キーワード:カーボンニュートラル
-
エネルギー白書2021がまとまる、「2050年カーボンニュートラル」などピックアップ
エネルギー白書2021(写真は報道配布用)2020年度の「エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2021)が6月4日、閣議決定された。今回の白書では、「エネルギーを巡る状況と主な対策」として、(1)福島復興の進捗、(2)2050年カーボンニュートラル実現に向けた課題と取組、(3)エネルギーセキュリティの変容――についてまとめている。例年、冒頭に取り上げている福島の復興については、「東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故の発生から10年が経過した」と、2020年度末を一つの節目ととらえ、これまでの廃炉に向けた取組と復興の進捗状況を記述。原子力災害からの復興がエネルギー政策を進める上での原点との認識を改めて示している。2020年度は、10月の菅首相による「2050年カーボンニュートラル」実現表明を受け、12月には14の重点産業分野(洋上風力、燃料アンモニア、水素、原子力、自動車・蓄電池、船舶、食料・農林水産、半導体・情報通信、物流・人流・土木インフラ、航空機、カーボンリサイクル、住宅・建造物/次世代型太陽光、資源循環、ライフスタイル)ごとに実行計画を示したグリーン成長戦略が策定された。今回の白書では、各分野の産業・技術競争力に関する主要国比較を紹介。日本、米国、中国、韓国、台湾、英国、ドイツ、フランスの8か国・地域を対象に、過去10年間における各分野の特許数、特許の注目度などを定量化した指標(トータルパテントアセット)をもとに評価を行い、順位表をまとめている。それによると、日本は、水素、自動車・蓄電池、半導体・情報通信、食料・農林水産の4分野で首位となったが、原子力では、米国(指標339,254)、中国(同220,847)、英国(同66,596)に次いで4位(同66,092)だった。これに関し、日本は原子力関連機器の製造分野での競争力が高いが、評価対象とした小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉などの次世代革新炉や核融合では、米国・中国が特許出願数の他、特許の注目度・脅威度も高いと分析している。各国のエネルギーセキュリティ定量評価(資源エネルギー庁発表資料より引用)また、白書では、エネルギーセキュリティに関し、エネルギー自給率、化石燃料の安定供給確保、蓄電能力、サイバーセキュリティ対策他、9つの指標による諸外国比較も紹介。随所にコラムを設け、昨冬の電力需給ひっ迫に係る要因・対策、2020年8月の米国カリフォルニア州大規模停電の経緯などを解説し、教訓を述べている。
- 04 Jun 2021
- NEWS
-
総合エネ調査基本政策分科会、2050年のシナリオ分析に基づき議論
総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会(分科会長=白石隆・熊本県立大学理事長)は5月13日、前回4月28日の会合に引き続き「2050年カーボンニュートラル」実現を見据えた今後のエネルギー政策について議論。委員の秋元圭吾氏(地球環境産業技術研究機構〈RITE〉システム研究グループリーダー)より、技術課題克服の道筋を複数想定し電源構成やコストなどを評価するシナリオ分析の結果説明を受け意見が交わされた。〈配布資料は こちら〉同分科会は12月に、2050年の発電電力量で、再生可能エネルギーを約5~6割、原子力と化石燃料+CCUS(CO2回収・有効利用・貯留)を合わせて約3~4割、水素・アンモニアを約1割とする「参考値」を提示。これを基軸としRITEに複数シナリオの分析を依頼した。RITEによるシナリオ分析結果(RITE発表資料より引用)RITEが想定したシナリオは、「参考値」ケースの他、(1)再生可能エネルギー100%、(2)再生可能エネルギーの価格が飛躍的に低減する、(3)原子力の活用が進む、(4)水素・アンモニアの価格が飛躍的に低減する、(5)CCUSのCO2貯留量が飛躍的に増大する、(6)需要が変容する(自動車利用など)―各ケースに基づくもの。今回会合で秋元氏は、シナリオ分析の元となる世界エネルギー・温暖化対策評価モデル「DNE21+」を紹介。日本における原子力や再生可能エネルギーの導入に係る社会・物理的制約などの特性上、「DNE21+」活用には限界があることから、他の分析ツールも併用したとしている。分析結果によると、電力コストは「参考値」ケース(原子力10%、化石燃料+CCUS23%)で24.9円/kWhと、2020年の試算値13円/kWh程度のほぼ2倍に上り、「再生可能エネルギー100%」ケースでは53.4円/kWhとさらに増加。リプレース・新増設が行われることを前提に原子力比率2割の電源構成を想定した「原子力活用」ケースでは、24.1円/kWhとなった。これに対し委員からは、今後の議論に向けた基盤として評価が示される一方、わかりやすい情報発信や産業政策との整合性の観点からさらなる精査を求める声もあがった。水素・アンモニアの価格が低減するケース、CCUSのCO2貯留量が増大するケースで、電力コストは、それぞれ23.5円/kWh、22.7円/kWhと試算されたが、CO2を多く排出する鉄鋼産業として橋本英二氏(日本製鉄社長)は、水素利用実用化の不透明さを懸念するとともに、「安定供給とコスト抑制は絶対外せない。ゼロエミッションの生産プロセスを確立し日本の成長力につなげたい」と強調。これまでも技術イノベーション推進に関し多くの意見を述べてきた隅修三氏(東京海上日動火災保険相談役)は、CCUSにおけるCO2輸送・海外貯留に伴う地政学的リスクなどを指摘した上で、原子力発電を維持しバランスのとれたエネルギー構成を図っていくべきとした。また、同調査会原子力小委員会の委員も務める山口彰氏(東京大学大学院工学系研究科教授)は、「不確かさを政策でどうカバーするのか」などと、より現実的なエネルギー基本計画を検討していく必要性を強調。12日には国内初の40年超運転となる関西電力美浜3号機の運転方針が示されたところだが、同氏は、海外の長期運転のニュースとして、米国サリー1、2号機の80年運転の承認取得を紹介したほか、新増設・リプレースに関し、「技術開発のリードタイムを考えると新型炉の計画は今から取り組むことが必要」と訴えた。会見を行う梶山経産相、今夏・今冬の電力需給を始めエネ政策推進に緊張感を示した(インターネット中継)エネルギー政策の方向性に関し、梶山弘志経済産業相は14日の閣議後記者会見で、コスト、安定供給、安全性などを総合的に勘案し議論する必要性を改めて述べた上で、「日本は資源のない国で、他国のように『このエネルギーでいく』と決め打ちできる状況にない」として、多様な意見が寄せられることはいとわない考えを示した。
- 14 May 2021
- NEWS
-
総合エネ調基本政策分科会、「46%削減」目標を踏まえ議論
総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会(分科会長=白石隆・熊本県立大学理事長)は4月28日、「2050年カーボンニュートラル」を見据えた2030年に向けてのエネルギー政策について議論した。〈当日の 配布資料 動画〉議論に先鞭を付ける梶山経産相(インターネット中継)前回22日の会合では、「2030年に向けたエネルギー政策のあり方」として、資源エネルギー庁が同調査会下の原子力小委員会における議論も整理した大部にわたる資料を提示した。今回会合の冒頭、梶山弘志経済産業相は、22日夜から行われた米国主催の気候サミットに向けて菅首相が表明した「2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す」ことに言及。新たな目標について、「これまでの目標を7割以上引き上げるもので、達成は決して容易ではないが、一つ一つの課題を解決していくことは新たなビジネスチャンスにもつながる。この挑戦は日本の成長戦略そのもの。これを目指す道筋として、どのようなエネルギー政策が考えられるか」と述べ、委員らに対し集中的な議論を求めた。委員からはまず、福井県知事の杉本達治氏が同日関西電力美浜3号機、高浜1、2号機の再稼働(40年超運転)に同意したことを述べた上で、今後の原子力政策に関し、(1)県が消費地域から批判を受けることのないよう国民理解活動は効果の検証も合わせて行う、(2)地域振興策を継続的に充実していく、(3)新増設・リプレースの議論は安全性を高めていく観点も加える――ことを要望。福井県議会は23日に、エネルギー基本計画の見直しに向け、「原子力の位置付けを改めて明記し、安全性を最優先した既設発電所の再稼働のみならず、新技術の開発等も含めた具体的なロードマップを示すべき」とする意見書を決定している。また、日本エネルギー経済研究所理事長の豊田正和氏は、水素・アンモニアによる火力の脱炭素化加速とともに、原子力の位置付けに関し、(1)新増設・リプレースを明確化する、(2)現行エネルギー基本計画の「依存度を可能な限り低減」の表現維持には矛盾がある、(3)未稼働年数を法令に定める運転期間から除く――ことを主張。 「46%削減」を踏まえた「2050年カーボンニュートラル」実現に関しては、「環境保全、経済成長、エネルギー安定供給のトリレンマ解決に向けた投資は長期的視野で。産業が国外に流出してCO2排出量が低減しても、国力が落ちてしまっては意味がない。そのためにも原子力技術は選択肢」といったイノベーションの戦略的推進や、需要側の構造変革など、具体的な施策検討を求める意見が多く出された。委員からの発言を受け、白石部会長は、「極めて野心的。これまでの発想を転換しなければ道筋を描くのは難しい」などと述べ、次回以降さらに議論を深めていくとした。
- 30 Apr 2021
- NEWS
-
日本におけるゼロエミッションの最適解
昨年10月26日、臨時国会初日に初めて所信表明演説を行った菅義偉首相は、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると公約した。もっとも、現時点で政府に明確なロードマップがあるわけではなさそうだ。そもそも、日本ではカーボンプライシングが導入されておらず、政策として計画的な温室効果ガスの削減がなされてきたとは言えない状況にある。それにも関わらず菅首相が思い切った目標を掲げたのは、11月3日の米国大統領選でジョー・バイデン候補(当時)が勝てば、欧州に加え米国が積極的な地球温暖化対策に乗り出す可能性があったからだろう。米国にゼロエミッション宣言で先を越された場合、菅政権は「後追い」との批判を免れなかったのではないか。もっとも、辛うじて先手を打ったとは言え、具体策が詰まっていない点はどうにもならない。菅首相は、昨年12月21日、官邸に梶山弘志経済産業相、小泉進次郎環境相を呼び、カーボンプライシングの検討を指示した。対立する両省に共同で具体策を決めるよう求めたのである。これで、ようやく日本でも実質ゼロエミッションへ向けた政策の議論が本格的に始まった。 意外な日本のエネルギー事情2019年における二酸化炭素の排出量は、製造業のシェアが32.9%で最も多く、これに運輸18.7%、サービス産業17.3%、家庭14.3%が続いていた(図表1)。キャップ・アンド・トレードで市場価格により排出を抑制するにせよ、炭素税を導入するにせよ、カーボンプライシングにより企業に温室効果ガス排出削減を求めるのは制度的には設計が比較的容易だ。また、国際社会におけるESG((Environment/Social/Governance(環境/社会/ガバナンス)))の流れから、企業側も準備を進めているだろう。一方、家庭の新たな負担につながる政策は、国民個々の暮らしに直結するだけに政治的な観点から非常にハードルが高い。また、2019年度における最終エネルギー消費の内訳を見ると、意外なことが明らかになる。温室効果ガスの排出に直結するエネルギー消費と言えば、何となく電力中心とのイメージがあるものの、電力の比率は25.8%に過ぎない(図表2)。実はエネルギーの最終消費段階における化石燃料の燃焼が、日本の温室効果ガス排出の最大の要因なのだ。一般的には太陽光、風力など再生可能エネルギーによる発電比率を大きく増やすことにより、温室効果ガスの排出量が劇的に減るとの見方がコンセンサスと思われる。しかしながら、他の条件を変えずに現状の電源を再エネ化しても、効果は限定的なのではないか。エネルギーの需要と供給の両面において、抜本的な改革を進めなければならない。具体的には、需要サイドにおいて「オール電化」を進めることが重要だ。多様な需要家がエネルギー源を電力に一本化すれば、少なくともエネルギー消費において温室効果ガスは発生しない。同時に供給側では化石燃料を使わずに発電するのである。川下と川上を同時にゼロエミッション化するわけだ。この需要と供給の組み合わせこそが、日本においてマクロ面から見たゼロエミッション達成への最短距離に他ならない。つまり、需要側のオール電化、供給側のオール再エネ発電化... 理屈の上では、これで日本のゼロエミッション達成は可能だ。ただし、それはあくまで机上の空論に過ぎない。最大の課題は、電力需要に関する供給との時間的・空間的なずれである。また、日本の自然環境と地理的な制約の下、経済合理性を維持しつつ、再エネの発電量をどこまで増やせるかのかについても、慎重に検討しなければならない。再エネがエネルギー供給サイドにおける重要な電源の1つであることに疑いの余地はないが、限界も理解した上でないと、持続可能なゼロエミッションの制度設計はできないだろう。 再エネを主軸にできるのか?電力は基本的に大規模な貯蔵、そして超長距離の輸送(送電)に難のあるエネルギーだ。つまり、電力の活用には原則として需要と供給の時間的・空間的一致を確保しなければならない。この問題を考える上では、電気自動車(EV)の例が分かり易いだろう。EV化が進めば、充電のために夜間の電力消費量が大きく増えると予想される。これを昼間にしか発電しない太陽光発電で賄うのは難しい。また、風力も風がなければ安定的に電力を供給できない。これまでは、超長距離輸送の可能な石油、石炭、LNGなどの化石燃料が、エネルギー需給の時間的・空間的調整弁の役割を果たしてきたのである。また、日本には再エネの適地が少ないことも大きな障害だ。例えば、再エネによる発電比率が40%に達するドイツの場合、国土は357万平方キロメートルで日本(379万平方キロメートル)とほぼ同規模だが、標高500メートル以下の可住地が66.7%に達し、日本の27.3%を大きく上回っている。従って、太陽光発電の適地が多い上、耕作地の比率が国土の34.2%に対し、日本の12.1%の約3倍の規模だ。その結果、ドイツはバイオマス発電の燃料が豊富なのである。さらに、ドイツは北側の北海、バルト海沿岸に非常に強い風が吹く。そのため、これらの地域は風力、洋上風力には極めて適している。2019年におけるドイツの電源構成を見ると、風力が20.7%、バイオマスが8.3%に達しており、この2つで総発電量の29.0%を占めていた(図表3)。それは、自然条件に恵まれていたことが重要な要因だ。一方、太陽光、風力の適地が少なく、バイオマス燃料の調達が難しい日本において、今、最も期待されているのは洋上風力だろう。ただし、火山噴火によって成り立った日本列島の沿海は、海岸近くから急激に水深が深くなる場所が多く、遠浅が条件である着床式風力の設置には向かない。畢竟、浮体式が中心になるが、構造が複雑でコストが高くなる上、高波時の復元性喪失リスクなどが問題になり、地元の漁業者などとの調整に時間を要して活用は思うようには進んでいない模様だ。ちなみに、環境先進国と言われるドイツでも、不安定な再エネの利用には幾重にも保険を掛けてきた。例えば、大陸に位置する特性を活かして国境を越えたグリッドが張り巡らされているため、隣国のフランスから電力を買うことが可能だ。また、黒海海底を通る天然ガスのパイプライン「ノードストリーム」により、ロシアから天然ガスの供給を受けている。現在、「ノードストリーム2」が建設の最終段階にあるが、米国などはロシアへの警戒感から開通に反対してきた。しかし、ドイツはエネルギー確保の観点から運用への積極姿勢を崩していないようだ。((『老獪なドイツに学ぶべき日本のエネルギー戦略 後編』に詳しい))日本ではドイツの再エネ比率が総発電量の40%に達することへの評価が高い。もちろん、日本にはドイツに学ぶべき点がある。ただし、発想を逆転して考えれば、ドイツはこれだけの保険措置を講じても、現段階で再エネ比率が40%に留まるのである。日本の場合、自然環境・地理的課題が簡単には解決するわけではない。つまり、再エネ比率を劇的に引き上げるには様々なハードルがある。日本においてエネルギー需要サイドのオール電化、供給サイドの脱化石燃料化によるゼロエミッションを達成するには、再エネだけでなく他の方法を併用しなければならないだろう。 “Power to Gas”の切り札となる可能性のある物質日本をゼロエミッション化する上での切り札の1枚として注目されるのが“Power to Gas”の考え方である。ごく単純化すれば、再生可能エネルギーの適地であり、且つ化石燃料資源の豊富な国・地域において、再エネによる電力を活用して化石燃料から水素を生成し、それを液化して日本に運ぶ方法に他ならない。日本で水素による火力発電を行えば、脱化石燃料の電力を供給することが可能になる。例えば、条件を満たす国としては、オーストラリアやサウジアラビアなどが有望なプロジェクトのパートナーになり得るだろう。水素の生成過程で二酸化炭素を排出するが、これはプラントから生じるものであり十分に管理可能だ。最終的にはCCS (Carbon Dioxide Capture & Storage:CO2回収・貯留)によって地中に貯蔵することになる。つまり、“Power to Gas”は、需要と供給の時間的・空間的一致が必要な電力(Power)を運送手段(キャリア)としてのガスに転換することで、劇的な温室効果ガス排出削減達成を目指す戦略に他ならない。再エネの適地に恵まれない日本にとっては、具体化のプロセスが明確なだけに、実現可能な画期的手法と言えるのではないか。もちろん、当然ながら障害は少なくない。まず誰もが思い付くのはコストではないか。十分な量の水素を生成し、発生するCO2をCCSで処理、水素を日本に運ぶにはサプライチェーンの確立に大きな投資が必要だ。また、オペレーションコストも勘案しなければならない。さらに、エネルギーの運搬手段として水素をそのまま活用するには、課題が山積していることは既に多くの指摘がある。最大の問題は水素のエネルギー密度が非常に小さいことだろう。気体のままでは容積が極めて大きいため、輸送・貯蔵には液化の必要があるが、水素の融点は▲259.2℃と極めて低く、圧力を加えても液化する温度が大きく変化しない(図表4)。また、水素は着火し易く爆発のリスクも高いため、非常に扱い難い物質と言える。従って、水素を大量に液化して長距離を輸送するには、相当な技術開発、インフラ投資、そしてオペレーションコストを要するのではないか。もちろん、日本国内においても、サプライチェーンの整備・運営費用はかなり大きなものとなりそうだ。 こうした水素のデメリットを乗り越えるため、最近、注目を集めているのがNH3、つまりアンモニアに他ならない。アンモニアは水素と窒素から合成可能であり、再び水素を取り出すことも可能だ。融点は▲77.7℃と高く、0.857MPaの圧力を掛けると常温(20℃)でも液化することが重要な特徴と言える。この0.857MPaは、プロパンガスの液化に要する圧力とほぼ同等だ。つまり、水素と比べて非常に扱い易い。アンモニアは、日本では『毒物及び劇物取締法』によって劇物に指定されてきた。例えば液化したアンモニアに触れると、皮膚がただれるなどの危険がある。ただし、農業用肥料として広く活用されており、2020年にはインドネシア、マレーシアなどから18万トンが輸入された(図表5)。従って、大量輸送や貯蔵の技術、取り扱いの方法は既に確立されているわけだ。また、水素に比べてアンモニアは着火し難く、火の回りが遅いため、火力発電の燃料として使用するには工夫が必要と言われる。ただし、既に日本国内では化石燃料との混合燃焼実験も行われており、既存の炉で使えるとの結果も報告された。アンモニアそのものでの活用、水素の生成など、今後、実用化へ向けた実験が加速するだろう。米国地質調査所(USGS)によれば、2020年には世界で1億4,400万トンのアンモニアが製造された。主な生産国は、中国3,800万トン、ロシア1,500万トン、米国1,400万トン、インド1,300万トンなどだ。もっとも、日本がエネルギーの運送手段としてアンモニアを活用するのであれば、オーストラリア、そして中東における大規模なプラントが必要と考えられる。 重要な安全保障の視点菅首相が公約した2050年まで既に30年を切っており、立ち止まって考える時間的余裕はない。また、地球温暖化対策は、国際的にコストではなく成長戦略となりつつあるなかで、競争を戦い抜く上で、日本は早期に明確で実現可能な具体策を持たなければならない。そうした観点から、実質ゼロエミッション化については、エネルギーの需要側におけるオール電化、そして供給サイドにおける電源の脱化石燃料化... 現状、この組み合わせが最も有望と言えるだろう(図表6)。電源に関しては、1)再生可能エネルギー、2)水素(アンモニア)、3)原子力――を組み合わせる方向へ政策の議論は収斂して行くのではないか。このなかでは、特に新たなソリューションであるアンモニアの活用への注目度が高まると考えられる。ただし、再エネ、原子力も極めて重要だ。水素・アンモニアについて実用性の高いサプライチェーンが確立された場合、この“Power to Gas”の戦略に残された課題の1つはエネルギー安全保障に他ならない。水素・アンモニアをオーストラリア、中東などから輸入するには、南シナ海、東シナ海を通過するシーレーン確保が極めて重要だ。もっとも、これらの海域では中国が南沙諸島の人工島建設に加え、台湾への影響力拡大を目指している模様であり、緊張感が高まることは十分に考えておく必要がある。つまり、オール電化の下、電源を水素・アンモニアのみに依存することは極めて危険だ。“Power to Gas”を積極的に活用する上で、日本は有事に際してもエネルギーの供給が可能な自前の電源を持たなければならない。脱化石燃料化との両立を考えた場合、それは再エネと原子力にならざるを得ないだろう。つまり、ゼロエミッションへ向け、再エネ、水素・アンモニア、原子力のバランスの採れた電源構成こそが求められているのである。
- 16 Apr 2021
- STUDY
-
【第54回原産年次大会】セッション3「日本が持つべきエネルギービジョン」
第54回原産年次大会の最後のセッション3では、来るべきゼロエミッション時代を念頭に、日本が目指すべきエネルギービジョンについて、国内外の有識者を迎え、パネル討論を実施。金融アナリストの市川眞一氏がモデレーターを務め、昨今話題の「カーボンニュートラル(ネットゼロ)」時代に対応するための日本のエネルギー・環境政策を、原子力の果たすべき役割を交えて考察した。今大会に於いては、セッション1で「脱炭素社会に向けた地球規模の課題」を洗い出し、セッション2でエネルギー政策/原子力政策を前へ進める上で欠かせない福島の復興を議論した。本セッションではそれらのセッションを受けて、「未来へ向けてどうするべきか」(市川氏)について、ゼロエミッション分野で先行する海外事例を参考にしながら、「日本が持つべきエネルギービジョンとはいかなるものか?」「原子力産業界はそれに向けてどのように取り組むべきか?」といった議論が展開された。市川氏は、カーボンニュートラルという考え方にまだ日本人がキャッチアップしていないと指摘。世界の認識では「温暖化対策はコストではなく成長戦略」と捉えられているとした上で、金融の世界でも昨今ESG((Environment/Social/Governance(環境/社会/ガバナンス)))が非常に重視されており、ESGを疎かにしている企業は資金調達が困難になるだろうと警鐘を鳴らした。最初に国連欧州経済委員会(UNECE)の持続可能エネルギー部門のディレクターであるスコット・フォスター氏が発表。国連が掲げる17のSDGs(持続可能な開発目標)の中心にエネルギーの安定供給があるとした上で、ゼロエミッション電源への移行において原子力発電は不可欠との認識を示した。フォスター氏 発言要旨今や「気候変動」はいつか来たるべき預言なのではない。現在進行中の現実だ。地球全体の気温はすでに1℃上昇しており、この上昇を近い将来に2℃までに抑えるのは極めて困難。今すぐに手を打たなければならない。欧州経済委員会(ECE)加盟国を対象に実施したUNECEの分析では、このまま何もしないレファレンス(REF)シナリオ、各国で目標を実施する(NDC)シナリオ、パリ協定以降の温度上昇を2℃に抑える真剣な取り組みを行う(P2C)シナリオの3つを検討した。その結果、P2C実現のためには2050年までに少なくとも900億トンのCO2を削減/回収しなければならないことが分かった。P2Cシナリオでは原子力の役割は非常に大きく、原子力を除外すると成立しない。炭素回収・貯留(CCS)や水素利用なども高コストではあるが、将来必要になるものだ。どんな技術も排除する余裕はない。まず現行のエネルギーシステムの環境負荷を低減させるため、CCSや高効率低排出(HELE)技術など低炭素技術への投資ガイドラインを策定する必要がある。また天然ガスから発生するメタンも温室効果が高いため、適切に管理しなければならない。エネルギー変革にあたっては、現在掲げられている各国の政策では全く不十分である。政治的な配慮を排し、現実的に持続可能なエネルギー行動計画を追求しなければならない。またカーボンプライシングや市場の再設計も必要だ。プラグマティズムに基づいて、経済面、社会面、環境面から持続可能な開発を追求することで、これは必ずや達成可能である。♢ ♢続いて英国原子力産業協会(NIA)会長のティモシー・ストーン卿が「原子力なくしてネットゼロなし」と題して発表。子孫のためにもネットゼロへ向けて今すぐに行動しなければならないと、強く呼びかけた。ストーン卿 発言要旨 英国の電力の大半は依然として化石燃料によって賄われている。さらに一次エネルギーを見ると、多くが化石燃料によって賄われている。この状況は日本と共通点が多い。日本のエネルギーミックスを見ると、原子力や水力のシェアは僅かで、大半は化石燃料によっている。日本ではエネルギーセキュリティ的に多くのリスクが顕在している。大半を他国に依存しており、燃料輸送も(スエズ運河を含む)シーレーンに依存するなどリスクが高い。 2050年までに温室効果ガス排出をネットゼロにするためには、日本も英国同様に化石燃料を別のエネルギー源で代替する必要がある。中でも天然ガスを代替するものがなければ、エネルギー供給には大きな問題が生じる。現実的な代替候補は水素であり、原子力(高温ガス炉)によって製造される水素は、他の方法によって生成されるものに比べて最も安価になると思われる。日英が先進モジュラー炉や高温ガス炉の開発で連携することは、極めて実り多い。しかしここで問題となるのが政治のリーダーシップである。 昨今の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックはこれまで類を見ない問題であったが、気候変動問題はその比ではない。これは市場の問題でも企業レベルの問題でもなく、インフラの問題である。インフラについては政府が責任を負うものであり、そのリーダーシップが大変重要だ。原子力の最大の課題は、「資本コスト」だろう。原子力の発電コストは、発電所建設に掛かった資本コストに最も影響を受ける。資本コストが低ければ、原子力は再生可能エネルギーと比較しても十分競合できる。したがって政府は、原子力の資本コストを、出来る限り低減させなければならない。低炭素は我々の将来に欠かせない要素であり、今すぐ対処すべきである。COVID-19に各国が連携して対応するように、COP26に向けての協力が必要だ。忘れてはならないのはそれが次世代の社会に大きく影響するということだ。原子力なしにはネットゼロ実現は不可能であり、日英が協力して課題に対処していけることを願う。♢ ♢続いて米国より、米国原子力エネルギー協会(NEI)シニアディレクターのキャロル・ベリガン氏が米国の原子力を取り巻く状況を発表した。ベリガン氏 発言要旨この1年で各国のリーダーは気候変動に対し迅速に決然と行動するようになった。意欲的な目標設定が行われており、バイデン政権も2035年までに100%クリーン電力とすることを打ち出した。原子力はこの問題解決のカギとなる。米国の総発電電力量に占める原子力シェアは20%に過ぎないが、カーボンフリー電力に占める原子力シェアは50%以上である。特にこの1年、コロナ禍や2月に米国南部を襲った大雪といった未曾有の危機の中でも、原子力発電所は運転を継続し、その真価を発揮した。2020年には原子力は初めて石炭火力を抜き、米国で二番目の電源となった。米国の55の原子力発電サイトで8000億kWhを発電し、90%以上の設備利用率を維持し、昔より少ないユニット数でより多くの電力を発電している。世界各国の意欲的な気候変動防止目標の実現にはエネルギーシステムの変革が必要だ。その中核を成すのが原子力であり、各国政府、NGO、民間いずれも原子力なしでは目標達成が難しいとの見解で一致している。バイデン政権も真剣に取り組む姿勢を打ち出しており、パリ協定復帰に加え、来週には気候サミットを主催し世界的な流れを加速させようとしている。政権関係者も原子力の持つ役割を認めている。また既存の原子力発電所を維持しつつ、迅速に次世代炉への移行を進めなければならない。SMR、マイクロ原子炉、そのほか新型炉により原子力は一層高効率、低コストかつ多機能に使えるものとなる。新型炉は規模も様々で出力も簡単に変更できる。風力や太陽光など変動性のある電源との相性は良い。こうした米国での進展は日本にも波及し、クリーンエネルギー社会の実現につながることになるだろう。♢ ♢日本経済団体連合会で副会長ならびに資源・エネルギー対策委員長を務める越智仁三菱ケミカルホールディングス取締役は、経済界の立場からエネルギー政策および原子力の役割・課題について言及した。越智氏 発言要旨エネルギー政策の基本はS+3E(安全性を大前提とした安定供給、経済効率性、環境性の確保)である。加えて、世界のエネルギー・電力システムは3D、すなわち脱炭素化(Decarbonization)・分散化(Decentralization)・デジタル化(Digitalization)という方向に向かっており、こうした潮流にもしっかりと対応していく必要がある。菅総理のカーボンニュートラル宣言を経済界としても高く評価しており、その実現に全力で取り組む考えだ。脱炭素社会の実現のためには、エネルギーの需給両面から、抜本的な構造転換を図っていく必要がある。電源の脱炭素化はもちろん、エネルギー消費の4分の3が非電力、熱需要であることを踏まえれば、非電力も含めた総合的な対策が求められる。具体的には、政府の検討でも示されている通り、①エネルギー需要の電化と電源の脱炭素化、②エネルギー需要の水素化と安価な水素の大量供給、③なお排出が避けられないCO2の固定・再利用--の3つを柱に、取り組みを進めていくことが重要だ。経団連では今年の3月16日、2019年4月に取りまとめた電力システムの再構築に関する提言の第2弾となる提言を公表した。提言では、まず、2050 年カーボンニュートラルを実現するための電力システムの将来像について論じた。とりわけ、電源ポートフォリオについては、再エネや原子力に加えて、脱炭素化に資するあらゆるリソースを柔軟に組み合わせることが重要だ。そのうえで、電気事業の環境整備策として、カーボンニュートラルの実現を見据えた電源新設投資を確保するため、容量メカニズム((卸電力市場(kWh市場)とは別に、供給能力に対する価値に応じた容量価格(kW価格)を支払う))の拡充や、FIP制度((Feed in Premium:卸市場などで販売した価格にプレミアムを上乗せする⽅式))の活用等で適正な収入の予見性を確保するよう提案した。2050 年の電源構成については、全ての電源を選択肢から排除しないことが重要だ。数ある電源の中でも、原子力は3Eのバランスに優れたエネルギー源であり、人類が将来に亘って必要なエネルギーを確保し、カーボンニュートラルへと向かっていく上で不可欠な技術である。引き続き重要なベースロード電源として活用していくことが重要と考える。原子力は2050 年段階でも然るべき水準を維持し、供給力として相応の役割を担うことが期待される。一方で既存炉の40 年運転では、2050 年段階で稼働している原子炉はわずか3基となってしまう。運転期間の60 年、さらには60年超への延長や、不稼働期間の取扱い((現在のように、審査の長期化により稼働していない期間も「運転期間」に含めるのかどうか))に関する検討はもちろん、リプレース・新増設にも取り組んでいく必要がある。また、将来を見据えれば、既存の軽水炉の安全性向上につながる技術はもちろんのこと、SMRや高温ガス炉等の、安全性に優れ、経済性が見込まれる新型原子炉の開発を進めていくことも極めて重要だ。福島第一原子力発電所事故以降、原子力に携わる人材が一貫して減少しており、技術・人材基盤の維持に懸念が生じている。次期エネルギー基本計画への記載をはじめ、早期に国としての方針を明確化する必要がある。♢ ♢続いて、「カーボンニュートラルと原子力政策」と題し、慶應義塾大学の遠藤典子特任教授が発表。カーボンニュートラルを目指すからには原子力は必然であり、そのことをきちんと政策に盛り込んでいくべきだと力強く訴えた。遠藤氏 発言要旨菅総理のカーボンニュートラル宣言を受け、さまざまな審議会が各所で立ち上がっている。経済産業省だけでなく、環境省でもカーボンプライシングの検討会が始まっている。そして今年はエネルギー基本計画の改定の年であり、エネルギーミックスをどのようにするか、これから基本政策分科会にて結論を出すことになる。海外へ目を転じると、気候変動サミットが米国で、G7の議長国である英国でG7サミット、G20でもエネルギー大臣会合があり、国連総会、G20首脳会合、そして11月に英国でCOP26が開かれる。議長国である英国とバイデン政権となった米国との間で、気候変動のリーダーシップをめぐっての駆け引きが行われている。両国に共通しているのは「原子力はカーボンフリー電源である」ことを政策的にきちんと位置づけている点だ。ここが日本とは違う。日本の場合火力発電由来のCO2排出量が依然として非常に多い。基本政策分科会で示されている参考値として、「原子力と(CO2回収を前提とした)火力」「再生可能エネルギー」が取り上げられており、議論されている。再エネを50〜60%、水素・アンモニア発電を10%、原子力とCCUS((Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:炭素回収・利用・貯留))を合わせて30〜40%という数字が参考値として示されている。昨年から今年にかけての年末年始の需給の逼迫は、実に停電寸前の状態であり、危機的な状態にあった。その主たる要因はLNGの不足だったのだが、構造的な要因は原子力が稼働していないことに尽きる。原子力の稼働数が少ない場合、LNGがそれをカバーするため大変な負荷がかかっているのだ。原子力は現状4基しか稼働しておらず、長期的に見ると40年運転の制限の中では、加速度的に原子力が退役していき、原子力がない状態でカーボンニュートラルを目指さなければいけないことになる。今後電化の進展により、需要サイドは30〜50%ほど2050年に向かって伸びていくと予測されているが、原子力が40年運転で閉鎖される場合、原子力シェアはわずか2%になる。全ての原子炉が60年まで運転期間を延長できたとしても、2050年には12%に近づくが、2060年には5%を切り、2070年には2%を切るところまで落ち込んでしまう。こうした現状を目にすれば、原子力の新増設が必要になると考えるほかない。カーボンニュートラルを求めるからには原子力の利用は必然なのだ。安全性を確保した上での既存炉の長期利用革新技術の開発(イノベーションは原子力の分野でも必ず起きる)事業の予見可能性を制度的に確立する今のエネルギー基本計画の中に、以上の3点をしっかりと織り込んでもらうことを強いメッセージとして発しなければならない。原子力は日本のメーカーが世界的にも優位にある産業で、しっかり守ることが重要だ。私は菅総理のカーボンニュートラル宣言は、総理から原子力産業へのメッセージと受け止めている。♢ ♢最後に市川氏が「カーボンプライシングの衝撃」と題して発表。先行事例であるEUの排出枠取引(EU-ETS:European Emission Trading)を例に、日本がどのように制度的に取り入れていくかを論じた。市川氏 発言要旨カーボンプライシングの代表例が、EU-ETSだ。最近、EUが2030年までの温室効果ガス削減目標を、従来の1990年比40%から55%へと大幅に引き上げたことにより、その価格が急騰しており、金融の世界では大変な注目を集めている。EU-ETSにおいては、温室効果ガス排出量が多い一定規模以上の燃料燃焼施設、産業施設26種類に関し、EUが施設毎に排出枠(キャップ)を定める。ある施設の排出量がキャップを下回った場合、その部分をクレジットとして市場で売却可能とした。一方、排出量が排出枠を超えてしまった施設は、市場でクレジットを購入し、排出枠を増やさなければならない。EU域内の排出枠の総量を毎年削って行けば、EUとして国際的に責任を負った排出削減目標を達成できるわけだ。さらにEUは2019年12月、『EUグリーンニューディール』を発表。その柱の1つが温室効果ガス排出枠に関する「国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism)」の導入だった。この国境調整は、EU加盟国が排出規制を実施していない国から何かの製品を輸入する場合、EU域内で生産された製品が負担している排出枠購入コストを炭素税として課す制度である。温室効果ガスに関して国境調整が浮上した背景は、EU-ETSにおける排出枠価格の急騰だ。EU域内で厳しい規制をクリアするため排出枠を購入すれば、製品価格が上昇する。結果として温室効果ガスの排出削減が進んでいない国からの輸入が増えた場合、EU域内の事業者が不利になる上、世界全体で見ると排出量は減らない。この国境調整によるカーボンプライシングは、既に主要国における共通の関心事になりつつある。米国では、バイデン政権が積極的だと聞いている。また、EUを離脱した英国のボリス・ジョンソン首相も、6月にコーンワルで開催するG7首脳会議において、議長国として国境調整に関する提案を行う意向であると報じられた。日本にはカーボンプライシングの制度がないため、ここでしっかりと制度設計をしておかないと日本企業は国際的な競争に勝てなくなってしまう。排出枠取引では、価格は市場が決定するので、最終的なコストは不透明だが、確実に排出量を削減できる。今後世界はこちらが主流になるだろう。日本の最終エネルギーに占める電力の割合を徐々に上げながら、発電段階でのゼロエミッション化を進めるのが最も合理的な方法だろう。もちろん再生可能エネルギーも重要であり、水素・アンモニアにも取り組む必要がある。ただ、ドイツがあれだけこれまで努力を重ねてEUの中でも家庭用の電気料金が2番目に高い状況でありながら、再生可能エネルギーの比率は40%に留まっている。残りの30%は石炭・褐炭であり、10数%が原子力だ。ロシアからの天然ガスパイプラインを敷設し、フランスから電力を買いながらもそれが限界なのだ。対して日本のような少資源な島国で、どうやってカーボンプライシングの世界の流れに立ち向かい、国際貢献をしながら成長意欲を高めていくのかということを考えていけば、自ずと電源構成がどうあるべきかはわかってくるはずである。♢ ♢その後のパネル討論では、昨今話題のEUタクソノミーなど、原子力へのファイナンスを支援する制度のあり方を議論。「政府が原子力プロジェクトのリスクを取り除くことで、資金が回るようにする」(ストーン氏)、「投資促進のためのルール作りが必要」(フォスター氏)、のほか遠藤氏からは「政府がエネルギー基本計画の中できちんと原子力のターゲットの数字を上げることで、民間投資が促進される。“戦略的沈黙”なのかもしれないが、誤魔化しの10年とならないように」との強い要望も出た。
- 15 Apr 2021
- NEWS
-
【第54回原産年次大会】セッション1「脱炭素社会に向けた地球規模の課題」
第54回原産年次大会では、開会セッション・特別講演における示唆を踏まえて、新型コロナウイルスによる感染の世界的影響を考えながら、「パリ協定」で定められた2050年の脱炭素社会に向けて、エネルギー転換へのコミットメント、持続可能なエネルギーシステムの構築、およびこのような世界的課題への原子力の貢献等をセッション1のパネル討論で議論した。 まず始めに、国際エネルギー機関(IEA)のL.バロ・チーフエコノミストが脱炭素社会を実現する際に原子力発電がもたらす貢献と、その維持に向けて必要な措置等を以下のように説明した。2050年までのカーボンニュートラル(CN)達成に向けて、今後はゼロ・カーボンの電力を急速に増やしていく必要がある。その理由は、電力部門からのCO2排出量が1千万トン以上と最も大きいことや、脱CO2で最も上手くいっているオプションが化石燃料を暖房等に直接使うことだからである。エネルギーの転換を図ればエネルギー効率が上昇し、エネルギー全体の消費量を減らすことになるが、現在のエネルギー消費のうち80%が非電力であり、化石燃料の使用を削減するのは非常に大変なことだ。今後、電気の使用量は倍に増えていくが、その際、再生可能エネルギーなど非CO2の電源が非常に大きな役割を果たすことは間違いない。原子力も有用な役割を果たせるが、それは再エネに対抗してということではなく、「CN社会の実現にはすべての技術を活用していく必要がある」ということだ。すなわち、各国は皆、再エネへの投資を続けねばならないのだが、ここで原子力への投資を止めてしまうのは非常に高く付く。IEAは2019年に原子力の役割に関する報告書を出したが、原子力への投資は今以上に必要になると指摘している。再エネの場合はインフラ整備とくに送電網に多額の投資が必要だが、原子力は送電網を効率的に使っている。また、原子力の持つその他の大きなメリットとしては、発電所の建設にあまり大きな面積を必要としない点が挙げられる。現在、規制面や市場面の不備により原子力の経済性に大きな問題が生じ、閉鎖を余儀なくされる発電所が相次いでいる。原子力発電所は安全に60年使用できるので、不必要な廃炉を避けるためにキチンとした評価が必要である。また、原子力は新規の建設に巨額の先行投資を必要とするため、民間だけで資金調達するのは難しい。政府はこのような点で原子力を支援するとともに、カーボンプライシングなどでも原子力が公平に評価されるよう、政策整備をきちんと進めねばならない。SMRなどの技術革新を進めることも重要で、今はこれらは実証段階のものもあり、実現すれば投資面でも運転面でも大きなメリットを生むだろう。世界では脱原子力を決めた国もあり、各国が選択する道は様々だが、社会的にも歴史的にも原子力が受け入れられている国では、原子力は経済的にも非常に賢明な選択肢ということになる。経済協力開発機構・原子力機関(OECD/NEA)原子力技術開発・経済課(NTE)の原子力アナリスト、M.ベルテルミ氏は「脱炭素化に向けた地球規模の課題」について次のように説明した。国際エネルギー機関(IEA)が2020年に公表した「クリーンエネルギーの進展評価」によると、原子力の開発見通しはあまり順調ではない。IEAの持続可能な発展シナリオ(SDS)を達成するためには、既存の原子炉の長期運転(LTO)を支援するとともに、第3世代の大型炉や小型モジュール炉(SMR)など新規建設の加速が不可欠である。これらで原子力発電が進展すれば2050年の脱炭素化では原子力は最大50%の貢献を果たせる。原子力の見通しとしては、今後は電力以外の多くの分野で原子力を応用することで、気候中立が困難とされるエネルギー部門にも対応可能となる。原子力の熱利用に関しては歴史的な経験があるが、障壁となっているのは技術的なレベルの問題ではなく、今日のエネルギー市場における許認可や市場の連結統合に関わる問題である。このため、原子力はこれらの部門の脱炭素化を支援するポテンシャルは非常に大きいと言える。今後、原子力が低炭素エネルギーミックスの中で最大限の実力を発揮するには、主に次のような政策が必要になる。すなわち、長期的な脱炭素化を推し進めるための構造的な「電力市場の改革」や、「政府が原子力発電所の新設で資金調達を支援する」ため、直接的、間接的アプローチを取ること。また、小型モジュール炉(SMR)の開発を早期に進めるため「国際的な許認可の枠組を設定する」ことなどである。もっとも、電力市場を自由化するだけでは低炭素電源は実現できない。低炭素電源に対する資金調達は重要で、原子力発電所への投資は大きな意義を持つ。以前はグリーン支援が大きな意味を持ったが、今ではエネルギー市場から投資を得ることが重要である。少なくとも低炭素化への移行期においては、長期にわたるため民間の融資の対象にはならない原子力発電所の新設に、政府が財政支援を行う必要があり、理由としては、気候変動への影響や清浄な空気、燃料の多様化といった社会面や環境面の要因などが挙げられる。原子力が今後も他の電源に対する競争力を持ち、柔軟性と信頼性を兼ね備えた需給調整可能なエネルギー源としての地位を維持するには、さらなる技術革新が求められる。今後が有望視されている原子力関係の技術分野としては、SMRや先進的原子炉のほかに、水素製造や海水の淡水化といった電力以外の分野への応用、一層低コストで優れた運転性能を発揮する革新的な原子燃料などが挙げられる。また、革新的な原子力技術の商業化目指した開発を加速するためには、国際的な許認可の枠組を支援することも必要。規制要件の整合性を図り、設計の標準化を推進するほか、国際レベルで協調を高めねばならないだろう。世界原子力協会(WNA)のS.ビルバオ・イ・レオン事務局長は、「クリーンエネルギーの未来のための原子力技術」と題したプレゼンで、原子力発電がもたらす利点を以下のように指摘した。世界では近年、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する必要に迫られているが、原子力発電は電力事業の脱炭素化に大きな役割を果たす。日本の梶山経産大臣も、「今年1月の大雪で日本の電力供給が逼迫した際、太陽光も風力も頼みにならなかった。最終的に原子力が必要だということを国民に理解してもらわねばならない」と指摘、電力価格を抑え、供給不足を回避するには原子力が不可欠との認識を示した。経産省の2018年の発電計画では、再生可能エネルギーの比率を2030年までに大幅に上昇させる目標を掲げているが、日本がクリーンエネルギーの目標を達成するには、原子力発電所を迅速に再稼働させるとともに長期間運転(LTO)がカギとなる。短期的には、既存の原子力発電所のLTOが重要で、これは脱炭素化において最も費用対効果が高い手段である。これらは昨年のOECD/IEAや同NEAの報告書でも指摘されている。日本の長期的なクリーン電力目標を維持し、持続的な経済開発を支えるためには、新規の原子力開発プロジェクトが必要である。原子力は電力と熱を供給可能な唯一の低炭素エネルギー源であり、CO2排出量の削減が難しい産業部門の脱炭素化に貢献。CO2を排出せずに水素を生成することも可能で、高温ガス炉は水素製造でも有利である。これらのことから、結論として原子力が2050年までに世界のCO2排出量の実質ゼロ化達成に中心的役割を果たせることは明白であり、日本は国内原子炉の再稼働を進めるべきである。原子力は日本のように利用できる土地が限られた国には向いた電源と言える。日本はまた、高温ガス炉のプロセス熱を利用した大規模な電力、水素、水素由来燃料などの製造に用いることのできるこの分野の世界的技術を持っており、これに適した産業インフラも存在している。地球環境産業技術研究機構(RITE)の秋元圭吾・システム研究グループリーダーは、「カーボンニュートラルに向けた各種対策の役割・課題と原子力の位置付け」について次のような発表を行った。脱炭素化に向けては、最終エネルギーを原則、電気か水素の利用とする必要があるが、水素も燃料電池で利用するケースが多いため最終的な利用形態は電気とも言える。ただし、その製造においては脱炭素化が必要で、一次エネルギーとしては再生可能エネルギーと原子力、化石燃料に加えてCO2の回収・貯留(CCS)のみで構成しなければならない。また、完全に炭化水素を使わないというのは非現実的なので、植林やバイオエネルギーCCSなどのネガティブ排出技術の活用はあり得る。脱炭素化を実現するには(経済自律的な)低エネルギー需要社会の実現も重要。さらに、その移行過程も重要なので、気候変動影響被害や技術発展にともなう緩和費用を総合的に考えて、実効性のある低炭素化を進める必要がある。現在の技術・社会の変化を踏まえると、人口の低下等により総エネルギー需要の伸びが減少しており、長期的な大規模投資リスクを取りにくくなっている。このような背景から、米国等を中心に小型モジュール炉(SMR)の開発に関心が高まっているほか、分散型のエネルギー・リソースを安価に活用できる可能性も高まっている。再生可能エネルギーは、太陽光や風力を中心に大幅にコストが削減されており、大規模な拡大が見込まれる。ただし、システムコストで見た場合、蓄電池や水素を含めた需給制御、システム全体でのコスト削減が重要になる。原子力のような大規模なエネルギー供給技術は引き続き重要であるものの、分散型リソースとそれをつなぐデジタル化技術の役割が増しているため、原子力の役割は総体的に低下している。原子力は脱炭素社会の実現に向けた重要オプションに違いないが、技術の発展とエネルギー需要の不確実性が増してきているなか、分散型エネルギーである再エネやエネルギー需要側の対策が相対的に大きな役割を担いつつある。原子力はまた、設備利用率の悪化とそれにともなうコストの増加、競争力の低下という悪循環からいかに脱却するかが大きな課題。社会からの信頼回復を急ぐとともに、好循環を再構築する必要がある。東京大学大学院工学系研究科の小宮山涼一・准教授は、「カーボンニュートラル社会実現に向けた原子力エネルギー戦略」について、以下の発表を行った。世界のエネルギーシステムで「カーボンニュートラル(CN)」を実現するまでの移行期は21世紀中ごろまでとみられており、CNの実現後はCO2吸収量が排出量を上回る「カーボンネガティブ」の状態に移行するが、原子力はこれらの過程全体に貢献し得る重要なエネルギー源である。2020年から2021年にかけて、北東アジアでは産ガス国による供給量の低下や寒波による需要の増加でLNGスポット価格が高騰。これにより、LNGの安定調達や電力需給のひっ迫対策は重要課題となっている。2017年以降、中国によるLNG輸入量は徐々に拡大しており、2023年にはアジア最大のLNG輸入国になる見通し。LNGはCNへの移行を支える重要なエネルギー源であるため、この時期のエネルギー供給保証を強化する上で原子力は不可欠と言える。日本がCNを実現する可能性を「エネルギー技術の選択モデル」で評価してみると、原子力発電設備の新増設・リプレースで2050年までに2,600万kWに拡大することで、原子力はCN実現に貢献し得る経済的に合理的なオプションとなる。また、社会の電力依存が高まり電力の安定供給は一層重要な課題となるため、電力需要対応でも原子力は不可欠な技術オプション。CN実現にはあらゆる技術選択肢を総動員しなければならず、原子力は有力な選択肢となる。また、世界全体のエネルギーシステムで、総コストが最小となるエネルギー構成を求める数値シミュレーションモデル「DNE21」を使用してみると、高速炉でプルトニウムを有効利用すれば、放射性廃棄物が減容されて環境負荷の低減に貢献するほか、ウラン資源の制約も緩和される。地球の気温上昇を1.5℃に抑えるには、21世紀後半にCO2排出量をゼロ以下(ネガティブ)に抑えねばならないが、そのための技術(大気中CO2の直接回収等)を使うのにも大量の電力や熱が必要。現在、原子力産業界では小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉(HTGR)の開発に期待が寄せられており、これらは再エネやCO2を(回収・貯留するだけでなく)有効利用することも加えた技術(CCUS)などとともに、「脱炭素化とレジリエンス強化に資する分散型小型モジュラー炉を活用した持続可能なエネルギーシステム」の一部分を構成する可能性がある。このような持続可能なエネルギーシステムの実現に向けて、それぞれの利点や欠点を補完し得る共存関係の構築が重要となろう。これらに続くパネル討論では、日本政府が現在、エネルギー基本計画を改定中であることから、セッション・モデレーターを務めた東京大学公共政策大学院の有馬純・特任教授は、主に海外パネリストに日本国政府への原子力関係のアドバイスを求めた。IEAのバロ氏は、「日本の地理や人口密度の高さ、産業界が電力を大量に使用していることを考えると、再生可能エネルギーだけで原子力を使わず脱CO2を進めるのはコストもかかるし非常に難しくなる。政府の支援する姿勢が必要。ソーラー・風力で脱炭素化を図るには、送電網に多大の投資をしなければならずこれを考えているのは中国だけ」と指摘。安全性や社会的受容という点でキチンと折り合いをつけつつ、今ある原子炉を再稼働すべきだと述べた。WNAのビルバオ・イ・レオン事務局長も、「各国は地理、気候、文化、社会的側面が異なるので、それぞれに即したエネルギー政策を考えるべき。経済性を満たすべきであり、資源がなくベースロード電源が必要で30年以内の脱炭素化を考える日本は真っ先に既存炉の再稼働を果たすべきだ」と表明。また、「既存炉で可能な限りLTOを実現することも重要になるが、日本は今あるノウハウやインフラを活用できる」と述べた。OECD/NEAのベルテルミ氏も同様に、優先事項として既存炉の再稼働とLTO、国民の理解獲得への働きかけを挙げた。政府には脱炭素化や熱・発電・淡水化などでの原子力利用のメリットを国民に説明するという役割があり、原子炉の新規建設に向けた長期計画の策定も優先されるべきだとした。このほか、日本のエネルギー政策に関し海外パネリストから再度、「2050 年までのCN達成宣言は画期的」、「原子力発電なしのCN達成は非常に高コストとなる。既存炉再稼働が必要」、「原子炉の運転期間延長、新増設を政策に位置付けるべき」、「次世代炉による応用分野の拡大を図るべき」との提言があった。また「原子力の必要性については政府がリーダーシップをとり、国民に説明することが必要」、「原子力発電を事業者、規制者、自治体、国民によるソーシャル・ライセンスとして推進する政策検討が必要」との声も出された。会場からは航空機の非化石燃料利用の可能性の質問が出され、秋元氏が近距離での電動化とその前の段階でのバイオ燃料利用や将来の遠距離での合成燃料利用の可能性などを示唆した。最後にセッションのまとめとして有馬氏は、「CNの実現に向けて今回、原子力が重要な役割を果たすということでコンセンサスが得られた」と表明。再エネ100%で達成することはエネルギーの供給保証やコスト面で課題が有り、現実的ではないとした。また、「福島第一原子力発電所事故の後、日本では再エネか原子力かという不毛な二者択一論の悪影響を受けてきたが、国土が狭くてエネルギー供給保証が脆弱な日本では、再エネしか認めないという議論は建設的ではない」と指摘。再エネのコストが低下しデジタル化が進んだことで、分散型電源の役割が増してきていることを踏まえ、「様々な脱CO2オプションを組み合わせ、再エネが大きく拡大するという流れのなかでCNに向けて相乗効果を上げ得る原子力の位置付けを考えるべき」と述べた。さらに、今回のセッションでは、「再エネだけで脱CO2を実現しようとすれば電気代が上昇する。止まっている原子炉をできるだけ早く再稼働させ、長期間運転することが費用対効果という点で最良のCO2削減手段だという点で意見の一致を見た」と説明。2050年という長期のスパンで考えると、高温ガス炉などの新型炉の導入と既存炉のリプレースも議論の中で論点として浮かび上がってきたが、電力市場の自由化が進む中で市場任せにしておいてはこれらへの新規投資は行われない。このため明確な政策インセンティブや市場インセンティブが必要であるとした。以上のことから有馬氏は、「日本の原子力で最も重要なハードルは世論だが、原子力ナシで脱CO2を進めればコストの増加で日本経済が自爆しかねない。日本が長年にわたって培った原子力技術や人材が危機に瀕するなか、日本の国民生活を守るためにも既存炉の再稼働や原子炉の新設・リプレースが必要だと、理を尽くして国民に真摯に説明していくべき」と締めくくった。
- 14 Apr 2021
- NEWS
-
動力協会・桝本会長と電事連・池辺会長が対談
日本動力協会による「エネルギートップ講演会」が3月23、24日、オンラインで開催された。同協会が電力、ガス、石油などのエネルギー関連業界団体トップを招き3年おきに実施しているもの。24日には、電気事業連合会会長の池辺和弘氏が講演を行うとともに、動力協会会長の桝本晃章氏と対談した。池辺氏は、2050年カーボンニュートラル実現に向けた電力業界の取組として、(1)供給側の「電源の低・脱炭素化」、(2)需要側の「電化の推進」、(3)イノベーション・課題克服――を掲げ説明。12月に設置した電力各社社長による「2050年カーボンニュートラル実現推進委員会」で、今後、「社会の脱炭素化に貢献できる対策をしっかり議論していく」と述べた。また、同氏は、喫緊の課題として、新型コロナウイルス感染症への対応をあげ、「感染予防・拡大防止策を講じ、業界一丸となって日々緊張感を持ちながら、電力安定供給に万全を期している」と、電気事業者としての使命を改めて強調した。対談に入り、桝本氏が電力安定供給に係る現場の努力に労いの言葉を述べたのに対し、池辺氏は、2020年に運用を開始した九州電力川内原子力発電所1、2号機のテロなどに備えた「特定重大事故等対処施設」(特重施設)設置工事を例示。感染症対策下、3,000~4,000人の作業員が従事する中、特重施設が完成に至ったことを振り返り、「もしここでクラスターが発生したら、10~20日にわたり工事が止まってしまう」と、電力安定供給に係る現場意識の重要性を再認識した上で、「今後も気を引き締めて取り組んでいく」との決意を表明した。桝本氏は、昨今の報道による「再生可能エネルギーで電力供給がすべてまかなえる」といった誤解に危惧を示し、電圧や周波数などが安定した「電気の品質」の重要性からも、改めて「安定供給維持は電力マンの大きな仕事」と強調。池辺氏は、今後の電力需要の見通しに関し、「人口は減少しても電化が進むにつれ増えていくと思う」と予測。電力供給サイドとして、原子力については「科学的・技術的には完成されており、安全性をより高めるよう努めていくが、世の中の皆様に理解してもらう努力が必要」などと述べた。再生可能エネルギーや火力の必要性と課題もあげ、すべての電源を最大限活用しても「2050年ではぎりぎり対応できるところ」との見通しを示した。また、検討が進められているエネルギー基本計画見直しや2050年カーボンニュートラル実現に関し、池辺氏は、中国の習主席が2020年の国連総会で表明した「2060年カーボンニュートラル」に言及するなど、他国の脱炭素化に向けた躍進を示唆。将来に向けて「中国や米国などのビッグパワーの中で日本がどういう立ち位置にあるのか。どういうエネルギー構造が望ましいのか」を真剣に議論していく必要性を強調した。
- 26 Mar 2021
- NEWS
-
車のEV化は原子力政策に何を求めているか?
最近の新聞を見ていると、電気自動車(EV)の販売が世界で加速しているというニュースがよく目につく。そこで思い出すのが、2020年12月に行われた豊田章男日本自動車工業会会長(トヨタ自動車社長)の会見内容だ。豊田氏はそこで重大な発言をした。日本中に電気自動車が普及したら、大量に必要となる電気をどう賄うのかという問いかけだった。その問いかけにメディアはまだ応えていない。電気で走る電気自動車は一見環境に良いように見える。確かに走っているときには二酸化炭素などを含む排気ガスを出さない。だが、少し考えればわかる通り、その車が走るのに必要な蓄電池(バッテリー)の電気が、石油や石炭、ガスなどの化石燃料を使った火力発電所で生み出されていれば、トータルで見て、二酸化炭素を排出していることになる。言うまでもなく車を生産する工場でも二酸化炭素は排出される。では、電気自動車が再生可能エネルギーの代表格である太陽光発電で生み出された電気を使うなら、二酸化炭素を出してないと言えるかというと、そうでもない。太陽光発電は1年中、昼夜を問わず電気を生み出してくれるわけではない。夜になれば休むし、雨や雪が降ったり、曇るだけでも小休止する。なんと太陽光発電の平均的な稼働率は、日本では20%前後しかない。となると、太陽光発電が休むときに備えて、バックアップとして別の火力発電所を用意しておかねばならない。もちろん水力発電や原子力発電でもバックアップできるが、現実には化石燃料を使う火力発電なしでのバックアップは難しいのが実情である。つまり、太陽光はいまだ自立したエネルギーではない。電気自動車がいくら「太陽光発電の電気で走りました」といっても、間接的には化石燃料に頼っていることになる。言い換えると、電気自動車だけを見ても、それが二酸化炭素の削減に貢献したかどうかは分からず、電気自動車の電気がどういう手段で生み出されたかを考える必要が出てくる。たとえば、原子力発電が多いフランスと、いまだ火力発電が多いドイツでは、同じ電気自動車が走っていても、その自動車はエコにも非エコにもなるわけだ。ここまでは、ごく常識的な話だが、では、今後、世界中で加速する車のEV化にどう対処すればよいのだろうか。そういう中、菅義偉総理は2020年10月、「2050年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」とのカーボンニュートラル政策を宣言した。はたしてどこまで実現できるのか、個人的には冷ややかに見ているが、どちらにせよ、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするためには、電気自動車の普及は絶対に欠かせない。しかし、問題は、その電気自動車の電気をどういう方法で調達するかである。EV化で日本の車関連産業は壊滅する!そこで思い出すのが豊田氏の記者会見である。豊田氏は次のように述べた。「カーボンニュートラルは国家のエネルギー政策の大変化なしには達成できない。このまま車のEV化が急激に進めば、日本では車が作れなくなってしまう。仮に400万台の車をすべてEV化したら、夏の電力の使用ピークのときは、電力不足に陥り、その解消には原発だと10基分の電気が必要になる。充電インフラの整備には約14~37兆円かかる」(筆者で要約)豊田氏は他にも重要な指摘をいくつかしている。興味のある方はぜひYouTube(※テレビ東京にて視聴可能)を見てほしいが、残念だったのは翌日の新聞だった。毎日新聞だけは大きく取り上げ、「『脱ガソリン』反対 トヨタ社長、政府批判」との大見出しで報じた。報じたのはよかったが、見出しの言葉には「違うでしょ!」と思った。会見を聞く限り、政府に反対したというよりも、政府の性急なカーボンニュートラル政策によって、日本の基幹産業である自動車産業が壊滅的な影響を受けることへの憂慮を表明したと私には思えた。共同通信は「急速なEV普及推進に懸念」との見出しで配信したが、小さな記事だった。他紙には総じて目立つような記事はなかった。豊田氏は、このまま車のEV化を進めていけば、エネルギー政策の大変革が起きることを訴えたわけだが、そういう真意を深く汲み取った含蓄に富む記事はなかった。日本自動車工業会によると、日本には約7,600万台の車(バスやトラックも含む)がある。これらがいずれすべてEV化していく流れを考えると、いますぐにでも、原子力発電所の新設をもっと増やすのか、原子力発電所の再稼働をもっと進めるのか、または原則として40年という稼働を60年に延ばすのか、という真剣な議論を巻き起こす必要があるが、そういう白熱した議論は見られない。トヨタが世界のEV化戦争で勝ち抜けるかどうかは、私たち日本人にとって決して他人事ではない。案の定、2021年1月1日、日本自動車工業会などは驚くべき広告を主要紙に載せた。見開き2ページにわたり、「私たちは、動く。」との赤い文字が躍る斬新な広告だ(写真)。その中に「日本の自動車業界には、550万の人たちが働いている」と書いてあった。EV化を慎重に進めないと、550万人が路頭に迷う可能性があることを印象づける内容だ。それだけ危機感が強いのだろう。EV化の方向いかんでは、車関連産業に依存する愛知県や群馬県、静岡県などは壊滅的な影響を被る可能性がある。車のEV化はそれくらい日本経済に大きな変革を迫る動きなのだ。いずれは、GoogleやAmazonなどの海外の巨大IT企業が車の製造販売市場に参入してくるだろう。欧米はもはや「ハイブリッドカーではトヨタに勝てない。今後、トヨタに打ち勝つには電気自動車しかない」という戦略で車のEV化を強力に推し進めているようにみえる。「地球を守るため」という美しい文句は、うわべの宣伝であり、本心は自国に有利な産業を育成するのが狙いのはずだ。政府は2030年の電源構成で原子力の比率を20~22%との計画をつくり、推進している。しかし、原子力の再稼働でさえ思ったほど進まない中、このままでは、この比率の達成はほぼ不可能だろう。まして車のEV化を同時に進めようとしているならば、たとえ世間から批判があろうとも、原子力による電気の調達をどうするかの議論をもっと巻き起こす必要がある。政治の側にも豊田氏の憂慮に応える決断と覚悟が求められる。
- 19 Mar 2021
- COLUMN
-
日本財団、「脱炭素」をテーマに若者の意識調査
日本財団はこのほど、全国17~19歳の男女1,000名を対象に「脱炭素」をテーマとして1月に実施したアンケート調査の結果を発表した。同財団が選挙権年齢の引き下げを機に様々な社会課題をテーマに継続実施している「18歳意識調査」として行われたもの。それによると、地球温暖化の主な原因として66.7%が「人間の社会活動に伴う温室効果ガスの排出」と、77.4%が地球温暖化のリスク(異常高温、豪雨災害など)を「知っている」と回答。「日本のCO2排出量を削減すべき」と回答した割合は73.0%で、これらはいずれも2019年に実施された「気候変動」をテーマとする「18歳意識調査」での結果と比較しいずれも上昇していた。CO2排出を削減するために進めるべき取組としてあげられたのは、「再生可能エネルギーの開発促進」が2位以下を大きく引き離し最も多く66.0%で、「電気自動車および蓄電池の開発促進」の36.4%、「家庭および企業の省エネ対策の推進」の33.7%がこれに次いだ。この他、「火力発電の比率を低くする」は27.9%、「停止中の原子力発電の再稼働」は10.7%だった(複数回答)。2050年カーボンニュートラルについては、「評価する」が60.4%、「評価しない」が10.3%、「わからない」が29.3%で、実現可能性については、「わからない」が50.2%と半数を占め、「実現可能だと思う」は14.4%、「実現可能だと思わない」は35.4%となった。「評価する」と回答した人のうちでも、実現可能性については「わからない」が42.9%、「思わない」が36.6%に上っており、「目標を掲げること自体は評価するが、今の生活スタイルを続ける限りCO2排出は防ぎようがない」といった若者の意識が浮き上がった。再生可能エネルギーのうち、最も期待が集まったのは太陽光発電の69.1%で、水力発電39.9%、バイオマス34.9%、地熱発電30.7%がこれに次いだ(複数回答)。「脱炭素社会に向けて日本のエネルギー政策はどのように変わるべきか」との問いに対する自由回答で、太陽光発電の導入促進については、家庭への設置義務付けをあげる意見もあった。また、原子力の推進に関し肯定的な意見(安全確保を条件、分散化、核融合、電力需給安定化に向けて再検討、現状やむなしも含む)は32件、否定的な意見(シェアの低減も含む)は25件だった。この他、自動車走行の圧力や雷を利用したエネルギーシステムの研究、国民の意識変革を促す取組、研究開発や人材育成への投資などもあがった。今回の調査結果を受け、日本財団会長の笹川陽平氏は3月11日の自身のブログで、「30年後の地球環境をイメージするのは難しいが、健全な地球を将来に引き継ぐためにも世代を超えた最大限の努力が欠かせない」と述べている。
- 15 Mar 2021
- NEWS
-
カーボンプライシング
昨年12月21日、菅義偉首相は官邸に梶山弘志経済産業相、小泉進次郎環境相の2人を呼び、「カーボンプライシング」の導入検討を指示した。10月26日の臨時国会初日、同首相は所信表明にて2050年までに実質ゼロエミッションを達成すると公約、具体策の策定を迫られている。そうしたなか、温室効果ガス排出に価格を付けるカーボンプライシングが、地球温暖化対策の柱として急浮上したのだろう。カーボンプライシングと言えば、EUの排出枠取引(EU-ETS:European Emission Trading)が代表例だ。最近、その価格が急騰している(図表1)。2017年は二酸化炭素換算での排出枠1トン当たり5ユーロ台での推移だったのだが、2019年7月23日に29.76ユーロへと上昇した。新型コロナ禍による国際金融市場の動揺で昨年3月18日に15.23ユーロまで下落したものの、足下は40ユーロ近辺で史上最高値圏を推移している。ちなみに、一般には「排出権」と呼ぶことが多いが、現在は「排出枠(Allowance)」で概ね統一された。温室効果ガスの排出は「権利ではない」との考えが定着したことが理由に他ならない。EU-ETSにおいては、温室効果ガス排出量が多い一定規模以上の燃料燃焼施設、産業施設26種類に関し、EUが施設毎に排出枠(キャップ)を定める(図表2)。ある施設の排出量がキャップを下回った場合、その部分を二酸化炭素換算で1トン当たり1クレジットとして市場で売却可能とした。一方、排出量が排出枠を超えてしまった施設は、市場でクレジットを購入し、排出枠を増やさなければならない。EU域内の排出枠の総量を毎年削って行けば、EUとして国際的に責任を負った排出削減目標を達成できるわけだ。この「キャップ・アンド・トレード」と言われる仕組みは、1997年12月に京都市で行われた第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)において新条約への導入が決まった。『京都議定書』である。国・地域毎に排出枠のキャップを設け、排出量の削減を実現しようとしたのだ。また、排出量削減の数値義務を負った先進国である「附属書I国」は、数値義務を負わない「非附属書I国」、即ち途上国における事業で温室効果ガス排出量削減に貢献した場合、その部分をクレジットとして受け取り、自国・地域の排出枠を増やすことができるクリーン開発メカニズム(CDM)も導入された。人類普遍のテーマである地球温暖化抑止へ市場原理に基づく制度を活用することについては、当時、様々な議論があったようだ。もっとも、京都議定書の先進性は、初の包括的な温室効果ガス抑制のための国際条約であったと同時に、実効性を上げる手段として経済的なインセンティブを導入した点と言えよう。ただし、議論の過程で排出枠取引に最も熱心だった米国は、中国、インドなど大量排出国が途上国として数値義務を課されなかったことから、2001年1月に就任したジョージ・W・ブッシュ大統領が批准見送りを決めた。その結果、京都議定書のインパクトが大きく低下した感は否めない。一方、域内の排出量削減にこのキャップ・アンド・トレードを活用したのがEUだったわけだ。 温室効果ガス削減を計画的に進めたEUEUは、定格熱入力20MWを超える燃料燃焼施設及び石油精製、鉄鋼、セメント、紙・パルプなど10業種を指定して排出枠を設定、2005年から「フェーズ1」としてEU-ETSを開始した(図表3)。2008~12年の「フェーズ2」では航空セクター、2013~18年の「フェーズ3」ではアルミニウム製造、非鉄金属製造、アンモニア製造など10業種が加えられ、域内の排出量の45%に相当する排出源をカバーしているとされる。2021年から始まった「フェーズ4」では、当初、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で40%削減するとの目標が掲げられていた。しかしながら、昨年12月11日、ブリュッセルで行われたEU首脳会議において、このターゲットは1990年比55%削減へ大幅に引き上げられている。EU-ETSにおけるキャップ引き下げのペースなど、フェーズ4に関する詳しい規定はまだ明らかになっていない。ただし、昨年の時点で、EUは既に1990年と比べ40%近い排出量削減を達成したと見られる。ここでさらに目標を引き上げ、地球温暖化対策において国際社会でのリーダーシップ確立を目指しているのだろう。欧州委員会は昨年9月17日にこの55%削減案を提示しており、それがEU-ETSにおける排出枠価格高騰の一因になったと考えられる。過去を振り返ると、EU-ETSが当初から上手く機能したわけではなく、価格が低迷し、取引がほとんど成り立たない時期もあった。しかしながら、EUは極めて計画的にキャップ・アンド・トレード方式を育ててきたことにより、温室効果ガスの排出削減に関し日米に比べ大きな成果を生んでいることは間違いない(図表4)。だからこそ、ESGについてもEUの鼻息は荒く、年金などの運用に際して投資先企業の温室効果ガスへの対応を強く意識するよう世界の機関投資家へ強く働きかけているだろう。1960年代の4大公害病、そして1970年代における2度の石油危機を経て、日本は世界で最も進んだ環境先進国になった。現在も原単位排出量で見れば日本は先頭集団に位置している。しかしながら、皮肉にも京都議定書のとりまとめを任じた1990年代以降、温室効果ガス排出量削減の取り組みは欧州に大きく後れをとってしまったようだ。そうしたなか、米国ではジョー・バイデン政権が誕生し、ルールの設定、技術開発の両面において国際社会における主導権の確保を目指すだろう。日本も何とか追走しようと実質ゼロエミッション化を宣言したものの、中身を詰めるのはこれからだ。日本の場合、EUのような長期的にわたる計画的な政策を採っておらず、米国ほど国際社会への影響力があるわけではない。思い切った戦略の早期構築とその実施が求められているのではないか。 突き付けられる「国境炭素税」既にEUは新たな仕掛けを用意している。2019年12月1日、ドイツの国防相であったウルズラ・フォンデアライエン氏が第13代欧州委員会委員長に就任した。新委員長は、直後に行われた12月11日の欧州委員会において『EUグリーンニューディール』を発表したが、その柱の1つが温室効果ガス排出枠に関する「国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism)」の導入だ。この国境調整は、EU加盟国が排出規制を実施していない国から何かの製品を輸入する場合、EU域内で生産された製品が負担している排出枠購入コストを炭素税として課す制度に他ならない(図表5)。一方、EU域内製品を排出規制未実施の国へ輸出する際は、生産コストに含まれる排出枠の価格を還付する。EUは早期の導入を目指し、今年6月までに制度の具体案を提示する方針だ。温室効果ガスに関して国境調整が浮上した背景は、EU-ETSにおける排出枠価格の急騰だろう。EU域内で厳しい規制をクリアするため排出枠を購入すれば、製品価格が上昇する。結果として温室効果ガスの排出削減が進んでいない国からの輸入が増えた場合、EU域内の事業者が不利になる上、世界全体で見ると排出量は減らない。この国境調整によるカーボンプライシングは、既に主要国における共通の関心事になりつつある。米国では、与党となった民主党が「国境炭素調整費」の導入を主張しており、これはEUの国境調整メカニズムとほぼ同様の仕組みだろう。また、EUを離脱した英国のボリス・ジョンソン首相も、6月11~13日に英国西部の保養地であるコーンワルで開催するG7首脳会議において、議長国として国境調整に関する提案を行う意向であると報じられた。温室効果ガスに関する国境調整は、課題の多い制度であることも間違いない。WTOでは付加価値税に関しての国境調整は認められているものの、それは国による税率の違いが明確だからこそ可能なのだ。輸入品の製造時における温室効果ガス排出量を製品毎に正確に算出するのは難しく、課税対象国を絞れば無差別待遇を求めたWTOルールとの整合性を問われかねない。また、米欧のターゲットになる可能性の高い中国は猛反発するだろう。それでも、排出量の国境調整は、カーボンプライシングの1つの形として主要国の重要な検討対象になった。今年2月11日付け日本経済新聞は、日本政府が「『国境炭素税』の導入に向けた検討を始める」と伝えている。日本に国境調整の制度がなければ、日本企業が一方的に不利な扱いを受ける可能性があるからだ。もっとも、日本はまだ国境調整の前提となるカーボンプライシングの制度がないのが実情である。 環境省vs.経産省一口に「カーボンプライシング」と言っても、その方法は大きく分けて2つ存在する。1つはEUが導入した排出量取引であり、これは「数量アプローチ」と言われてきた(図表6)。排出量にキャップを設けることで目標達成を目指す方法であり、排出枠の価格は市場に委ねる。もう1つは、炭素税に他ならない。これは「価格アプローチ」と言われ、政府が排出量に対する税率を決定し、その税負担と排出削減コストを天秤に掛けることで、産業界は排出量の削減を判断する。数量アプローチは、確実に温室効果ガスの排出を抑制できるものの、社会全体が負担するトータルコストは事前に計算不能だ。一方、価格アプローチは、コストは税率により政策的に決まるが、排出量削減の効果が不透明である。また、排出量取引ならキャップを設ける対象事業所の選定とキャップを低下させるペース、税方式なら課税対象、税率で激しい対立が起こることは想像に難くない。そうしたなか、EUがEU-ETSによる数量アプローチを選択したのは、京都議定書との整合性を採りつつ、確実に排出量を削減する仕組みだからだろう。また、排出量取引ならば、お金はあくまで民間の間でのやり取りになるが、炭素税の場合、政府が新たな税収を手に入れ、必ずしも温室効果ガス削減に有効ではない政策の財源に利用される可能性は否定できない。日本政府内では、関係する環境省と経産省がカーボンプライシングの議論を進めてきた。しかし、炭素税を推す環境省と排出量取引を重視する経産省の対立は解けず、議論は収斂していないようだ。2012年には「地球温暖化対策のための税」(環境税)が導入され、化石燃料の使用量に応じて二酸化炭素排出量1トン当たり289円の税が課されている。しかしながら、EU-ETSにおける現在の排出枠価格は1トン当たり5,000円程度(40ユーロ)なので、この環境税が温室効果ガスの排出抑止に効果的な手段とは言えないだろう。菅義偉首相が2050年までの実質ゼロエミッション達成を国際公約した上、主要国で国境調整の議論が進んでいる以上、日本も本格的なカーボンプライシング導入を図らざるを得ないことは明らかだ。この問題は、正に菅首相の指導力の見せ所に他ならない。 福島第一の事故を乗り越える必要2019年度における日本の温室効果ガス排出量は12億1千3百万トンだった(図表7)。このうち、91.2%が二酸化炭素だ。1990年に比べて95.1%の水準であり、つまり削減率は4.9%に留まった。温室効果ガス排出量が想定通りに減らなかった理由の1つは、2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。より正確に言えば、この事故により、日本の原子力発電の安全性に技術、制度の両面から大きな疑問が生じた。国家行政組織法第3条に基づく独立性の高い原子力規制委員会が発足したものの、国民の信頼を回復するには至っていない。原子力発電所の停止、化石燃料発電の増加により、2011年度の温室効果ガス排出量は前年度比3.9%、2012年度3.2%、2013年度0.8%と3年連続で増加した。その結果、2009年度に1990年度比▲2.0%だった排出量は、2013年度には同+10.5%になっている。さらに、その後も原子力発電所の再稼働を進めることができないなか、EUとの間で大きな差が生じてしまった。2019年度の排出量を現在のEU-ETSによる排出枠価格で時価評価すると約6兆円(485億ユーロ)だが、濡れ雑巾と同じで絞れば絞るほど減らせる排出量は少なくなり、タイムリミットが近づけば近づくほど排出枠の価格は上昇するだろう。前倒しで排出量削減を進めなければ、コストの急拡大が経済に与えるダメージは大きくなりかねない。二酸化炭素の排出量をセクター別に見ると、製造業では鉄鋼が圧倒的に大きく、第3次産業、運輸も比率が高くなっている(図表8)。もっとも、企業・産業であれば排出枠取引の導入などで削減を計算することは可能だが、意外に難しいのは2019年度に14.3%を占めた家庭からの排出分だろう。経済的に見ても、政治的に見ても、個々の世帯の負担を重くしないためには、川上、つまり発電段階でのゼロエミッション化が極めて重要であることは明らかだ。いずれにせよ、カーボンプライシングに関しては、明らかにEUが先行した。米国はジョー・バイデン大統領がジョン・ケリー元国務長官を環境問題担当特使に任命、国際的なルール作りで主導権の奪還を目指すのではないか。それは、自国産業を有利にする道である一方、他国・地域にリーダーシップを委ねた場合、競争力に大きく影響する問題に成りかねないからだ。日本の場合、東日本大震災の余波、そして環境省と経産省の長年の対立もあって、この件には出遅れ感が否めない。ただし、国境調整の議論が加速していることからも、制度としてのカーボンプライシングの早期導入は避けられないだろう。そうしたなかで、供給サイドにおける再生可能エネルギーの拡大策、このところ注目を集めるアンモニアの活用策、そして原子力の議論を避けて通ることはできない。供給の大本で排出量を減らすことで、家庭を含めた需要段階での大幅な削減が見込めるからだ。特にEVの普及を本格化させる場合、ベースロード電源としては原子力との親和性が最も高い。東日本大震災から10年が経とうとしている。この間、被災地の復興、そして日本経済のデフレからの脱却に政策の軸足が置かれ、地球温暖化対策の優先順位は大きく低下した。もっとも、世界は着実に変化しており、日本は環境に関わる技術面でも取り残されかねない状況にある。固より福島第一の教訓を忘れてはならない。しかし、その真摯な反省の上に立って、原子力の活用を議論する時期に来ているのではないか。それを前提としない限り、カーボンプライシングの導入も覚束ないだろう。
- 12 Mar 2021
- STUDY
-
関経連など西日本の経済6団体、エネ基本計画見直しで意見書
関西経済連合会など、西日本の6つの経済団体(他、九州経済連合会、四国経済連合会、中国経済連合会、中部経済連合会、北陸経済連合会)は3月9日、総合資源エネルギー調査会で検討が行われているエネルギー基本計画の見直しに向けて連名による意見書を発表した。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、(1)研究開発戦略の明確化、(2)革新的イノベーションによる需要の高度化、(3)電源の低炭素化・脱炭素化、(4)適正な企業評価につながる情報開示の仕組み作り、(5)世界のCO2排出削減に対する貢献、(6)カーボンプライシング(温室効果ガス排出量に対し均一の価格を付けコスト意識を持たせる経済的手法)の慎重な議論、(7)国内外に向けたPR戦略の策定――を提言。革新的技術の研究開発戦略を明確化し、その成果をあらゆる部門に実装することで、最終エネルギーを電気または水素の利用に転換する「需要の高度化」に取り組むとともに、「電源の低炭素化・脱炭素化」を同時に進めるという考え。原子力発電については、「エネルギー安全保障の向上に加え、CO2フリー水素の安価で安定的な製造にも寄与する」と、重要性を改めて述べた上で、新増設・リプレースや次世代原子炉の開発・普及に取り組むことを明確に示すとともに、現行のエネルギー基本計画が掲げる「可能な限り原発依存度を低減する」との方針を見直すべきとしている。また、再稼働が進まぬ現状から、諸外国の事例や保全技術の進展などを踏まえ、運転期間延長認可制度の見直しにも言及した。意見書では、エネルギー政策に関する基本的考え方として、中長期的に「3E+S」(安定供給、経済効率性、環境適合性、安全性)を根幹とすることを第一にあげ、まずは2030年エネルギーミックスの達成に向け、原子力、再生可能エネルギー、石炭火力について取組を加速すべきことを強調。昨今の新型コロナ拡大による厳しい経済状況下、「再生可能エネルギーの大幅な積み上げによる温室効果ガス削減目標の上積みは、電力コストの上昇、わが国の産業競争力のき損につながる」と危惧し、今冬の電力需給ひっ迫にも鑑み、「3E+S」のうち、特に安定供給と経済効率性の重要性を訴えている。
- 10 Mar 2021
- NEWS
-
新井理事長、福島第一事故から10年を前に所感
原産協会の新井史朗理事長は2月26日、月例のプレスブリーフィングを行い、同日発表の理事長メッセージ「福島第一原子力発電所事故から10年を迎えるにあたって」を配布し説明(=写真)。改めて被災者の方々への見舞いの言葉とともに、復興・再生に向け尽力する多くの方々への敬意・謝意を述べた。事故発生から10年を迎えるのを間近に、復興が着実に進展し生活環境の整備や産業の再生などの取組が期待される「ふくしまの今」を伝える情報発信サイトを紹介。原子力産業界として、「福島第一原子力発電所事故の反省と教訓をしっかりと受け止め、二度とこのような事故を起こさないとの固い誓いのもと、たゆまぬ安全性向上に取り組んでいく」とした。また、昨夏東京電力より現職に就いた新井理事長は、福島第一原子力発電所に配属された新入社員当時を振り返りながら、「私を育ててくれた場所、思い出がたくさん詰まった場所」と思いをはせたほか、発災後、富岡町における被災住宅の家財整理など、復旧支援活動に係わった経験に触れ、「住民の方々の生活が事故によって奪われたことに対し誠に申し訳ない」と、深く陳謝。福島第一原子力発電所の廃炉に向けて「現地の社員たちが最後までやり遂げてくれると信じている」とした上で、「1日も早い福島の復興を願ってやまない」と述べた。将来福島第一原子力発電所事故を知らない世代が原子力産業界に入ってくる、「事故の風化」への懸念について問われたのに対し、新井理事長は、会員企業・団体を対象とした現地見学会などの取組を例に、「まず現場を見てもらい肌で感じてもらう」重要性を強調。事故を踏まえた安全性向上の取組に関しては、「一般の人たちにわかりやすく広報していく必要がある」などと述べた。また、2050年カーボンニュートラルを見据えたエネルギー政策の議論については、「まず再稼働プラントの基数が増えていくこと」と、既存炉を徹底活用する必要性を強調。経済団体から新増設やリプレースを求める声が出ていることに対しては、「60年運転まで考えてもやはり足りなくなる」などと、首肯する見方を示した。
- 01 Mar 2021
- NEWS
-
EV化を目指すなら原子力の利用は不可避
昨年10月26日の臨時国会招集日、初めての所信表明演説に臨んだ菅義偉首相は、「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」と公式に宣言した。さらに、政府は「2030年代半ば以降は新車販売を全て電動車にする」との公約を掲げている。2019年度におけるエネルギー起源の温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で10億2,900万トンであり、このうちの20.1%に相当する2億700万トンが自動車を中心とする運輸部門に由来していた。パリ協定の基準年である2013年度との比較では、総排出量が16.7%減少したのに対し、運輸部門は7.7%減に留まっている。エコカーの普及により自動車の排出量削減を目指すのは当然だろう。ただし、自動車の電動化は、日本経済に2つの大きな課題を投げ掛けている。その1つは、日本経済を牽引してきた自動車産業が、大きな岐路に立たされることだ。ガソリンを燃料とする内燃機関は、正に日本の自動車メーカーの競争力の源泉に他ならない。これがモーターに置き換わることは、実質的な参入障壁が大きく低下することを意味し、世界の自動車産業に劇的な変化を迫ることになる。それは、日本経済にとって大きな衝撃なのではないか。そしてもう1つの課題は、ゼロエミッション電源の安定的な確保である。厳しい寒波の到来により、今冬の電力需給は全国的に逼迫傾向だ。結果としてスポット価格は急騰している。さらに、自動車用バッテリーへの充電が電力インフラへ新たな負荷を掛ける場合、供給と価格の安定が阻害される可能性は否定できない。米国のジョー・バイデン新大統領がゼロエミッションを選挙公約に掲げて当選したことにより、国際社会は一気に地球温暖化抑止へ向け舵を切りつつある。菅政権もその潮流に乗り遅れまいと排出量ゼロ化を政策の柱とした。しかしながら、今後の道程についてしっかりした計画があるわけではなく、取り敢えず結論を先に打ち出した感は否めない。それでも、地球温暖化抑止は今や世界共通の課題だ。その対策をコストと考えるのではなく、成長戦略に結び付ける工夫が必要であることは言うまでもない。 EV化へ進む世界、そして日本日本政府の「電動車」の定義は、内燃機関とモーターを併用するハイブリッド車(HV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)を含む。つまり、HV、PHV、電気自動車(EV)、そして燃料電池車(FCV)が、日本において現状想定される「電動車」だ。これは日本の自動車産業、そして関連産業の現状を考慮した現実的な判断と言えるだろう。2016~2020年の5年間、国内において電動車は549万台販売されたが、そのうちの96.3%に相当する529万台がHVだった(図表1)。特にトヨタのHV販売台数は304万台に達し、ガソリン車の370万台と比肩して主力車の一角を構成している。ただし、軽自動車を含む乗用車全体で見ると、2020年の総販売台数420万台のうち、電動車は95万台で構成比は22.6%に留まった(図表2)。特に大きな課題は、日本独自の車種である軽自動車が40.9%を占めていることだろう。軽自動車は相対的には低燃費だがガソリン車であり、温室効果ガスを排出することに違いはない。ちなみに、軽自動車のなかでも燃費が良いとされるスズキ「アルト」は、カタログによればJC08モードでの燃費が37.0㎞/ℓだ。一方、トヨタの主力車種であるカローラの場合、ガソリン車の「アクシオ1.5 G」の燃費は23.4㎞/ℓ、同グレードのHV「アクシオ ハイブリッドG」は34.4㎞/ℓである。つまり、極めて単純化すれば、ガソリン車に対してHVの燃料効率は47%、軽自動車は58%上回るわけだ。HVと軽自動車が新車販売の62.8%を占めていることにより、日本の自動車部門は温室効果ガス排出量の抑制では国際的に見て優等生と言える。ただし、当然ながらゼロエミッションには程遠い。2050年までに日本全体の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする計画の上で、自動車による削減量はまだ明らかにされていないものの、冷静に考えれば国内を走る自動車がHVや軽自動車中心だと、目標達成には無理がある。また、燃料電池を動力とするFCVへの期待は大きいが、燃料である水素の調達を海外に依存せざるを得ない上、水素ステーションなど供給網の整備へ向けた負担は重い。FCVの普及に向けたハードルが低くない以上、現実的にはEVを主力とせざるを得ないだろう。昨年12月20日付け日本経済新聞には、韓国の現代自動車がEV、FCVで日本市場に再参入する意向との記事があった。1980年代後半以降、日本の自動車産業はガソリン車で圧倒的な競争力を発揮、2001年に日本市場に参入した現代は2009年に早くも撤退に追い込まれている。しかしながら、EV、FCVとなれば全く違う土俵の戦いとなるため、勝算ありと判断したのではないか。他方、日本の自動車メーカーにとって、収益の観点から見た場合、国内市場は最早主戦場ではなく、米国、そして中国が収益の柱であることは間違いない。国内ではHVを含めたガソリン車に拘るトヨタだが、中国ではBYDと組むなどしてEVを積極展開する強かさを見せている。ただ、参入障壁がガソリン車に比べ格段に低いEVの場合、世界の競合は極めて手強い。今年1月2日、米国のEV大手であるテスラは、2020年の世界市場における同社の販売台数が前年比35.9%増の49万9,550台に達したと発表した。新型コロナ禍にも関わらず、年初計画の50万台に迫る強い数字だ。イーロン・マスク氏率いる同社の将来性には様々な見方が存在するものの、ここまでの成長は目を見張るものがある。逸早くEVの将来性に目を付け、市場を開拓した成果が明らかに数字に表れはじめた。また、ドイツのフォルクスワーゲンは、2030年までにグループ全体で生産する電動車を2,600万台とした上で、そのうちの1,900万台をEVとする計画を発表した。温室効果ガスの排出量を実質的にゼロとするため、日本政府は政策の舵をEVに切らざるを得ないのではないか。地球温暖化対策と同時に、根幹産業の国際競争力を確保しなければならないからだ。内燃機関が主役の座を降りるとすれば、いつまでもそれにしがみつくことはできないだろう。 求められる「エネルギー政策の大変革」EVの普及により運輸部門の温室効果ガスを劇的に削減する上では、電源構成においてゼロエミッション化を進めなければならない。EVそのものは運転時に温室効果ガスを排出しないとしても、発電時に化石燃料を使えばあまり意味がないからである。また、EVを普及させるためには、安定した電源の確保が極めて重要だ。特に夜間のベースロードが鍵を握るだろう。昨年12月17日、記者会見に臨んだ日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車CEO)は、「エネルギー政策の大変革なしに(ゼロエミッション)はできない」と語り、目標だけを一人歩きさせている政府を強く牽制した。ちなみに、ガソリン車に関して燃料1ℓで走行可能な距離は「燃費」だが、EVの場合、電力1kWhで走行可能な距離を「電費」と呼ぶ。この電費に関し、日本公正取引協議会は平均値として6㎞/kWhとの数字を示した。環境省の『グリーンボンドガイドライン2020年改訂版』でも、この「6㎞/kWh」が使われている。より現実的な電費を求めるため、Electric Vehicle Databaseの公開データを使い、世界34社の120車種について、バッテリーの容量と推定実質航続距離の関係を統計的に見ると、一次回帰直線の傾き、即ち平均の電費は5.0699㎞/kWhとの結果が得られた(図表3)。日本政府の公式数字を16%下回るが、実態を反映した合理性のある数字と言えるだろう。他方、国土交通省の『自動車燃料消費量調査』によれば、2019年度における日本国内でのガソリン車の総走行距離は6,191億kmだった(図表4)。このうち、自家用小型車(旅客用)の燃費を基準に各用途、車種の燃費をウェート付けし、5.0699㎞/kWhの電費を使ってEV代替時に導かれる必要電力量を算出すると1,195億kWhになる。さらに、軽油、LPG車両なども同じように計算した場合、総計は1,434億kWhだった。この数字は、100%のEV化を前提とした場合、大雑把ながら必要な電力量を示している。2019年度における国内の総発電量は1兆278億kWhだ。電源構成を見ると、石炭31.9%、天然ガス37.1%、石油6.8%であり、化石燃料比率が75.8%に達する(図表5)。一方、温室効果ガスを排出しない電源は、原子力が6.2%、再生可能エネルギーは水力も含めて17.9%に過ぎない。エネルギー起源の温室効果ガス排出削減には、そもそもこの電源構成の大幅な変革が求められる。さらに、EV化を前提とした場合、現在の総発電量の14.0%に相当する新たな電力需要が発生するわけだ。それもゼロエミッション電源で賄うとすれば、豊田自工会会長の指摘は極めて正鵠を得たものと言えるだろう。エネルギー政策の大変革なしに効果的なEVの普及が不可能であることは容易に想像できる。特に重要なことは、EVの充電の特性をイメージすることではないか。多くのケースにおいて、家庭や事業所でのバッテリーへの充電は夜間に集中するだろう。電力の安定供給を前提とする以上、発電インフラは日負荷変動のピーク時において十分な供給ができるよう整備されなければならない。つまり、最重点課題は夏季の昼過ぎの供給確保であり、それは太陽光発電の効率が最も良い時間帯だ(図表6)。一方、季節を問わず夜間は電力需要が減少するが、ソーラーが使えない時間でもある。そこにEVの充電が集中する場合、ベースロードの頑健性を問われることになるのではないか。温室効果ガスを大量に排出する火力が使えないなかで、十分な夜間ベースロードを確保するには、再生可能エネルギーなら洋上を含めた風力、そして原子力の活用が必要だ。言い換えれば、ゼロエミッションで時間を問わず安定的に電力を供給可能なインフラを整えない限り、EVの普及を促進することはできない。その現実的な解が原子力であり、EVとは最も親和性の高い電源と言えるだろう。 カッコ良い約束だけでは前に進めない菅内閣が発足してから4ヶ月が経過した。新型コロナ禍への対応などを見る限り、率直なところ場当たり的な姿勢が目立ち、政策に明確な優先順位をつけ、計画的に実施しているようには見えない。「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」との国際公約も、具体的な工程表があるわけではないようだ。ただし、近年における自然災害の多発、生態系の激変に鑑みれば、地球温暖化抑止は人類共通の課題であるし、日本も公約した以上は淡々と実現へ向け歩んでゆかなければならない。EV化の課題は、ゼロエミッション電源の確保、自動車産業の競争力維持だけではなさそうだ。例えば、2020年3月末、日本全国には2万9,637ヶ所の給油所(ガソリンスタンド)が存在する(図表7)。ピークだった1994年の半分以下になったとは言え、自動車関連産業として多くの雇用を抱えているだろう。EVが普及すれば、給油所は順次その役割を終えることになるが、それは豊田自工会会長の言う「エネルギー政策の大改革」の一環とも言える。菅政権には、政治家が語りたがるゼロエミッションのポジティブなイメージだけでなく、負の側面に対する対応を期待したい。また、2012年12月に第2次安倍内閣が発足してから8年が経過したが、原子力政策は未だに腰が定まっていない。しかし、実質ゼロエミッションを達成するためには、原子力の活用は欠かせないのではないか。もちろん、東京電力福島第一原子力発電所の事故は余りにも重く、今も避難生活を余儀なくされている方は少なくない。しかし、地球温暖化を止める世界共通の目標を達成する上で、日本には原子力が必要であることを政府はしっかりと国民に説明すべきだろう。
- 03 Feb 2021
- STUDY
-
菅首相が施政方針演説、2050年カーボンニュートラル実現に向けた施策など
菅義偉首相は1月18日、通常国会の開会に際し施政方針演説を行った。菅首相はまず、新型コロナウイルス感染症の早急な終息に向けて、様々なソーシャルワーカーらに対する謝意を述べるとともに、自身も戦いの最前線に立ち、自治体関係者とも連携しながら「難局を乗り越えていく決意」を強調。3月に東日本大震災発生から10年を迎えることに関しては、改めて犠牲となった方々への冥福を祈り被災したすべての方々への見舞いの言葉を述べた上で、心のケアも含めたきめ細やかな取組を継続するとともに、福島については、2023年春の一部開所を見込む浜通り地域の復興・再生を目指した「国際教育研究拠点」などを通じ、「復興の総仕上げに向け全力を尽くす」と述べた。また、10月の所信表明演説で掲げた2050年カーボンニュートラルについては、「環境対策は経済の制約ではなく、世界経済を大きく変革し、投資を促し、生産性を向上させ、産業構造の大転換、力強い成長を生みだすカギとなるもの」と強調し、今後所要の予算措置を図っていくことを明言。さらに、次世代太陽光発電、低コストの蓄電池、カーボンリサイクル他、野心的なイノベーションに挑戦する企業を支援し最先端技術の開発・実用化を加速するとともに、水素や洋上風力発電などの再生可能エネルギーの拡充、送電網の増強、安全最優先での原子力政策を進めることで、「安定的なエネルギー供給を確立する」とした。この他、科学技術政策の関連で、12月の小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセルの地球帰還を称賛した上で、「未来を担う若手科学者の育成」に意欲を示し、昨今の都市部から地方への人の流れを踏まえ、ポストコロナを見据えたテレワーク環境の整備や地方移住への後押しなど、地方創生や働き方改革の取組にも言及。米国バイデン政権の発足に関しては、「日米同盟はわが国外交・安全保障の基軸」などと述べ、バイデン次期大統領と早い時期に会い日米の結束強化を確認し、新型コロナ対策や気候変動などの共通課題に取り組んでいくとした。今夏の東京オリンピックについては、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会とすべく、感染対策を万全なものとして、世界中に希望と勇気を届ける大会」となるよう準備を進めていくと述べた。
- 18 Jan 2021
- NEWS
-
エネ調基本政策分科会が原子力利用に関し議論、新増設・リプレースの検討を求める意見も
総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会(分科会長=白石隆・熊本県立大学理事長)は12月21日、2050年カーボンニュートラルに向けた火力発電と原子力利用のあり方について議論した。同分科会では、10月末の菅首相による2050年カーボンニュートラルの表明を受け、エネルギー起源CO2削減の観点から、11月よりエネルギー基本計画見直しの検討を本格化。前回12月14日の会合では、再生可能エネルギー導入拡大に向けた課題と対応に関し電力中央研究所などからヒアリングを行った。今回会合では、原子力政策を巡り、資源エネルギー庁が、世界の動向や、福島第一原子力発電所廃炉の取組、原子力の持つ3E(安定供給、経済効率性、環境適合)特性などを説明。新規制基準適合性に係る設置変更許可を受けたが再稼働に至っていない7基、審査中の11基の状況についても具体的に示した。その上で、課題と対応の方向性について、(1)安全性の追求、(2)立地地域との共生、(3)持続的なバックエンドシステムの確立、(4)自由化した市場の中での事業性向上、(5)人材・技術・産業基盤の維持・強化と原子力イノベーション――に整理。これら課題を乗り越え、「国民からの信頼回復」に取り組んでいくことが必要だとしている。〈エネ庁説明資料は こちら〉また、火力については水素発電・アンモニア発電を有望な非化石電力源としてあげた上で、今後のエネルギーミックスの議論に向けて、2050年における各電源を、「確立した脱炭素電源」(再生可能エネルギー、原子力)と「イノベーションが必要な電源」(火力)に大別。発電電力量のうち、再生可能エネルギーで約5、6割を、原子力については、化石燃料とCCUS(CO2回収・有効利用・貯留)/カーボンリサイクルと合わせ約3、4割を賄うといった「参考値」を示し、今後複数のシナリオ分析を行っていくこととなった。資源エネルギー庁がまとめた今世紀後半に向けた原子力発電設備容量の推移で、60年までの運転期間延長を仮定しても、2040年代以降、大幅に減少する見通しが示され、委員からは、新増設・リプレースに関する意見が多く出された。立地地域の立場から、杉本達治氏(福井県知事)は、40年超運転や大飯発電所行政訴訟による県民の不安の高まりなど、直面する課題を述べ、研究開発・人材基盤の整備や国民理解の促進も含め、「長期的な原子力利用の道筋を早く示して欲しい」と訴えた。また、隅修三氏(東京海上日動火災相談役)は、「60~80年の運転期間延長は必須」としたほか、高速炉や高温ガス炉への開発投資に取り組む必要性を強調。この他、原子力については、コスト評価、事故の反省、事業環境に関する意見や、組織・体制に対する不信感から慎重な姿勢をとる人の意見も検証すべきといった声もあった。また、今後のシナリオ分析については、2050年以降や需要サイドの想定も含めた検討を求める意見があった。*参考 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会情報は こちら
- 22 Dec 2020
- NEWS
-
三菱重工、2050年カーボンニュートラルに向けた戦略「エナジートランジション」を発表
三菱重工業は11月30日、2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)の実現に向けて同社グループが総力を結集し取り組むプロジェクト「エナジートランジション」を発表した。エネルギー・環境分野の新事業創出を通じ、2030年度までに売上3,000億円規模までの拡大を目指す成長エンジンとなるもの。「エナジートランジション」の展望として、エナジードメイン長の細見健太郎氏は説明会で、「火力発電の脱炭素化と原子力によるCO2削減」を第1ステップとする2050年カーボンニュートラル達成への道筋を披露。三菱重工グループが海外企業との協力も通じ積極的に取り組んでいる水素利用に関しては、製鉄業界への供給も視野に高温ガス炉による大量かつ安定的な水素製造の可能性もあげた。また、原子力セグメント長の加藤顕彦氏は、「2050年カーボンニュートラルの達成に向け、将来にわたって原子力の活用は必須」とした上で、既設プラントの再稼働推進の他、多様化する社会ニーズに応じた小型炉・高温ガス炉・高速炉の開発・実用化、ITER(国際熱核融合実験炉)計画への参画など、脱炭素に向けた原子力事業の展望について説明。当面の取組としては、60年までの運転期間延長を見据え、蒸気発生器取替などの大型保全工事を計画的に実施しプラントの安全・安定運転につなげるとともに、六ヶ所再処理工場やMOX燃料加工工場の早期しゅん工対応を始め、使用済燃料の輸送・貯蔵兼用キャスクの設計・製造により核燃料サイクルの確立を図るとした。将来に向けては、2030年代半ばの実用化を目標に経済性・安全性に優れた次世代軽水炉の研究開発を推進していることなどをあげ、「原子力産業のリーディングカンパニーとして、脱炭素化の取組を着実に進めていく」と強調した。
- 01 Dec 2020
- NEWS
-
原子力機構報告会でトークセッション、コロナを踏まえた今後の期待など
日本原子力研究開発機構は11月17日、研究成果を発表する報告会をオンラインにて開催した。今回の報告会は、「Shaping Innovation ~新たな変革に向けて」と題し、研究成果発表とともに、伊藤聡氏(計算科学技術振興財団チーフコーディネータ)、柿沼志津子氏(量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所副所長)、崎田裕子氏(ジャーナリスト)、高嶋哲夫氏(作家)の登壇によるトークセッションを設定。新型コロナウイルス感染症の拡大、菅首相による2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)実現の表明など、昨今の情勢を背景とした原子力機構への今後の期待に関してディスカッションが行われた。崎田氏市民との対話活動に取り組む崎田氏は、「放射能と新型コロナウイルスは、両方とも目に見えないという共通点がある。社会はゼロリスクを求めようとするが、どのようにリスクと一緒に暮らしていくか」と、将来に向けた課題を提起。その上で、原子力機構の取組に対し、「地球規模で考えると大変重要な分野。自分の研究が社会でどう活かされているのか、イメージを持ちながら思いを語れることが重要」と述べ、社会とのコミュニケーションを軸足とした研究開発が進められることを期待した。柿沼氏新たな研究領域「量子生命科学」に挑んでいるという柿沼氏は、重粒子線がん治療の普及に向け、レーザー、加速器など、装置の小型化を図るための要素技術開発の取組を紹介。量研機構では、放射線分野の他、核融合エネルギーの研究開発も行われており、同氏は、今後も原子力機構と相互に協力していきたいと述べた。伊藤氏また、民間企業の経験から、「ピンチをチャンスに」と強調する伊藤氏は、感染症情勢により増えつつあるイベントのオンライン開催やバーチャルツアーに関し、「情報は伝わっても色々なものが落ちている。香りをどう伝えるのか。これではイノベーションとはいえない」と指摘した上で、研究機関が「総合力」を発揮しイノベーション創出に結び付くよう強く期待した。高嶋氏「首都感染」(強力なインフルエンザのまん延により東京が封鎖される危機を描いたフィクション、2010年)を著した高嶋氏は、ペスト、コレラ、スペイン風邪などにより数千万単位の死者が発生してきた感染症に関わる人類の歴史に言及。阪神淡路大震災を実体験したと話す同氏は、自然災害への対応も振り返りながら、「日本は過去の経験から学ぶことが欠けている。感染症もまた何年か後に新たに起きるだろう。新型コロナウイルス拡大を貴重な経験として活かして欲しい」と述べた。また、学生時代に核融合に魅せられ、かつて日本原子力研究所(原子力機構の前身)で研究に関わった経験にも触れ、「2050年カーボンニュートラルに向けて、世界のどこにもない考え方を示し、若い人たちが夢のあるテーマを見つけるようになれば」と、原子力機構の今後に期待を寄せた。※写真は、いずれもオンライン中継より撮影。
- 20 Nov 2020
- NEWS
-
2019年度エネルギー需給実績、CO2排出量は6年連続で減少
資源エネルギー庁は11月18日、2019年度のエネルギー需給実績(速報)を発表した。最終エネルギー消費は前年度比2.0%減の12,959PJ(ペタジュール)。一次エネルギー国内供給は、全体で同3.1%減の19,104PJとなり、化石燃料は6年連続で減少する一方、非化石エネルギー(再生可能エネルギー、原子力など)は7年連続で増加した。原子力は、再稼働が始まった2015年度以降、毎年増加し続けていたが、2019年度は前年度比3.2%減となった。再生可能エネルギーは同7.6%増で、ここ数年で最も小さい伸び率に留まった。発電電力量は前年度比2.2%減の1兆277億kWhで、非化石電源の割合は同1.2ポイント増の24.2%。発電電力量の構成は、再生可能エネルギーが18.0%(前年度比1.2ポイント増)、原子力が6.2%(同横ばい)、火力(バイオマスを除く)が75.8%(同1.2ポイント減)となった。 また、エネルギー起源CO2排出量は、前年度比3.4%減の10.3億トンで、6年連続の減少となり、2013年度比で16.7%減。電力のCO2排出原単位(使用端)は、0.47kg-CO2/kWhで前年度より2.6%改善した。 11月17日の総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会では、菅首相が10月の所信表明演説で宣言した2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)の実現に関し議論がなされた。次期エネルギー基本計画においては、「S+3E」(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)のバランスを踏まえ、「再生可能エネルギー、原子力など、使えるものは最大限活用する」といった考えのもと、2050年のカーボンニュートラルに向けた道筋・政策が示されることとなる。
- 18 Nov 2020
- NEWS