用を要する冷却塔の追加設置を行うことなく運転することで合意していた。しかしエクセロン社はその期限よりも1年前に閉鎖を決めた。その他にもニューヨーク州のナインマイルポイント、フィッツパトリック、ギネイ、イリノイ州のクリントン、クアド・シティーズなど、経済的理由で早期閉鎖が予定されている既設原子力発電所がいくつかある。そうした早期閉鎖計画の発表を受けてニューヨーク州とイリノイ州はゼロ・エミッション・クレジット(ZEC)プログラムを策定し施行した。危機に瀕していた両州のこれら原子力発電所はZECプログラムによる追加収入があったおかげで運転が継続されている。ZECプログラムは市場の失敗に終止符を打つために政府が取る適切な措置であると言える。本コメンタリーでは、ここ過去1年ほどの間に原子力発電所の早期閉鎖防止のために何がなされ、また何がなされなかったのか、最新情報をとりまとめてみたい。合衆国レベルのアクション合衆国レベルで原子力発電所の早期閉鎖を防止するためにこれまで取られた施策はほとんどない。イリノイ、ニューヨーク両州のZECプログラムを是とした控訴審決定は最高裁に上告されている。エネルギー省(DOE)が提案していた電力システム系統信頼度・レジリエンス向上のための価格設定ルール化(レジリエンス・イニシアティブ)の検討は中断され、追加措置検討も保留されている。NRCへの運転期間延長申請(1度目の合計60年間運転、2度目の合計80年間運転とも)は順調に審査が行われている。最高裁 ニューヨーク、イリノイ両州のZECプログラムはその是非を巡って裁判所で訴訟となっている。これまでのところ裁判所はZECプログラムを中止すべきとの申立てを却下している。しかし連邦第7巡回区控訴裁判所が下したイリノイ州のZECプログラムを是とする決定を不服として、2019年1月に複数の発電会社が共同で最高裁に上告を行った。だがこのイリノイ州のZECプログラムについての控訴審決定や、ニューヨーク州のZECプログラムを同様に是とした連邦第2巡回区控訴裁判所が下した決定を最高裁が覆す可能性は低いと電力業界は見ているように思われる。もしもこれら控訴審決定が覆されることとなれば、先行判例であるヒューズ・メリーランド州公益事業委員会委員長とタレンエナジーマーケティング社間の係争((訳注:Nuclear Economics Consulting Group コメンタリー第 13 回「デービスベッセ原子力発電所」でも本決定について触れられている。))に関する最高裁決定をも覆すこととなり、多くの州で実施されている再生可能エネルギーに関するプログラムについても問題を引き起こすことになる可能性があると思われる。DOEのイニシアティブ2017年9月、米国エネルギー省(DOE)は米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)に対し、電力システムのレジリエンス維持を目的とした規則制定予告(NOPR)を送付した。このNOPRは当該発電所サイト内に90日分の燃料備蓄を有する発電所(すなわち原子力発電所やほとんどの石炭火力発電所)に対してそのコスト回収を保証するものであった。しかしFERCはこのNOPRを却下し、代わりに各地域の市場/電力システム運営者に対し電力システムのレジリエンス問題を評価することを要求した。2018年、ファースト・エナジー社はDOEに対し、PJM内にある石炭火力と原子力発電所についてコスト回収を可能とする緊急指令を発令するように要請した。この要請ならびにDOEのNOPRについて再度検討することについては、現時点でも保留されたままであり、これ以上検討はされない可能性もある。NRCNRCの状況には既設原子力発電所にとっていくつかの朗報がある。いくつかの既設原子力発電所はさらに長期間の運転が可能となるかもしれない。米国内ほとんどの原子力発電所は既に1回目の20年間の運転期間延長を申請し、認可を得ており、その結果合計60年間の運転が可能となっている。NRCが審査中であったシーブルックの1回目の運転期間延長申請は2019年3月12日に認可された。またNRCは2回目の運転期間延長申請の審査も開始しており、これがもしも認可されれば原子力発電所は合計80年間にわたって運転可能ということになる。フロリダ州のターキーポイント、ペンシルバニア州のピーチボトム、バージニア州のサリーの各原子力発電所はこの2回目の申請を既に提出しており、またバージニア州のノースアナも2020年には申請を行う予定である。各州の出来事アリゾナ州アリゾナ州では2018年の住民投票の結果、再生可能エネルギー利用促進に関するプロポジション127が否決された。プロポジション127は州内電力各社が2030年までに最低でも50%の電力を再生可能エネルギーで調達することを求めるもので、この再生可能エネルギーの定義には原子力は含まれていなかった。このプロポジション127否認は、もしもそれが可決され施行されたならば早期閉鎖されることになると考えられていたパロベルデ原子力発電所にとってみれば好結果であった。カリフォルニア州 2018年のはじめ、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)は、ディアブロキャニオン原子力発電所の所有者であるパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック(PG&E)社がNRCに対して20年間の運転期間延長申請は行わず、NRCの運転認可が切れる2024年と2025年に同発電所1、2号機を閉鎖することを承認した。 このPG&Eとの合意では、ディアブロキャニオンからのクリーンな電力がなくなった分は、他の炭素放出量ゼロの電源で代替されることとしている。しかしディアブロキャニオンからの電力を代替する手段の詳細や、そのコストの大きさについてはこれから検討される予定の「総合電源供給計画」の結果をみてみないと分からない。カリフォルニア州は炭素放出量削減に対して積極的な目標(すなわち2045年までに全電力量を炭素放出量ゼロの電源で賄う)を設定しているが、ディアブロキャニオン原子力発電所を早期閉鎖することでこの目標達成はさらに難しくなった。コネチカット州2019年3月15日、ミルストン原子力発電所の所有者であるドミニオン・エナジー社は、コネチカット州の炭素放出量ゼロの発電容量を導入するプログラムについて合意に達したと発表した。コネチカット州規制当局はミルストン発電所が早期閉鎖されるリスクがあると結論づけた上で炭素放出量ゼロの発電容量入札を行い、今後10年間分についてミルストン発電所が落札した。イリノイ州イリノイ州では州のZECプログラムの結果、クアド・シティーズ、クリントン両原子力発電所の早期閉鎖をうまく防止することができた。2019年のはじめ、エクセロン社がイリノイ州で所有するその他の3原子力発電所(つまりドレスデン、ブレードウッド、及びバイロン各原子力発電所)も早期閉鎖の可能性に直面しているという報道があった。この3発電所の容量市場での契約では、ドレスデンは2021年、バイロンとブレードウッドは2022年までは閉鎖できないことになっている。本件についてはエクセロン社と州関係者との間で交渉が続いている。他方、同州では積極的な再生可能エネルギー導入(つまり2030年までに45%、2050年までに100%)に向けた新たな州法案が提案されている。この再生可能エネルギーの定義には原子力は含まれていない。アイオワ州デュアン・アーノルド原子力発電所の1回目の運転期間延長は既に認可されており、2034年までの運転が可能となっている。アイオワ州電力委員会は2013年、同発電所の電力売買契約を2025年まで延長することを承認した。しかし2018年、同委員会は、この電力売買契約を2020年までとする和解契約を承認し、デュアン・アーノルドは2020年に閉鎖されることとなった。マサチューセッツ州 ピルグリム原子力発電所は1回目の運転期間延長の認可を得ており2032年まで運転が可能である。しかしピルグリムは2019年6月に閉鎖されることになった。所有者のエンタジー社はピルグリムをホルテック・インターナショナル社に売却することで合意しており、以降ホルテック社が廃炉作業を実施することになる。ミシガン州 パリセード原子力発電所は1回目の運転期間延長の認可を得ており2031年まで運転が可能である。しかしパリセードはコンシューマー・エナジー社との電力売買契約が終了する2022年に早期閉鎖されることとなっている。所有者のエンタジー社は原子炉停止後、パリセードをホルテック・インターナショナル社に売却することで合意しており、以降ホルテック社が同発電所の廃炉作業を引き継いで実施することになっている。ミネソタ州 プレーリー・アイランド原子力発電所は既設原子力発電所のなかでも比較的高コストであり(つまり小型でかつ単機の発電所であり)、電力市場価格が低い価格で推移する中、潜在的にみて経済的理由で早期閉鎖される恐れがあると考えられている発電所の一つである。2019年のはじめ、ミネソタ州は2050年までに同州の電源からの炭素放出量をゼロにするという脱炭素化計画法案を提案した。同州のプレーリー・アイランド及びモンティセロ原子力発電所を所有するエクセル・エナジー社も2030年までに炭素放出量を80%削減し、2050年までに同社電源からの炭素放出量をゼロにする同社独自の計画を持っている。この両者の計画では原子力発電所の稼働を含めて考えているように見受けられるが、そこにはいくつかの問題点がある。つまり、ミネソタ州の原子力発電所は2050年以降も長期にわたっての運転はできないかもしれない。プレーリー・アイランド1、2号機の運転開始は1974年であり、両号機とも1回目の運転期間延長申請の認可を得ており、運転許可はそれぞれ2033年と2034年まで延長されている。もしもこれらの2基が2回目の運転期間延長認可を得るとすれば(申請はまだ提出されていないが)、両号機はそれぞれ2053年と2054年までは運転を継続できるかもしれない。しかし実際に州議会に提出された脱炭素目標実施法案(HF1956)の「脱炭素電源」の定義から州内の既設原子力発電所は除外されている。この実施法案では州内の新規原子力発電所は脱炭素電源として認めることになっていると思われる。しかしながらミネソタ州では新規原子力発電所建設は禁止されていることから、この禁止を解除する法案が現在議論されている。ミネソタ州やエクセル・エナジー社の脱炭素電源化計画は、州内既設原子力発電所は早期閉鎖はされないかもしれないと期待を抱かせるものではあるが、これらの計画が本当に実施に移されるか否かは不透明である。ニュージャージー州ニュージャージー州は2018年、同州公益事業委員会(NJBPU)に対してZECプログラムを立案、施行することを要求する法案を可決した。NJBPUは同年11月、ZECプログラム案を承認、ZECの施行手続きを開始した。パブリック・サービス・エンタープライズ・グループ社(PSEG社)は所有する3基の原子力(つまりホープクリーク、セーレム1号機、2号機)についてZECの申請を行った。NJBPUはこの申請内容を審査し公益事業委員会スタッフ並びにコンサルタントが評価結果を取りまとめ、2019年4月の委員会で報告する予定となっている。このニュージャージー州のZEC施行手続きは、その評価結果が公表される前に世論で取りざたされることとなった。同州公益料金協議会が、PSEG社の原子力発電所はZEC給付金の対象とすべきではない、との意向を公にする一方、PSEG社は、もしもZEC給付金が得られないならば原子力発電所は早期閉鎖する、と断言している。このニュージャージー州のZEC法とそれに基づくNJBPUによる同法の施行手続き実施は、PSEG社が所有する原子力発電所の早期閉鎖を防止し得る方策を提供するものではあるが、この手続きもまだ全てが完了したわけではない。ニューヨーク州 エンタジー社はインディアンポイント原子力発電所2、3号機をそれぞれ2020年と2021年に早期閉鎖すると公表している。エンタジー社は両号機の当初認可の運転期限である2013年と2015年から5年以上も前の2007年にNRCに対して両号機の運転期間延長申請を行っていた。この延長申請がNRCで審査中であったことから、当初認可の期限が切れた後も両号機は運転を継続していた。2018年、エンタジー社はニューヨーク州並びに運転期間延長に反対していた環境保護団体との間で、運転延長期間を短縮する補正申請を行うことなどについて合意に達した。NRCはこの短縮された運転期間延長申請を認め、両号機はそれぞれ2024年、2025年まで運転が可能となった。インディアンポイント原子力発電所2,3号機が閉鎖された後、エンタジー社は同発電所全体を廃止措置を実施する他社に売却するものと考えられている。オハイオ州ファーストエナジー社はオハイオ州内の2基の原子力発電所を早期閉鎖すると発表している。州もしくは連邦政府から追加の収入を得ることができないなら、デービスベッセ原子力発電所は2020年に、またペリー原子力発電所は2021年に閉鎖するとしている。これらの原子力発電所はこれまでも存在の危機にさらされてきた。2016年に州が発案したこれらの号機を再度料金規制下に置く案は結局認められなかった。2018年初頭、ファーストエナジー社は同社の原子力発電所(ならびに石炭発電所)に追加の収入をもたらすような緊急指令を法令に基づき発令してくれるようエネルギー省(DOE)に対して請願を行った。DOEに対してこの請願が行われて間もなく、ファーストエナジー社傘下で同社の原子力発電所を保有し競争市場で売電している子会社であるファーストエナジー・ソリューションズ社は連邦倒産法11章(チャプター11)による倒産手続きに入った。2018年にはオハイオ州内の原子力発電所に対して追加の収入源を確保するような立法措置が検討されるのではないかと予想されるに至った。過去、オハイオ州内の原子力発電所の早期閉鎖を防止するために払われた州の努力はいずれも失敗に終わっており、この新たな計画もまた強い反対に直面するものと考えられている。もしも法案が再生可能エネルギーも対象として含みうるものとなるなら、法案の支持を獲得する一助となる可能性はある。ペンシルバニア州 ファーストエネジー社は、もし追加の収入が確約されない場合は州内にある自社のビーバーバレー原子力発電所2021年に閉鎖するとの計画を公表している。エクセロン社も、もし追加の収入が確約されない場合はスリー・マイル・アイランド1号機(TMI 1号機)を2019年に閉鎖するとの計画を公表しており、最速ケースでは2019年6月(すなわち同社が原子燃料手配を行う必要がある時期)には同号機を2019年9月に閉鎖することを決定するかもしれないとしている。2019年3月、ペンシルバニア州公益事業委員会のアンドリュー・プレイス委員は、原子力発電所に対する政策上の選択肢をまとめた報告書を州議会議員に配布した。2019年3月10日には、2004年制定の法令で定めた再生可能エネルギーについての処置や補助金を同様に原子力発電所にも適用するべきとする、危機的状況にある州内の原子力発電所を救う可能性がある法案が提出された。しかしペンシルバニア州内原子力発電所の早期閉鎖防止に有効な立法措置をとろうとしたこれまでの努力はいずれも失敗に終わっており、この新法案もまた強い反対に直面している。ウイスコンシン州ウイスコンシン州では電力会社に対し2050年までに炭素放出量ゼロを達成することを要求する政策が提案されている。州の政策の具体的内容にもよるが、この政策が実現すればポイントビーチ原子力発電所の存続への一助となるかもしれない。しかしながら、ポイントビーチは1回目の運転期間延長の認可をNRCから受けてはいるが、その運転許可も2030年5月に期限を迎えることとなっており、同発電所は2030年以降は運転できない可能性もある。仮にポイントビーチが今後2回目の運転期間延長の申請を行い認可を得たとしても、運転期間は2050年までにしかならない。まとめ米国内の既設原子力発電所を見てみると、いくつか明るい見通しもあるものの、足元で迫られる判断の結果次第によっては今後、複数の発電所が早期閉鎖されてしまう可能性もある。既設原子力発電所の早期閉鎖に歯止めをかけるような政策提言が合衆国レベルで行われる動きはこれまでのところない。このため、各州が独自の施策を考えざるを得ない状況となっている。以下の表は早期閉鎖が予定されている既設原子力発電所と、早期閉鎖の危機にさらされている主要な発電所を取りまとめたものである。(編集部注記:ミルストン発電所については、2019年3月15日に価格合意が整ったことで、当面の早期閉鎖は回避。参照;原子力産業新聞2019年3月22日号) PDF版 ニュークリア・エコノミクス・コンサルティング・グループ(NECG)は、原子力発電事業に関する経済、ビジネス、規制、財務、地政学、法律など、多様で複雑な課題を掘り下げて分析している。我々が依頼元に提供する報告は客観的かつ厳格な分析に基づくものであり、かつそれらは実業界での経験を基にまとめられている。お問い合わせ先:Edward Kee +1 202 370 7713 edk@nuclear-economics.com
- 18 Mar 2019
- STUDY
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政府による原子力支援
IFNEC((IFNEC:"International Framework For Nuclear Energy Cooperation" “ 国際原子力パートナーシップ”))とNICE Future((NICE Future: "Nuclear Innovation: Clean Energy Future" “原子力イノベーション-将来のクリーンエネルギー”(クリーンエネルギー普及における原子力の役割につきエネルギー関係者との対話を行うためにクリーンエネルギー大臣会合(2018年5月)で設立された国際的枠組み)))イニシアチブが共催する「エネルギー過渡期における原子力を巡るチャンスと課題」という国際会議が 2018 年 11 月 13 日、14 日の両日、東京の経済産業省で開催された。私はこの度、この原子力利用における政府の役割を議論する会議に参加する栄に浴した。政府は原子力利用に関してこれまで重要な役割を担ってきたし、今後もその事情に変わりはない。自由化電力市場の中でも新規原子力が建設されるだろうと考えるのは楽観的にすぎると想定してみれば、政府が大きな役割を担ってこそはじめて民間投資が行われ原子力発電所の新設が実現するということがよくわかる。そして気候変動問題解決に効果がでるほどの規模で原子力発電所を建設しようとするならば、国としてそれを計画しなければそれはとても実現はできない。原子力開発をうまく進めるには何が必要か?私がプレゼンテーションで示した図1(末尾参照)は世界各国の既設の運転中原子力発電所と新設プラント(すなわち着工済みの原子力発電所)の設備容量を示したものである。これら世界各国の多数の原子力発電所を見てみれば原子力にどう取り組んでいけばよいのかがよく分かる。図2(末尾参照)ではこのうち自由化市場内にある原子力発電所(マーチャント原子力発電所)の設備容量を赤い斜線で示している。全体として見ればマーチャント原子力発電所はごく少数である。(それらのうちいくつかの発電所は以下に詳細示す通り経営困難に陥っている)自由化市場内において原子力発電所を動かすアプローチはうまく機能しておらず、それらの発電所に対して大きな経済的インセンティブが付与された場合でもその事情に変わりはない。これらの図から以下の結論を導くことができる。世界各国の状況を見れば原子力発電所の計画、建設をどのように行えばよいのか、答えはもう分かっている。既設原子力発電所のほとんどは料金規制下にある電力や公営電力によって建設され、運転されているものである。自由化市場内で原子力発電所を運営している事業者はごく少数である。料金規制下にある電力や公営電力による原子力発電にはうまくいった実績がある米国内で運転中の全ての既設原子力発電所は公営電力か、もしくは料金規制下にある電力によって計画・建設されたものである。料金規制下にある電力や公営電力では長期的な収益確保や建設費用回収が実質的に担保されている。そうしたアプローチをとれば原子力発電所も垂直統合された電力会社の大きな電源ポートフォリオの一部ということになる。料金規制下にある電力や公営電力は、自分の発電所建設に投資し、燃料費や運転費を支出しながら運転し、既設の発電所を何時廃止するかについても自らが決定することになる。そうした決定は、安定供給確保に焦点を当てつつ、長期にわたる費用総額をできるだけ小さくなるように立案した長期的な計画に基づいて行われることになる。マーチャント原子力発電所が機能するかどうか実証されていないマーチャント原子力発電所を所有する自由化市場内の発電事業者はその収入を市場に求めることになる。(一方、料金規制下の電源の費用回収や投資回収は規制で担保され、また公営電力の電源ではそうしたコストは国や自治体がカバーしてくれる)つまりマーチャント原子力発電所の所有者は大変に大きなリスクを背負っていることになる。新規建設されるマーチャント原子力発電所には建設工期遅れのリスクがあり、そのために非常に大きな財務上の不確定性を抱えることになる。また仮に建設が終わって営業運転に入っても、財務上あるいは収支上の大きなリスクを負うことになる可能性がある。世界を見ればマーチャント原子力発電所は英国と米国の一部に見られるだけである。しかもこれらのマーチャント原子力発電所は全てが元々は規制環境下にある電力か公営電力によって計画・建設されたもので、電気事業改革の結果、自由化市場内に置かれることになったものである。自由化市場内の発電事業者が原子力発電所の建設を計画した例はごく限られている。たとえマーチャント原子力発電所計画が政府の支援を得たとした場合でも・・電力自由化環境下にある事業者によって計画されている原子力建設計画も散見されるが、そのどれ一つを取ってみても電力市場からの売り上げだけに依存しているものはない。実際、事例ごとに程度こそ異なれ、そこでは必ず政府が支援を与えるというアプローチが取られている。トルコではトルコ国有の電力会社との買電契約に基づく BOO(Build-Own-Operate)での原子力建設計画が進められている。この買電契約は運転開始当初の暫くの間の収入額を確約するもので、さらにプラント所有者はプラント寿命中の一定期間の一部の発電量についてトルコ国内電力市場で相対買電契約を締結することで追加の収入を得ることが期待されている。この枠組みでロシアによるアックユでのマーチャント原子力発電所建設計画が進められており、その一部はいずれ売却することで投資者を募っている。フィンランドでは TVO 社とフェンノボイマ社が「マンカラ・モデル」を活用している。このモデルは米国における発送電協同モデルと類似のもので、発電会社は電力ユーザー企業を会員とする協同組合の形をとる。ユーザー企業は原子力発電所に対し持ち分に相当する投資を行う。また各企業はその持ち分比率分の投資額を拠出し、運転費用も同様に負担することで原子力発電所から持ち分比率分の発電電力量を受け取る。そうすることで発電会社である TVO 自身が負うリスクは比較的小さなものとなる一方、その分 TVO のオルキルオト3号機建設計画に参加している会員各社が持ち分比率に応じて全体のリスクを分担して負うことになる。英国ではヒンクリー・ポイントC発電所建設計画が進みだしたところだ。この建設計画では、英国電力市場内で売電しつつ運転することになっているが、その投資額を回収するための一連の財政的なインセンティブ制度が設けられている。このインセンティブ制度には長期にわたる買電契約が含まれており、将来の電力市場価格の変動に起因した収入変動リスクは生じないようになっている。なおそれでも発電所のオーナーは一定のリスク(すなわち建設費用超過や工期遅延)は負うこととなるが、このリスクを自由化市場内のプロジェクトと同様に扱うのかどうかについてはまだ明確にはされていない。私個人の見解を言わせて頂くなら、このヒンクリー・ポイントC 発電所計画(そしてそれはサイズウエルC発電所の計画とも関係する)は並外れて好条件の買電契約などのインセンティブ制度が適用されたからこそ実現したものだと思う。またこの計画では国営電力会社が(つまり英国内で稼働する全ての原子力発電所を所有する仏国国営電力であるフランス電力と中国国営電力である広東核電集団がそのパートナーとなって)発電所を所有することになっている。中国の華龍1号の原子炉設計が使われることとなっているブラッドウエルでの建設計画も進行中だが、同計画は中国の国家的な原子力産業輸出政策が主なドライブフォースになるのではないかと思われる。マーチャント原子力発電所は様々な課題に直面している建設時には常に予算超過や工期遅れの可能性があるから、独立した私営企業が所有するマーチャント原子力発電所は大変に大きな財政的なリスクを負うことになる。営業運転開始後もマーチャント原子力発電所は市場のリスクに直面することになる。マーチャント原子力発電所では電力販売などで市場から得られる収入が、投資額の回収に必要な額、あるいは投資額に見合った収益の額を下回ってしまう可能性があり、それは市場での主要なリスク要因となる。また場合によっては収入額が発電所稼働のための費用支出をも下回ってしまう可能性すらある。また最近では市場運用者が市場に溢れるようになった再生可能エネルギー電源を優先的に稼働させるために原子力発電所の出力を低下させてしまう(あるいは原子力からの買電価格がマイナスの額になってしまう)という市場リスクまで発生している。マーチャント原子力発電所への出資はリスキーで、しかも通常使われている将来キャッシュフローを割り引いて評価するやり方を適用するとすれば、私企業に適用されるどのような財務評価手法を当てはめてみても、新規に建設される原子力発電所の運転寿命である80 年以上の運転期間を通じて期待される収益はほとんどない、ということになる。何故ならば、通常民間で使われる割引率を適用して割り引いたキャッシュフローの分析では、30 年以上も将来に出てくるキャッシュフローはほとんど価値がない、という評価になるからである。仮に投資に先立ってこうしたキャッシュフロー分析を行うとした場合、計画・建設段階に相当する当初の 10 年間ほどの間の負のキャッシュフローが全体評価を支配してしまうことになる。米国においては電力市場価格が下落したために損失を出していたいくつかの既設マーチャント原子力発電所が早期閉鎖に追い込まれ、さらに今後数年間の間にさらにいくつかのマーチャント原子力発電所が早期閉鎖される予定となっている。いくつかの新規マーチャント原子力発電所は NRC の認可を得て建設を開始したものの、その後の建設が進捗しているところはひとつもない。その他いくつかの新規マーチャント原子力発電所では NRCの承認が得られる前に申請そのものを取り下げてしまった。日本が取り組んでいたトルコ・シノップでのマーチャント原子力発電所新設計画もキャンセルされた、と最近報じられた。英国におけるマーチャント原子力発電所も課題に直面している。ニュージェンの計画は買い手が見つからず清算に入っている。既に実績がある ABWR 設計を使うホライズンの計画は進んではいるものの、財務上の課題があると報道されている。何がなし得るか?原子力産業を支えるために市場経済をいくらかでも中央集権的な経済構造に変更させ得る、などと考えるのは現実的ではない。原子力産業を支えるために電気事業全体を国営化するとか再び料金規制化に置くなどというのはもっとできそうにない話だ。しかし市場経済下にある原子力発電所の経済状況を改善させるためにとり得る手段は他にもあり得る((米国原子力学会(ANS)の特別委員会「ANS各州の原子力2016特別委員会」がとりまとめた素晴らしい報告「各州の原子力―ツールキット」では米国内既設マーチャント原子力発電所が早期閉鎖されることを防ぐために活用できる一連の政策案が取りまとめられている。))。1.料金規制や公営への移行原子力発電所は何世代にもわたって大きな公益を生み出す大きな資産である。超高圧送電線やインターステート・フリーウエイのような資産は通常は政府が直接所有したり、政府による規制を受けている。一部の国や地域では国営電力会社や料金規制下にある電力会社を、そうした会社以外はごく普通の会社が参加する市場経済の中に組み込む手法をとっている。米国の一部の地域やフランス、韓国などの国ではこうしたやり方が取られている。中央集権的に電気事業や原子力産業全体を再構築することは(それができるなら原子力発電の活用はもっと進むだろうが)とても実現困難なことだが、これらの国々で見られるような自由化のやり方や、再度原子力を規制下におくやり方はこれまでも実際に検討されてきた。事実、規制下にある電力や公営電力が電力市場に参画している例が既にある。米国においてもカリフォルニア州、バージニア州などの州では、州も卸電力市場に参入しているにもかかわらず、原子力発電所資産については料金規制下に置いたままにしており、そうした規制環境下にある原子力発電所も卸電力市場に参画している。米国において唯一建設中の新規原子力発電所は南東部の規制州にある。ジョージア州のボーグル発電所は完成に向けて建設が進んでいる。サウスカロナイナ州の V.C.サマー発電所は建設は開始されたもののその後建設は中止されてしまった。ジョージア州やサウスカロナイナ州の新規原子力に対する料金規制の枠組みがこうした新規原子力発電所計画を推進することにつながった。アイダホ州ではニュースケール社による新型小型モジュール炉(SMR)の計画が進んでいるが、そこでも公営電力が大きな役割を担っている。公営電力の組合であるユタ州公営共同電力事業体(UAMPS: Utah Associated Municipal Power Systems、ユタ州行政組織の一部)が発電所の投資者、所有者、及び発電される電力の受電者となり、これとは別の公営電力であるエネジー・ノースウエスト社が発電所の運転を行うことで準備を進めている。また米国政府はアイダホ国立研究所内に SMR 発電所用地を準備し、あわせて米国政府も発電電力の一部を引き取ることが計画されている。英国ではブリティッシュエナジーを初めて民営化した後、同社が電力市場で経済的に行き詰まり、数年後には再度国営化された。これは短期的な尺度で運営される電力市場のために原子力発電が消えてなくなってしまうのを防ぐために他国で過去に取られた施策の一例である。2.電力市場を避けて通る、あるいはその中身を再検討する原子力発電を今後とも存続させたいと思うなら、電気事業改革や電力市場の在り方については熟慮を重ねて注意深く考える必要がある。既に電気事業改革を行い、電力市場を設置した国でマーチャント原子力発電所を存続させるためには、既設、新設を問わずマーチャント原子力発電所は再度規制下に置く、あるいは国有化するといったことを考えることになるかもしれない。これは電気事業全体を自由化前に戻すとか、電力市場を廃止するとかいうようなことはやらなくても実施可能な施策である。電力市場というものは元より短期的なもので、発電所への給電指令など即時即応すべきシステムではうまく機能するが、そこで決まるスポット価格は長期的な発電所建設計画についてのインセンティブとなり得るものではない。さらにそこで決まるスポット価格は既設原子力発電所を運転しても収益を上げることができないほどに安価である可能性すらある。(つまりスポット価格が発電所運転のための支出よりも低い)こうした電力市場の前提となっている考え方は、垂直統合された電気事業から発電部門をその他の部分から切り分けて、発電部門はマーチャント発電事業者として電力市場に参画させるというものである。しかし電力市場は発電所の短期的な限界費用に基づいてその機能を果たすことになるから、発電所の固定費や投資回収など、原子力発電所の所有者にとってみれば大変に重要な事項はそこでは一般的に言って無視されることになる。もし電力市場や電気事業改革を避けて通ることができるなら、それは原子力発電を支援することになる。国としてどうしても電気事業改革を進めざるを得ず、電力市場を設置しなければならないと考えるとしても、既設原子力発電所にとって不都合な経済的影響を与えることを防ぎ、新規原子力発電所建設のオプションを閉ざしてしまわないようにするよう、改革のやり方を再度考え直し、電力市場設計を調整することは十分に可能である。日本では原子力発電所の再稼働が行われつつあり、国内総発電電力量のかなりの割合をクリーンな原子力発電によって賄う計画である。また同時に日本は卸電力市場の再構築と変革を進めている。原子力産業を存続させつつ同時に卸電力市場も改革する、というこの日本のやり方は、如何にして電気事業改革と原子力を調和させたらよいのか、と検討をしている世界のあらゆる国から必ずや仔細に評価がなされることとなるであろう。3.電力市場内のマーチャント原子力発電所に対する経済的支援電力市場が存続し続けるとするとしても、原子力発電所にとって適切な収入を確保するための手段は色々と考えられる。電力市場の値決めを原子力にとって有利なように見直すことが考えられるという意見もあるが、まだその実現性は実証されてはいない。既に実績があるやり方としては、自由化電力市場においても原子力発電が経済的に存続し得るよう適切でかつ確定した額を市場外で追加して支払うというやり方がある。既設マーチャント原子力発電所が早期に閉鎖されてしまう可能性があることから、米国内のいくつかの州ではそうした原子力発電所に対して、原子力がクリーンな環境を生み出している価値への対価を支払う政策的措置を取っている。このような考え方に基づくニューヨーク州やイリノイ州のいわゆるゼロ・エミッション・クレジット(ZEC)はそれら各州の複数の原子力発電所の早期閉鎖を防止する効果があった。またニュージャージー州でもこうした ZEC が可決されており 2019 年から施行されることになっている。コネチカット州のクリーンエネルギー購入プログラムも同州内の原子力発電所に対して同様の効果を生み出しうる。もしもこうした ZEC による支払いがなければ経済的に厳しい環境に置かれた原子力発電所は早期に廃止される可能性が高い。これらと同様、マーチャント原子力発電所の売上高を増額させ、またその額を確かなものとするよう、マーチャント原子力発電所と買電契約や差額補填契約を締結するのも一つ方法である。4.クリーンエネルギー利用の義務化もう一つの方法はクリーンエネルギー利用の義務化である。この義務化は既に広く実施に移されている再生可能エネルギー利用の義務化を、原子力を含む(あるいはさらに原子力に焦点を当てた)エネルギー利用の義務化に置き換えるものである。再生可能エネルギーに対してインセンティブを与えるために使われた手法と同様の手法を原子力に対して適用するものである。結局のところ、こうした政策的措置は炭酸ガスやその他の大気放出ガスを減らすことを目指したものだが、そもそも原子力発電は大規模なクリーンエネルギー源である。もしも米国政府が電力利用に対してこのようなクリーンエネルギー利用を義務化し、政府各機関が原子力発電所と長期買電契約を締結することになれば、原子力発電所にとって大変に大きな意味を持つことになる。米国エネルギー省が最近とりまとめた報告((以下を参照のこと。))では米国内の再生可能エネルギーに対し与えられた各種のインセンティブ制度の詳細が示されている。こうして再生可能エネルギーに対してインセンティブを与える背景には、再生可能エネルギーはクリーンであるが、電力市場で競争は困難であり、そうした市場の失敗を克服するためにはインセンティブ制度が必要だ、という基本的な論理立てがある。単純にこうした制度を全てのクリーンエネルギー源に適用する(つまりそこに原子力を含める)ことにすれば原子力発電所を推進するインセンティブを与えることとなり、原子力に関する市場の失敗((NECGコメンタリー第21回を参照のこと。))を解決することにもつながる。5.原子力発電が持つ価値ある属性に報いる対価クリーンエネルギーであることに対して市場外で支払いをすることに加えて、電力市場価格には反映されることがない原子力発電所が持つ様々な価値ある属性に報いるための対価を支払うことも考えられる。そうした属性には、供給信頼性、運転寿命の長さ、燃料供給の多様性、高い土地利用効率、あるいは電力システムへのレジリエンス付与などがある。マーチャント原子力発電所に対しこうした属性に報いるよう対価を支払えば、それはマーチャント原子力発電所を生き残らせ、さらには新規原子力発電所建設計画に対する投資を誘発する上でも有益なものとなると思われる。6.あらゆる電源について全てのコストを考慮するもしも電源にかかる外部性も含めた全てのコストを考慮に入れるとするなら、原子力発電は比較的安価な電源となる。すなわちもう一つの別のやり方は、あらゆる電源について、その排出ガス、間欠的な運転、送電系統の利用なども含む全てのコスト要素を考慮することを要求した上で電気事業改革の在り方を再考しようというものである。OECD/NEA が公表した「電力供給の総コスト報告((以下を参照のこと。 ))」はこの論点についてまとめたものだ。炭素の排出について明確な価格上のシグナルを発するよう炭素税を実際に課すこともこうした外部性評価の重要な一部分となる。しかしながらそもそも電力市場とは発電事業者がその短期的な限界費用をもとに入札を行う場であるから、こうしたあらゆる電源の外部性も含めた総コストを電力市場の入札に正式に反映することは実際には難しいかもしれない。まとめ原子力発電プロジェクトは世界中で最も巨大かつ複雑なプロジェクトの一つである。だが原子力発電はクリーンで信頼性が高くかつ拡大性も高いという特徴を組み合わせ持つ比類ない独特の電源であって、低炭素、あるいはゼロ炭素の電力系統システムにとって必要不可欠な構成要素の一つでもある。自由化電力市場においても新規原子力発電所が建設されうる、というのは楽観的に過ぎると想定してみれば、政府が大きな役割を担うことで初めて民間投資が可能となりその新設が実現するものだということになる。気候変動問題解決に効果がでるほど規模の大きな原子力発電所計画は、国家の計画の一部にそれを組み込むことで初めて実現が可能となるものであり、そうした具体例は黎明期のフランスの原子力開発や現在の中国の原子力開発計画に見ることができる。これらの例のように国家として原子力開発計画を立てれば、国内では大規模な原子力発電が実現可能となり、またそれによって国内原子力産業各社はグローバル原子力発電市場での優位性を獲得することができることになる。図 1:国別既設及び新設原子力発電所設備容量図2;国別既設及び新設原子力発電所設備容量(規制環境下・政府所有分とマーチャントを区分け) PDF版
- 17 Dec 2018
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市場の失敗
電力自由化市場で多くの原子力発電所が廃炉の危機に瀕している。我々はそれがいわゆる市場の失敗に相当するということを考慮した上で、どのようにしたらその市場の失敗に終止符を打ち、今後も原子力が生む公益性を維持できるかについてよく考えるべきである。アーティフィシャル島((Artificial Island: (訳注)ニュージャージー州とデラウェア州境にある島。セーレム原子力発電所とホープクリーク原子力発電所が立地している。))にある2つの原子力発電所に対して追加の収益を与えるためのニュージャージー州の援助案は同州においてこの市場の失敗を防ぐことになると考えられる。一方でオハイオ州やペンシルバニア州ではこの市場の失敗が現実のものとなってしまうことがほぼ確実と思われる。このNECGコメンタリーでは市場の失敗とは何か、そしてそれが実際に原子力発電所ではどのように起きるのかについて解説する。((市場の失敗の問題についてはNECGコメンタリー#14でも取り上げている。))市場の失敗市場の失敗とは経済学で一般的に用いられる用語であって、どのような市場にも当てはまる概念である。市場の失敗の「市場」とは、ある産業における所有権の形態(すなわち様々な私企業)や、そうした企業が関係する市場でどのように収益を上げるか、さらにはそれらが関係する市場がどのように機能するのかなど、その産業の置かれる環境を総体的に表した概念である。つまり市場の失敗とはある特定の市場が機能していないということを意味するものではなく、そうした市場がもたらす結果が公益を最大化していない、ということを意味している。ここでの公益とは一般社会の利益と幸福を意味している。(例えばきれいな空気は公益の一つである)ある特定の市場を考えた場合、その市場設計上の目標は達成できたとしても、それでも市場の失敗を引き起こすということがあり得る。そうしたケースは経済学では外部性という概念を用いて説明される。外部性とは良きにつけ悪しきにつけ、当該市場では表現することができない影響を業界が受けることを言っている。電力業界を考えると、発電の直接費(当該企業のコスト)には負の外部性(例えば燃焼ガス排出、電力システムが一時的にしか稼働しないことで生じる費用、土地確保のための開発、景観、騒音など)は通常含まれない。また正の外部性がもたらす利益(例えば雇用創出による経済効果、電力系統安定性、燃料源の多様性など)も含まれていない。((最近のNEA報告書-The Full Cost of Electricity Provision はどうして電力市場価格が外部性や電力系統への影響など含めた全てのコストを反映したものとはならないのかにつきうまく説明している。))電力市場は時々刻々変わる需要に応じて発電事業者が発電する(つまり発電機を動かす、あるいは止める)のに際して当該企業で発生する直接費だけに基づいている。((重要なのはこうしたコストには各発電事業者の固定費用と限界費用が混在しているという点である。本件はNECGコメンタリー#2でも論じている。))リアルタイムで電力需要に応えるのは困難かつチャレンジングなプロセスである。自由化電力市場もその難題に対応してはいるが、市場に参入している事業者の外部性を反映してはおらず、その結果、市場の失敗を引き起こす可能性もある。電力市場の短期的なスポット価格が産業の効率化をもたらすことはあるとしても、それで排出ガスを低減するとか、長期的な電力系統の安定性を確保するとか、あるいは国としての政策を実現するといったその他の目標も同時に達成できると考えるべきではない。原子力に関する市場の失敗マーチャント原子力発電所という用語は発電した電力を電力市場で売却して収益を得ている原子力発電所のことを指している。規制環境下にある発電所やそれを所有する事業者、あるいは自治体などが所有する発電所の収益は電力市場での売り上げには依存していない。マーチャント原子力発電所やそれを所有する発電事業者はその点で大きく事情が異なっている。電源種別の如何によらないコモディティとして電力を扱っている電力市場を通じて得られる収益では考慮されていない様々な社会的利益を原子力発電所は生み出している。そうした社会的利益には、排出ガスゼロの発電、長期的な高信頼度稼働、電力系統の安定性確保、電源の燃料源多様化、化石燃料高騰に対するヘッジ、雇用創出を通じた経済効果などがある。マーチャント原子力発電所では以下のような場合に市場の失敗を引き起こすことになる。コモディティ電力市場からの収入では固定的な発電コストをカバーできない場合電力市場で現に損失を出し、あるいは将来損失を生じるであろうと予想される場合私企業である所有者が経済的損失を理由に廃炉せざるを得ないような場合そして発電所が生みだしている大きな公益性がそうした廃炉によって失われる場合市場の失敗への対策一般的に言って市場の失敗への対策には以下のようなものがある。すなわち、負の外部性に対しては費用を課す、また正の外部性に対しては何らかの補填を与える、またそうした市場の失敗を引き起こしそうな分野そのものを政府・公的機関に所有させる、などである。市場の失敗は公共財に関するものだから、通常こうした対策には政府が関与していくことになる。カーボンプライシング(炭素への価格付け)は負の外部性に費用を課す一例である。カーボンプライシングを行えば炭酸ガスを放出する電源の原価は増加することになるから、電力市場価格も上昇し、その結果、炭酸ガスを放出しない電源(例えば原子力)の電力市場における価値は間接的に増すことになる可能性がある。ゼロエミッションクレジット(ZEC)による給付金は正の外部性に対する補填の一例である。ニューヨーク、イリノイ、ニュージャージーの各州は、原子力発電がもたらす排出ガス上の便益がコモディティ電力市場では適切に補填されていないことを認識した上で、そうした便益に対してはZECによる給付金で補填をする対策を取っている。再生可能エネルギーに対する連邦税額控除、あるいは州によるその使用義務付けや補助も正の外部性を補填しようとする取り組みである。電力市場からだけでは十分な収益があげられないのではないかという再生可能エネルギーのプロジェクトに関する懸念に対して、そうした施策を通じて追加の収益を付与することで再生可能エネルギー開発計画を支援しているということになる。またフランス、中国、韓国、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)などで見られるような電気事業と原子力そのものを政府が所有する形態も、政府・公的機関がそうした所有権を持つことで市場の失敗を防ぎ、かつ公益性を最大限に発揮させようとしている一例である。例1-市場の失敗図1に示す最初の例では発電原価3.5¢/kWhのマーチャント原子力発電所が電力市場で2.5¢/kWhの売り上げを得ている場合を示している。このkWh当たり1¢の逆ざやによる損失は年間を通して考えれば何百万ドルもの損失を引き起こすことになる。ここでこの原子力発電所は社会全体にとって正味7.5¢/kWhに相当する公益を生み出していると考えてみよう。私企業であるこのマーチャント原子力発電所の所有者にとってみれば、こうした公益を生んでいるにも拘らずそれに関して金銭的な利益を受けることは全くない。もしもこのマーチャント原子力発電所の所有者がそれ以上の経済的損失を出さないために廃炉を決めるとした場合、この原子力発電所が生んでいる公益全額は失われることになる。それが市場の失敗である。例2-ZEC給付金図2に示す2つ目の例はマーチャント原子力発電所に対してZECによる給付金が付与される場合である。原子力発電所が生んでいる正味の公益に対して、その一部はZEC給付金の形で補填されることになる。こうしたZEC給付金が付与されれば原子力発電所の運転は利益を生むことになり、社会から見てもZEC給付金を差し引いた正味6¢/kWhの公益を生み続けることになる。こうしたアプローチをとれば市場の失敗を避けることができることになる。例3-料金規制あるいは政府・公的機関による所有図3に示す3つ目の例はマーチャント原子力発電所を再び料金規制下に戻す、あるいはその所有権を政府・公的機関に持たせる場合である。この場合、原子力発電所の発電原価全体を電力需要家が負担することになるから、kWh当たり1¢の逆ざや分は需要家から回収されることになる。その負担分を考慮しても正味でみて大きな額の公益が残ることになる。こうした方策を取ることでも市場の失敗を回避することができる。マーチャント原子力発電所が廃炉の危機に瀕している場合、この市場の失敗のことをよく考えた上で、その市場の失敗に終止符を打ち、原子力が生んでいる公益が失われないようにする方策を皆が考えるべきである。PDF版
- 08 May 2018
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依然として残る米国原子力発電を巡る問題
ワシントンはじめ米国各地では、極寒の気候と「爆弾サイクロン」という耳新しい気象用語とともに2018年の新年を迎えることとなった。これまでのところ、米国各電力系統では大きな停電は起きていないが、電力需要が増加し発電用天然ガスの供給が限界となったため、石油が発電用燃料として大量に使われることとなっており懸念をよんでいる。これまでは原子力発電がこうした需要に応えるのに必須の基幹電源であった。しかし爆弾サイクロン・グレイソン襲来に際して重要な電力供給源となっていた複数の原子力発電所は逆に早期閉鎖の可能性に直面している。電力システム改革の結果、長期的な電源開発計画はとって代わって電力市場の見えざる手に委ねられることとなった。しかしそこで決まる電力市場価格では新規ベースロード電源建設に対する財政的インセンティブを十分に与えることはできないばかりか、既設の運転中原子力発電所を維持することすらできなくなっている。中国、インド、フランス、ロシアをはじめ、世界の多くの国々ではそうした電力システム改革導入を控え、原子力発電を含めて長期的に電源計画を立案することとしている。英国の電力市場改革のプロセスにおいては、電力市場では建設が進まないような新規原子力発電建設計画に対し、政府がインセンティブプログラムを提供することが認められている。その結果、ヒンクリー・ポイントCプロジェクトが計画され、またそれはホライゾン、ニュージェン、ブラッドウエルなど、その他の新規原子力プロジェクトの影の推進力ともなっている。米国でも原子力発電が財政的理由で早期に閉鎖されるのを防ぐため、追加の収益を生むようないくつかの措置をとるべく努力が払われている。ニューヨーク州とイリノイ州ではゼロ・エミッション・クレジット(ZEC)プログラム実施が承認されており、選定された原子力発電所に対して追加の収益を確保することでそれらのプラントが早期閉鎖されることがないような措置が既に取られている。しかしニュージャージー州、オハイオ州、及びペンシルバニア州では原子力発電所の早期閉鎖の恐れがあるものの同様の措置が取られるには至っていない。2018年1月8日、米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)は委員会に提出されていた米国DOE規則案「電力系統信頼度とレジリエンス確保のための価格付け」を却下し、新たな事案(AD-18-7-000)を起こした上で地域送電機関(RTO)と独立系統運用機関(ISO)に対し系統信頼度問題についてさらに情報提出することを要求する指令を出した。このFERC指令の中でチャタージーFERC委員が以下のように言及しているとおり、電力市場価格の見えざる手は米国電気事業に重大な変化をもたらすこととなっている。「そうした変化の規模と速度には驚愕させられる。2014年から2015年の期間だけをとっても、米国全体で約1,580万kWの天然ガス、1,300万kWの風力、620万kWの大規模太陽光、そして360万kWの分散太陽光の発電容量が追加された。一方、2011年から2014年の間にほぼ4,200万kWにもなる系統同期電源(すなわち石炭、原子力及び天然ガス)が廃止され、さらにこれに加えて2025年までには定格容量で1,050万kWに相当する7基の原子力発電所の廃止が予定されている。」こうした問題に対してFERCや各州による対策がこれから取られるとしても、それでは早期閉鎖の恐れに直面している原子力発電所を救うにはもう間に合わないかもしれない。 PDF版
- 08 Jan 2018
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より優れた電力市場設計
今回は、自由化電力市場においても、原子力発電が経済的に生き残って運転を継続できるようにするために、どのような市場設計が考えられるか、ザビエル・ロラ氏から寄稿頂いた。近年、スポット市場価格が低迷し、場合によっては価格がマイナスになることもあるため、原子力発電所は売電で損失を出している。このためニューヨーク州やイリノイ州では“ゼロ・エミッション・クレジット(ZEC)”などで市場価格とは別の補填を行うことで原子力の早期廃炉を防ぐ措置を取っている。ザビエル・ロラ氏は私の友人であり、これまでクライアントからの様々な委託業務に際し、NECGで一緒に仕事をした仲間でもある。ロラ氏((ロラ氏経歴詳細は http://nuclear-economics.com/xavier-rollat-cv/を参照のこと。))は経験豊かな投資コンサルタントで、仕組み債やマルチソースのバランスシート金融、資産担保型プロジェクトベースの借入金融などの分野で幅広く活躍しており、過去26年間にもなる金融業界でのコンサルタント業務を通じて電気事業の経済性についても深い知見を有している。国際原子力機関(IAEA)もロラ氏は原子力発電所開発のファイナンス分野での世界的専門家であると認めている。氏はこれまで経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)や欧州原子力フォーラム(ENEF)の様々な報告書作成にも寄与してきた。既存の電力市場設計の再検討概要現在、発電事業者は様々な難関に直面している。「旧ビジネスモデル型」((顧客需要を満たしかつその長期的コストを最小化するように電源構成を考えながら設備投資を行う料金規制されかつ垂直統合された電力会社、あるいは公営の電力会社のことをいっている。))の会社は、既に減価償却を終え本来であれば高い価格競争力があるはずの大型火力発電所を運転休止したり、場合によってはさらにそれらを廃止するところまで追い込まれている。これらの火力発電所の中には、既に減価償却を終え本来であれば高い価格競争力があるはずのものもある。こうした流れのもたらす影響は石炭火力や原子力に止まらずガス火力にまで及んでいる。ベースロード電源やピーク電源など、各電源にはそれぞれの特性があるにもかかわらず、多くの自由化された電力市場では「電源はどれも同じ」という前提で設計・体系化・規制されており((電力系統の給電指令は(集中化された)プールでの入札によるメリットオーダーに基づき行われる。))、電力価格は電源種別によらず同一の価格決定方法によって定められる。従ってある時点のkWh当たりの経済的価値はベースロード電源であろうがピーク電源であろうが、みな同じということになる。また近年、電力市場でも脱炭素化を進める動きがあって、そのため低炭素電源のkWhには、例えば火力発電のkWhよりも高い価値を与える、という考え方が次第に容認されるようになってきている。従って「グリーン電源」からの電力は給電指令上、高い優先度を与えながら運用を行う系統システムが増えてきている。しかしながらこうした状況下では、近年の多くの(自由化された)電力市場でみられる制度設計やルールが常にうまく機能するとは限らない((脚注3で述べた点に加え、CO2の価格設定メカニズムはうまく機能しておらず、脱炭素・低炭素電源からの電力を電力市場で適切に評価しその価格に反映することができていない。))。こうした様々な課題を「解決する」として過去様々なパッチ当ての対策(多くの場合、政治的支援策、補助金、市場からの除外など)が導入されてきた。こうしたパッチ当ては、とりわけピーク需要対応の設備投資に振り向けられることにつながる。しかし、新規のピーク電源が既存の電力系統インフラに接続されるが、そうした間欠的な発電設備の増加を支えるために必要な電力系統への新規投資が追いついていない。これまでほとんどの電力系統ではこうした変化を吸収することができているが、それがいつまで続くだろうか?その結果、電力市場の健全性が問題となっており、電力設備計画上、技術上、あるいは価格設定上、様々な機能不全が進行しつつある。こうした事態を見れば当然のこととして「一体、今の(自由化)電力市場の設計は意図した目的に適ったものなのだろうか」という疑問がわいてくる。今に代わるような仕組みを考えるべきなのだろうか?更なる市場改革は実現するだろうか?新しい市場構造の導入現在の議論を整理する上で、まず電力市場の総需要の区分についての基本原則を再確認しておくことが有益であると思われる。ある一定期間(日、月、年間など)の電力需要とその経時変化は一般的に負荷曲線を用いて表される。この負荷曲線は一般的に、基底負荷(ベースロード)、中間負荷、ピーク負荷、および特異ピーク負荷の足し合わせからなっている。前述の課題を解決する市場改革案の鍵となる基本原則は、この基底負荷電力の経済価値とピーク負荷電力の経済価値が異なると考える点にある。そうすれば、基底負荷市場とピーク負荷市場という2つのそれぞれ異なった電力市場を考えることが可能となる。さらに、今は「基底負荷」として区分されているものも実際には「真の基底負荷」と「中間負荷」の足し合わせとなっている点にも注意が必要である。つまり、基底負荷とはいっても、一日あるいは年間を通して見ると、その負荷の性格上、中にはあるレベル以上の需要は時間とともに変化する負荷、つまり中間負荷が含まれている。またこれと同じ議論がピーク負荷についても成り立ち得る。つまり時間とともに変化するピーク負荷のうち、あるレベル以下の需要は「ピーク」というよりは「中間負荷」的な性格を持っている。図1:ピーク負荷と基底負荷の再定義ここで、(a)基底負荷とピーク負荷の境界が不明確である一方で、(b)あくまで競争市場志向で、市場の緊張関係を維持しながら電力価格を決めたい、ということを考え併せ、「真の基底負荷」((その負荷の性格が「真の基底負荷」であるものを言う。つまり全ての中間負荷などは除く。))(以下、単に「基底負荷」と呼ぶ)という概念を導入する。また同様に「真のピーク負荷」((その負荷の性格が「真のピーク負荷」であるものを言う。つまり全ての中間負荷などは除く。))(以下、単に「ピーク負荷」と呼ぶ)の概念を導入することができる。そうすれば容易に2つの異なる部分電力市場(つまり基底負荷市場とピーク負荷市場)を設立することが可能となり、それぞれの電力市場は独立してその市場の目標、ルールや原則を定めることができる((同様に「真のピーク負荷」と中間負荷を切り分けて部分市場を考えることも可能であろう。そうすれば合わせて3つの電力市場ができることになる。))。各電力市場それぞれが一連の価格決定メカニズムをもって電力の値付けすることとすれば、明瞭で透明性高いルールを通じて市場競争を推進することにもなる。図2:中間負荷需要の明確化ピーク負荷の部分市場では、近年の経済の脱炭素化志向を考え併せるならCO2排出量が最も少ない電源を優先し、かつ最も高い柔軟性を維持するように給電の条件を定めることが鍵となる。条件では発電単価が安いことも考慮に入れられるが、例えばCO2の排出量との比較で言えば相対的にその重要度は落ちることになる。従ってピーク負荷を取り合うこの部分市場では主にガス火力、太陽光や風力が競合することとなるだろう。基底負荷の部分市場では、発電単価が最も安く、かつ最も高い利用率を有する電源を使うよう給電の条件を定めることが鍵となる。こうした市場改革案を前提とするなら、他の発電手法と比べても原子力発電は有利で、再び原子力が本来有する経済競争力を発揮することができるようになり、低炭素電源の一翼を担うことになるだろう((この部分市場では石炭、水力、そして原子力が”当然“競合することになる。))。低炭素化推進のプレッシャーがかかる一方、多くの電力市場で新規のベースロード用水力発電の可能性は限られているから、殆どの場合、石炭火力の幾分かに食い込んで、原子力発電が市場に自然と入り込める余地は大きい。それは原子力にとって、原子力技術を長期的に維持することができるような最低限の収入を確保する基盤を作ることとなる。(それがうまくいけばあたかも規制環境下で原子力を扱うのと同じようになるだろう。)最後に中間負荷(つまり真の基底負荷でも、真のピーク負荷でもない負荷)の部分電力市場については、別の一連のルール(場合によってはルールの補正)を組み立てることが可能となるであろう。そこではその市場が目指す一連の目標、つまり市場競争での値決め、電源の脱炭素化推進、新技術開発推進といった様々な市場のニーズについて適切にバランスを取ってルールを定めることになるであろう。図3:電力市場設計の再検討このように電力市場をいくつかの部分電力市場に再整理するなら、これまでとは異なった原子力発電の姿を思い描くことができる。例えば、ケース1:原子力がその市場価格に基づいて自由に競争しながらその収益を最大化する。(それは自由化電力市場の発電プラントの原則でもある。)ケース2:予め設定された一定の環境(例えば容量確保を原則とする容量市場など)の下で原子力が他電源と競争する。結論電力系統の限界発電原価ですべてを一律に値決めするという今の仕組みは、電力市場にとっても、電力市場参加者にとってもストレスになっている。ここに示した電力市場設計を変革する代替案は、電力系統システムの低炭素・脱炭素化に向けた移行期にふさわしい手法を提供し、また先進諸国の電力供給安定性を高く保つ上でも有効なものとなるであろう。お問い合わせ先:Xavier Rollatconsulting@aletservices.co.uk PDF版
- 05 Apr 2017
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原子力発電設備容量のピーク
米国の原子力発電設備容量は2012年の1億200万kWがピークで、それ以降、廃炉となるプラントが出る一方、それに代わる新設はなく設備容量は低下傾向にある。こうした設備容量低下の傾向が今後どうなるかについて以下の3つのシナリオが考えられる。 赤(現状ケース):現在計画されている運転期間延長、あるいは早期の廃炉が計画通り行われた場合 緑(80年延長ケース):早期に廃炉される予定のもの以外の全プラントが80年運転する場合 黄(EIA予測ベース):米国エネルギー情報局(EIA)の2017年版エネルギー展望ベースいずれにせよこうした低下傾向に対しては以下の3点で対策を取っていくことが重要である。 既設発電所の運転をしっかりと維持する 既設発電所の寿命を可能な限り延長する 廃炉分に代わる新規発電所の建設を進める米国の「原子力発電を自由化市場の中で扱う」という今のやり方は本質的に失敗であって、上記3点が実現できるような抜本策が取られなければならない。既設発電所の運転維持米国原子力産業界にとって最も重要かつ喫緊の課題は既設発電所の運転をしっかりと維持することであり、それは産業界大の最優先課題であると捉えるべき事柄である。近年、米国では運転中発電所の経済性が低下しているため、運転期限を待つことなく早期に廃炉にされ、あるいは廃炉が計画されたりするケースが多くあり、そうしたケースは今後さらに増えると予想されている。米国原子力発電所の経済性について公表されている諸報告((ブルームバーグの"The Bloomberg New Energy Finance"(2016 年7月7日刊)の“赤字の原子力“によれば米国で運転中の原子力発電所のうち55%は2016~2019 年期間で利益がでないと予想されている。また"An Environmental Progress article"(2016 年12 月29 日刊)によれば既設原子力発電所の1/4~1/3 は寿命前に早期に廃炉になる可能性があるとされている。))でも経済的理由から早期に廃炉となる発電所があるため、原子力設備容量は近々大きく減少してしまう可能性があることが示されている。原子力発電を自由化電力市場の中で扱うという失敗のために原子力発電所は経済的に窮地に追いやられ、結果として早期に廃炉にされてしまう恐れがある。こうした経済的問題は自由化市場環境下のほとんどの原子力発電所で発生しており、規制下(編集部注:電力市場が自由化されていない規制下州の意味)にある発電所や公営電力の発電所ですら同様の問題が発生するリスクがある。ニューヨーク州やイリノイ州ではゼロ・エミッション・クレジット(ZEC)に基づく原子力への経済支援措置が取られたことから、これら諸州では早期の廃炉をとりあえず防ぐことができた。しかしながら、こうした支援措置も今後、法廷や連邦エネルギー規制委員会(FERC)などで議論となり異議が唱えられる可能性があり、そうした法律上の解釈や規制上の最終判断がどうなるかは未だ不透明である。ニューヨーク州およびイリノイ州の措置は、原子力発電所がゼロ・エミッション電源であることを理由に発電事業者が支払いを受けるものだが、その検討に際してはそれぞれの州における政治的課題、電力規制の在り方、さらには廃炉による地域雇用喪失問題などが議論され措置の決定がなされた。他州において同様の措置が取られるのか、もし取られるとしてもそれが何時になるのかは明確ではない。各州が州固有の課題や懸念事項を抱えており、その政治プロセスもそれぞれで異なる。一部の州(例えばバーモント州)ではむしろ運転期限前の早期に原子力発電所を廃炉に持ち込むことが積極的に検討されており、例えばカリフォルニア州では原子力発電所の早期廃炉、あるいは廃炉を計画することを州としても是認しているように見受けられる。ニューヨーク州およびイリノイ州では、ZECにより6 基の原子力発電所が早期に廃炉に追い込まれることを防ぐことはできたが、その結果、そもそも米国の原子力が直面しているより本質的な市場の失敗問題に対し、抜本的な対策を取る緊急性はむしろ低下することとなってしまった。この市場の失敗問題は米国のほとんどの原子力発電所にとって、依然として大きな課題として残されたままとなっている。既設発電所の可能な限りの運転延長こうした市場の失敗にも拘わらず、米国の原子力発電所が運転継続することができたとして、次に優先度が高い課題として考えるべきことは既設発電所の可能な限りの運転期間延長である。米国原子力発電所のほとんどは当初40年間の運転許可を得て運転を開始したが、多くがその後60年間の運転許可を獲得している。さらにNRCは国内原子力発電所の80年間運転を許可するかどうかについて検討を行っている(最初の図の緑線が相当する)。2018-19年頃には60年までの運転延長に次ぐ2回目の運転延長申請が2件出されると見込まれている。こうした運転延長がなされるかどうかはその原子力発電所が持つ経済性、さらには米国の市場の失敗問題の解決と大いに関係する。許認可申請を行い、運転延長を実現させるための活動を行えば費用がかかるから、当然運転中のプラントの経済性にはマイナスの影響を与える。最悪のケースでは利益を生まないような原子力発電所については運転延長を行わないと事業者が考えることすらあり得る。また既設発電所80年間運転すれば新設原子力発電所を建設するまでの時間を稼ぐことも可能となる。新規発電所の建設米国原子力産業界にとってその次に大事なことは廃炉となる原子力発電所に代わる新規発電所を建設することである。市場の失敗の結果、既設原子力発電所が早期に廃炉に追い込まれてしまえば、それは新規建設計画に対しても非常に大きな悪影響を与えることになる。原子力を市場の中で扱うという米国の今のやり方が抜本的に見直されない限り、米国では新規の原子力発電所が建設される見込みは立たない。既設原子力発電所の運転継続が可能となるよう、米国における市場の失敗への対策が取られるとするなら、それによって同時に新規原子力発電所建設計画に対する投資もまた魅力的なものとなる可能性がある。NRCに提出された建設・運転一括許認可(COL)申請の状況を見ればわかる通り、米国内の新規原子力建設計画の現状はわびしいものでしかない。2発電所4基が建設中:ボーグル、サマー両発電所での各2基増設については既にCOL認可を得て、2007年には州の料金規制当局の承認も獲得し、現在建設中4発電所が認可済だが中断:フェルミ3号、レビィ・カウンティ、サウステキサス・プロジェクト、ウィリアム・ステイツ・リーの4つのプロジェクトはCOL認可を得ているが、いずれも計画中断もしくは取りやめ2発電所が審査中だが見通しなし:ノースアナ3号、ターキーポイントの2つのプロジェクトはCOL審査中だが、出資予定の電力会社が実際に建設するかどうか未定2発電所は保留:コマンチェピークとハリス2基のCOL申請は審査保留8基が申請取り下げ:ベルベンド、ベルフォンテ、キャラウェイ、カルバートクリフス、グランドガルフ、ナインマイルポイント、リバーベンド、ビクトリア・カウンティの計8件のCOL申請取り下げ今後の申請予定はほとんどない:ニュースケール社のアイダホ州でのSMR(小型モジュラー炉)計画が2017年の早い時期にエネルギー省の設計承認レビュー開始予定、2018年にはCOL申請がなされる計画の一件のみ他にも新型原子炉の設計を行っている会社は複数あるが、どれをとっても技術的・経済的な成立可能性、実現時期などは確かなものとなってはいない。もしも仮にCOL認可済みの発電所全てが近々建設を開始するという(とてもありそうにない)仮定を置き、さらにそれらが工期通りに建設を完了したとしても、米国の原子力発電設備容量の低下に歯止めをかけることにはならない。結論米国原子力産業界は衰退の道をたどっている。この傾向に歯止めをかけるには以下が必要である。 既設発電所の運転をしっかりと維持する 既設発電所の寿命を可能な限り延長するさらにそれらに加え、 相当な容量の新規原子力発電所の建設を行うこうしたことを本当に実現させるには、原子力発電を市場の中で扱うという米国がこれまで犯した失敗に対する抜本的な変革が必要である。PDF版
- 28 Feb 2017
- STUDY
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原子力発電存亡の危機
原子力産業界では、原子力発電は温室効果ガスを排出しないなど、大きな公益が存在するにもかかわらず、財務状況の悪化により原子力発電所の運転や新しい原子力発電所への投資を断念する動きが見られる。新しい政権が誕生し、米国の原子力産業を救済する道があるか、また、どのようにすれば救済できるかを見極める好機となっている。存亡の危機と市場の失敗最近、イリノイ州のZEC(炭素排出ゼロクレジット)給付を、既成の卸売電力市場の存在を脅かす州承認の助成金、と批判するレポート((2017年1月9日FERCへの報告書(記録番号EL16-49-000)))がFERC(米国連邦エネルギー規制委員会)に提出された。皮肉なことに、これらのZEC給付は、既成の卸売電力市場で赤字を出しながら運転を続ける原子力発電所が存亡の脅威にさらされるのを回避するために設けられたものであった。化石燃料を使用する発電事業者は、コスト負担を負うことなく二酸化炭素を排出することが認められているにもかかわらず、原子力発電所が二酸化炭素を排出しないことに対する対価を脅威とみなすことも皮肉に思える。ZEC給付は、電力部門での炭素排出量削減を促す1つの方法である。どうしてこのような事態を招いたのか?事業者には、原子力発電所は温室効果ガスを排出しないなどの大きな公益が存在するにもかかわらず、財務状況の悪化により原子力発電所の運転や新しい原子力発電所への投資を手控える動きが見られる。安い電力市場価格、原子力がもたらす多大な公益に対する対価の欠如、電力事業に対する米国市場のアプローチが組み合わさって、米国の原子力発電は機能不全に陥っている。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス社、エンバイロンメンタル・プログレス社などの情報分析会社は、米国の多くの原子力発電所が損失を被っていると見ている。原子力発電市場の機能不全は、米国におけるすべての電力産業のアプローチの問題となっている。マーチャント原子力発電所(編集部注:本コメンタリー末尾参照)-マーチャント原子力発電所は、組織化された電力市場に参加している。マーチャント原子力発電所にとって、電力市場への電力と発電容量の販売から得られる収入が運転コストを下回った場合、原子炉を早期に閉鎖することで赤字経営に歯止めをかけることになる。早期閉鎖を最初に行った原子力発電所は、マーチャント原子力発電所(すなわちキウォーニ発電所とバーモント・ヤンキー発電所)であり、2016年のニューヨーク州とイリノイ州のZECプログラムが適用された原子炉はマーチャント炉である。規制下にある原子力発電所-原子力発電所の中には、規制下にある電力会社のものもあり、それらの原子力発電所は、運転コストと投資利益を需要家が支払う電気料金から回収する。規制下にある電力会社と規制当局は通常、短期的な料金への影響のみに目を奪われるのではなく、長期的な見通しに立ち、原子力発電のすべての特性とそれがもたらす公益の価値を考慮する。しかし、原子力発電所の運転コストが電力購入コストより高ければ、電力会社、または州の電力規制当局は、原子力発電所を早期に閉鎖したほうが需要家の電力料金を安くできる、と判断するかもしれない。公共事業者所有の原子炉-政府、市町村の電力会社、協同組合、その他の公的電力会社が所有する原子力発電所は、顧客から費用を回収する。規制下にある電力会社と同様に、公的電力会社は、長期的観点に立ち、原子力発電のさまざまな特性と公益の価値を考慮する。しかし、2016年のフォートカルホーン原子力発電所の早期閉鎖は、原子力発電所の運転コストが電力購入コストを上回る場合、原子力発電所を早期に閉鎖したほうが、顧客/組合員の電力料金を引き下げることができることを示している。何ができるか?原子力発電市場の失敗((NECGコメンタリーNECGコメンタリー第14回参照))による存続の危機に対処する方法((2016年ANS原子力ツールキット参照))はいくつかある。これまでに次のようなアプローチが成功している。原子力発電所を所有する規制下にある電力会社、公的電力会社は、原子力発電がもたらす公益、その他の特性を理解しており、それぞれの発電ポートフォリオに原子力発電所を組み込んでいる。ニューヨーク州とイリノイ州でのZEC給付によって提供される直接的対価が、一部のマーチャント原子力発電所の運転継続を可能にしている。しかし、他の州(例えばバーモント州とウィスコンシン州)では、原子力発電所が早期閉鎖に至っている。アイオワ州がデュアン・アーノルド原子力発電所の長期電力調達契約(PPA)の延長を承認したことで、このマーチャント発電所は運転を継続することができた。その他のアプローチには、連邦政府の一定の関与が含まれる。早期閉鎖の脅威にさらされている原子炉の政府による買い入れと、新規原子力発電所への政府の投資再生可能エネルギー生産税控除などの税控除による既存の原子力発電所の収益改善も、原子力発電所の収益性を維持する1つの方法と考えられる。政府による原子力発電所からの電力購入、おそらくは連邦電力購入クリーン・エネルギー義務を通じて、収益を上乗せすることが考えられる。原子力発電所の収益を改善する炭素税を制定する結論米国では、原子力は、市場で他の電源と競合し合う電源の1つに過ぎないと考えられており、原子力発電所は、電力システム上の便益、公益、国家戦略的便益を有する電源であると評価され、それに基づく対価を受けることができないため、米国の原子力産業は存亡の危機に直面している。既存の原子力発電所の運転継続に道を開き、新しい原子力発電所を支援する政府の支援がないかぎり、米国の原子力産業は死を迎えることになるだろう。(編集部注)「マーチャント原子力発電所」:電力市場自由化環境下にある原子力発電所 PDF版
- 19 Jan 2017
- STUDY